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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Sixth Part. 国から国へ
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183. サクヤとユキの旅 ~行き場無き絶望より生まれる黒桜~

「()」内の言葉は東方の国の言語であるため、ユキには理解出来ません

 東方の国へ到着し、着替えなおした二人はのどかな田園地帯を歩いていく。

 各々が力を合わせて作業をする農夫、井戸を囲んで歓談をする人々、はしゃぎ声をあげながら駆け回る子供達。

 ユキには彼らの話す言葉は解らない。

 それでも、ここは誰も不幸にならない平和な、ユキが追い求めてきた理想郷だと思った。


「(サクヤお姉ちゃんだ! こんにちは!)」

 ユキが穏やかな気持ちになっている中、今まで親の手伝いをしていた一人の少女がサクヤへと話しかけてきた。


「(こんにちは。久しぶりねサキ)」

「(寂しかったよー)」

 二人の間で緊張や初々しさは無く、まるで姉妹のように会話のやり取りをした。


「知り合いかな?」

「ええ」

 その様子を見ていたユキは、少女とサクヤの深い関係だと思いつつそう問いかけると、今まで無表情だったサクヤは口角を少しだけあげて簡素に返事をした。


「(それじゃあ私はお社様(おやしろさま)に用があるから、またね)」

「(うん! またね!)」

 そして二人は互いに手を振ると、少女は農作業の手伝いへと戻っていった。

 この時も、サクヤの表情はずっと緩んでいた。


「さあ、行きましょう」

 だが、少女がこちらの表情を窺えないほど離れると、サクヤはいつもの愁いに満ちた表情へ戻り、止めていた歩みを進めた。



 田園地帯を抜け、人の往来が少ない山道へと差し掛かった時だった。


「この国はずっと他の国との外交を制限してきた」

 今まで一切喋らず、黙々と歩いてきたサクヤが、足は止めないままユキへと話しかけてくる。


「だから、他の国の影響が少なくて、独自の文化が育った」

 サクヤの突然の発言にどう返答すればよいか考えつつ、ユキは自身が教わったこの国の歴史を振り返っていく。


「時期によって気候の差はあるけれど、土地は豊かだし国民も穏やかな人が多いわ」

 だが、文化や言語が異なり、鎖国をしているという事しか解らなかった。

 それは、東方の国そのものが研究途中であり、独自の習慣や思想のせいか、専門の学者すら未だ全容を把握しきれないからだった。

 大国の姫君として最高の教育を受けてきたユキではあったが、東方の国の事自体が専門性のとても高い内容であるため、概要を軽く触った程度でしかなかった。


 サクヤの話を聞いたユキは、今まで歩いてきた風景を思い出すと、彼女の言葉に嘘は無いと思った。


「それでもね、全く問題が無いわけはでないの」

 サクヤは足を止めると、ユキの方を向いて少し強い口調でそう話す。

 他の大国とは異なり、離島という土地柄から武力侵攻もしづらい東方の国。

 国民も穏やかでお互いを尊重しあっている生活風景。

 そんな場所にどんな問題があるのかと、ユキは疑問に感じながらサクヤの方を見つめた。


「今は平和だけど、この国だって過去に幾度か争いが起きて、その度に簒奪が行われている」

 そしてサクヤは、ユキが習っていない東方の国の影を語りだした。


「また閉鎖的で画一的な国民性から、一度コミュニティの輪から外れた者や乱す者、乱す恐れのある者を迫害する気風は、他の国より強いわ」

 どこへ行っても、どんな場所でも、人同士の不和は消えない。

 人と人は理解しあえないのか?

 心を分かち合い、共有する事は不可能なのか?

 ユキは自問自答した。

 だが、明確な答えは出なかった。


「つまり、理想郷なんて存在しない。悩みが無い事なんてありえないの」

 その一言によって、ユキはサクヤが自身の胸の内を見透かしている事に気づき、一度だけ喉が痛くなるくらいに大きく息を吸ってしまう。


「本当にそんな場所があるとするならば、そこに人は居ないかもね」

 サクヤもまた、ユキの心の内に秘めた疑問を抱えており、彼女なりの結論を持っていることを告げると、再び前を向いて歩こうとする。


 人と人が分かり合えない。

 理想郷は存在しない、人が居れば必ず不和や衝突が起こる。

 それならば……。


 サクヤの話を聞いていくうちに、ユキの心中には今までとは別のある疑問が浮かび上がる。


「ねえ、サクヤ」

 その疑問を払拭して心を軽くするため、サクヤを理解するためにユキはほんの少し勇気を振り絞り、話しかけた。


「何?」

「あなたは酷い目にあってきた。一見平和そうな見えるこの国も問題を抱えている。それでも、どうしてあなたは世界を救おうとするの?」

 ユキが抱く新たな疑問の正体。

 それはサクヤの今まで行動に関する事だった。


「こんな世界なら、全部無くなってしまえばいいとは思わないの?」

 どうしようも無い、人が居れば理想の世界なんて来ない。

 そう解っているならば、どうして人を救おうとするのか?

 秘密結社トリニティ・アークを操り、世界の裏で暗躍してきた。

 必要ならば、どんな汚いことも、他の人から見れば蔑まれる事もやってきた。

 周囲を巻き込んで、自分を貶めて、そこまでする理由とは何か?

 サクヤを動かす心の拠り所はどこか?

 それらの事が気になり、ユキは自身でも過激と思える表現を使って問いた。


「ねえユキ、あなたはそう思うの?」

「えっ、ううん……」

「私もあなたも動機は大して変わらないわ。自分がそうしたいからしているだけ」

 その質問に対しての回答はとてもシンプルで、ユキを納得させるには十分だった。


「そ、そうだけど……」

 不幸な人々をこれ以上増やしたくない。

 その為に自らが立ち上がり、人々が苦しむ要因を知り、改善していきたい。

 サクヤの言うとおり、ただそれだけの理由だった。


「それでも答えを示せと言うなら、そうね……、使命と探究心かしら」

「使命? 探究心?」

「私やあなたには他の誰も持っていない力がある。それを何故手に入れたのか?」

 ユキ自身の力。

 姫や女王の姿へと変身し、天使へと戻り、召喚術や他の誰かと一つになって潜在的な力を引き出す能力。

 ルリフィーネの話から、ユキは自分が人ではないとも考えていた。

 しかし、伝説の中やおとぎ話でしか登場しない存在であるという事に関しては、にわかに信じ難い部分もあった。


「私はこの力を得た自分にしか出来ない事をしたい。そして力の在りかたを知りたい」

 ユキは、自分で思っているよりも、大きい何かを手に入れているのかもしれない。

 そう思いながら自身の両手を広げて見つめる。


 そこには白く、細く、小さい綺麗な手があった。

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