179. 大切な人の下へ帰る旅
「さあ、食事の準備が出来ましたよ」
「おお! すまないの!」
壮絶な戦いを繰り広げた二人の闘士のうち、一人であるルリフィーネは朝食の準備をしていた。
見た目や華やかさは、普段から見慣れた王宮の料理に劣ってしまうが、味は負けていない。
「んーむ、やっぱルリちゃんのご飯はんまい!」
「ありがとうございます。喜んでいただけて嬉しいです」
用意された料理を一足先に口へと運んだシウバは、年甲斐にも無く目を輝かせながらそう言うと、老師を感動されたルリフィーネは、あどけない笑顔とお礼の言葉を返した。
「しっかし、今でも信じられないんよ。お前さんがまさかこの世界の住人ではないとな」
国王決定戦で、ルリフィーネが人ならざる者である事がばれてしまった。
「この世界の住人ですよ。生まれが違うだけです」
「そうかそうか~」
普通の人ならば、様々な感情を抱くところではあったかもしれない。
だが、シウバは驚きこそはしたものの、それ以外はいつもと変わらない態度で接していた。
特別視しない老師の態度に、ルリフィーネの気持ちと表情は自然と緩んだ。
「……サラマンドラさん、来ませんね」
二人の戦いの後、シウバとアルパが倒れて動けなかった二人を担いで、騒動に紛れてコロシアムを抜けて、どうにかここまで運んだのだ。
「あれだけの戦いをした後だからの、まともに動けるお前さんが凄いわな」
ルリフィーネは数日間眠っていたら、元通りに回復した。
しかし、サラマンドラは違っていた。
「そもそも、あいつが五体満足で帰ってきただけでも奇跡みたいなもんやて、ワシが手を下していたらあいつは今頃地獄へ行ってるやろうからな! ひゃっひゃっひゃ!」
「食事、持って行きますね」
シウバの言葉に対して苦笑いで返しながら、彼の為に用意した食事を皿ごと盆の上へと乗せると、ルリフィーネは食卓を抜けていった。
「失礼します」
部屋の扉を開けると、心地よい風が抜ける。
カーテンは揺れて、窓から差し込む朝日はとても温かい。
そんな部屋の中には、激闘を戦い抜いたもう一人の戦士が居た。
彼は、遠い眼差しのまま外の景色を見ていた。
「具合はどうですか?」
ルリフィーネがそう聞いたのは、理由があった。
それは壮絶な戦いを経たからという事でもあるが、それ以上にサラマンドラの見た目が大きく変わってしまったからだった。
真っ赤に燃える髪と体毛は、まるで燃え尽きてしまったように白色になってしまい、筋肉が隆々としていた肉体は痩せ細ってしまっている。
その様は、自身も他人も燃やし尽くした業火の後に残された灰のようだった。
「朝食、ここにおいておくので冷めないうちに食べてくださいね」
ルリフィーネは笑顔でそう言いながら食事を机の上へと置く。
この時、抜け殻となったサラマンドラは、彼女の方を向く事はしなかった。
「ルリフィーネ」
彼の安否を気遣いつつ、一つ頭を下げて部屋から去ろうとした時。
彼女の背後から呼び声が聞こえてくる。
「はい」
その声に反応し、うっすらと笑みを残したまま彼の呼びかけに答えた。
「どうしてお前は強い?」
自身の最高の力、本人すらをも壊してしまった力。
それを振るって、宿敵フィレを倒す事が出来た。
しかし、その力をもってしても、ルリフィーネには勝てなかった。
サラマンドラには、確信じみた予感があった。
それは、この最強の使用人にはどんな手段を使っても、どんなに修行して心身を鍛えても今後一切勝ち目が無いという事だった。
それならば、その強さを秘密だけでも聞こうと思い、サラマンドラは掠れた声でルリフィーネへ問いかけたのだ。
「私にはスノーフィリア様が居ます」
彼の問いかけに、ルリフィーネはそう簡潔に伝える。
「……俺はずっと過去を追い続けてきた。お前は今を追っているという事か?」
「そういう言い方なら、私が求めているのは未来です。女王陛下は私にとってそれだけ大きい存在なのです」
彼女はずっと、スノーフィリアに付いてきた。
一時期は離れる時もあったけれど、それでも彼女は自身が可能な限り出来る範囲で尽くしてきた。
その行為は、”使用人という職業だから”という理由だけでは到底おさまらない。
ルリフィーネがスノーフィリアに仕える理由、それは様々な意味において、”自身にとって主人が特別な存在である”からだった。
「未来……か」
サラマンドラはそんな使用人の答えを聞くと、それ以上は追究しようとはせず、ため息まじりに一言だけそう呟き、再び外の景色に視線を向けた。
以降、何も言わない彼を気にしつつ、ルリフィーネは一つ頭を下げて部屋を出て行った。
翌日、サラマンドラはシウバの小屋から居なくなっていた。
ルリフィーネは彼を探す事を提案したが、シウバによって止められてしまった。
それと同時に、主人の下に帰るよう伝えられたのだ。
心残りはあったが、シウバの思いを察したルリフィーネは反論せず、老師の言葉に従って火竜の国を出た。
この時も、サラマンドラは行方をくらましたままだった。
それからしばらくの時が流れ。
火竜の国の、とある墓所にて。
その日は雨だった。
火竜の国は高温多湿ゆえに、大雨の日も珍しくはない。
だからこそ大多数の人々にとって、今日はいつもの日常と変わらなかった。
だが、たった一人だけ違っていた。
彼はある墓標の前で、花束を握り締めたまま雨に打たれていた。
「なあ、俺はこれからどうすればいい?」
彼は墓の前で、そうつぶやいた。
しかし、雨音しか返ってこなかった。
彷徨う彼が、未来を求める為に訪れた墓標には、こう記されていた。
”グランドクロス四大長の一人、神運のフォーティナ。ここに眠る”
その名は、彼が生涯で唯一心を許した仲間であり、特別な異性の名前だった。




