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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Sixth Part. 国から国へ
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173. ルリフィーネの旅 ~再び出会う時③~

「危ない! 逃げて!」

 あれをまともに受ければひとたまりもない。

 ルリフィーネはアルパに向かって叫ぶと、身を乗り出しコロシアム中央へと駆け寄ろうとする。

 その時だった。


「……」

 なんとアルパはルリフィーネ決死の呼びかけにも答えず、真正面からサラマンドラの放つ怒涛へ立ち向かおうとしたではないか!

 そして彼女は、巧みな手の動きによって、サラマンドラの暴虐なる力の波を受け流してしまった!


「……」

 受け流された破壊の衝撃は空中へと舞い散り、消滅してしまう。

 この時のアルパは無傷どころか、衣服や髪型の乱れ一つ無い。


「おじいちゃんが、馬鹿者に伝えろって」

「アルパ、お前……」

 今まで無口だったアルパがそう言うと、一つ大きく呼吸をした後に、戦いの舞台である円形の石畳から降りてしまった。


「おや? 戦われないのですか?」

「……」

 審判はすかさずかけより、そんなアルパへ戦いの意思を確認するが、彼女は無言のまま審判をしばらくじっと見つめると、コロシアムから出て行ってしまった。


「えー、アルパさん棄権とみなし、この勝負はサラマンドラ元国王の勝利となります!」

 本来のルールから外れるが、彼女に戦う意思が無いのは明白であったため、審判は高らかにサラマンドラの勝利を宣言した。

 サラマンドラと対峙し、彼の攻撃をかわして見せた少女は一体何をしたかったのか?

 誰もその答えを見出せず、またこの予想出来なかった戦いに、会場はざわめきだす。


 だが、サラマンドラとルリフィーネだけは、彼女が何をしたかったのかを解っていた。

 アルパは、極竜の闘法の基礎こそ披露したが、他の弟子のようにさらなる境地には至っていない。

 そんな者でも圧倒的で、誰も立ち向かう事なんて出来ない力を回避する術があるという事を伝えたかったのだ。


「ジジイ、味なマネを」

 サラマンドラは、高ぶる気持ちを抑えて呼吸を整えると、実際に言葉には出さないが遠くに居ると思われる師匠からの思いがけない土産に感謝し、石畳を降りて控えの部屋へと帰って行った。



 それからの試合は、別段変わった事も無く進んでいった。

 誰もがサラマンドラの力に屈し、地面を舐めた。

 そうやって圧勝し続け、そしてついに……。


「いよいよですね……」

「さあ! いよいよ国王決定戦も最後! そして最高の戦いとなる、現国王フィレ・テンダーロインと、旧国王サラマンドラの戦いです!」

 いよいよ待っていた、二人の火竜の国王の対決が始まろうとしていた。

 コロシアム内は、大会開催の宣言がなされた時よりも激しい熱気に支配された。


「まさかまた私の前に立つとは」

 やはりフィレは生きていた。

 水神の国で致命傷を負いながらも生還し、再びサラマンドラの前へ現れたのだ!


「おい、戦う前に聞きたいことがある」

「なんだ?」

「俺が水神の国でやったお前は何者だ?」

 究極の戦いが幕を開けようとしている中、サラマンドラは腕を組み険しい表情のまま、フィレへと奇妙な質問を投げかける。

 自ら手を下して、何者とは一体どういう訳なのか?

 そうルリフィーネが考えていた時だった。


「……あれは私の双子の妹だ」

「やはりな、そんなところだと思っていた」

 フィレが姉妹であるというが解った瞬間、ルリフィーネの疑惑のパズルが完成して二つの真実が現れる。

 それは、水神の国で倒されたのはフィレの妹である事と、今コロシアムに立っているのは姉の方であるという事だった。


「最終戦! 始め!」

「私は、妹ほど甘くはないぞ……!」

「望むところだ!」

 だが、二人にとってそれらは、これから始まる闘争においてはあまりにも小さく取るに足らない問題であり、それらを示すように、審判の試合開始の合図と共にフィレは腰を落として構え、サラマンドラは自身があみ出した五番目の構えをとった。


「それがお前の新たな境地か」

 姉はこの状態のサラマンドラと戦うのは始めてであった。

 鍛錬を積んだルリフィーネですら、彼と直接対峙した時は恐怖を感じたが、フィレにはまるでそんな気持ちは微塵も感じられなかった。


「ならば私も出さざるを得ない。私があみ出した第五の構え、魂轟竜の構えを!」

 ルリフィーネは、それがどういう意味を示しているのかを、彼女の五番目の構えを見て確信してしまう。


「ふん!」

 フィレは自身の拳でサラマンドラを突き、彼はその攻撃を腕で防ぐ。

 たったそれだけの動きで、今まで自信に満ちていた彼の表情が翳ったのだ。


「どうした! お前の力はその程度か!」

「確かに……、妹とは桁違いだ……」

 サラマンドラとルリフィーネは確信した。

 極竜の闘法の新たな境地へ至った今の自分でも、まだフィレには届かないという事を!


「うおおおおおおおッッッ!!!!!」

 だが、それでもサラマンドラは引かなかった。

 それは彼は戦士として誇りを持っており、強者こそ正義であり絶対という事を信じて疑わなかったからだった。

 ここで手を下ろせば、敗者となり、弱者となり、ひいては自身が間違いだという事を証明してしまう。

 それが彼には耐えられなかったのだ。

 だからこそ、彼は自らの力を最大限の解き放ち、自身こそが最強である事を証明するかのように、赤黒い波動を伴う殴打と蹴りを幾度も見舞った。

 だが、その全力の攻撃も、真っ向からフィレに防御されてしまった。

 その防御方法が、サラマンドラを動揺させ、絶望させた。

 アルパの時は受け流されたが、なんとフィレは彼の拳を全て受け止めたのだ。

 彼の豪腕よりも、彼女のか細い腕の方が力強いと証明してしまったのだ!


「はぁ……、はぁ……」

 この時、フィレは一切サラマンドラへ攻撃をしていなかった。

 だが、苦しい修行の果てに編み出した自身の奥義が破られた事という精神的ショックが、サラマンドラの呼吸を乱したのだ。


「サラマンドラさんの攻撃が、一切通じていない……? フィレ、そこまでだったの……?」

 まさかここまで、二人とフィレの間に差があったなんて。

 ルリフィーネはそう思いながら、彼女の強さに畏怖した。

 そして、これから訪れる”サラマンドラの公開処刑”に対して恐れた。


「どうした? その程度か?」

「ぐああぁぁッ!」

「サラマンドラさん!」

 残酷な現実に見舞われたサラマンドラが次に襲ったのは、フィレの鍛え抜かれた拳だった。

 彼女の拳打は急所を打ち抜き、彼に苦痛と絶望を叩きつけていく。


「うっ……、くそっ……」

 フィレの攻撃が見切れなかったせいか、防ぐ事も出来ず全て攻撃をまともに受けてしまう。

 その結果、サラマンドラの全身は赤黒く腫れあがり、そこからおびただしい量の血が流れ落ちた。


「ぐっ……!」

「シウバ老師から何を習った? 先の試合で何も学ばなかったのか?」

「知るかよ……、んなモン……」

 フィレも当然、アルパとのやり取りを見ており、それがどういう意味かを解っていた。

 だが、師のアドバイスを無視して、力に頼り続けたサラマンドラを酷く軽蔑した。


「ぐあっ!」

「ぬるいぬるすぎる! これならまだお前の元従者の方が手ごたえがあるわ!」

 そしてそんな彼をフィレは容赦しなかった。

 殴り、蹴り、突き。

 あらゆる攻撃によって、彼の命と精神を削いでいった。


「くっ、くそ……」

 サラマンドラが編み出した五番目の構えは、フィレには通じない。

 最初に敗北した時は技で負けたと思っていたが、今回は前回に加えて自信のあった力でも及ばない。

 絶対に勝てない、どうあがいても届かない。

 負ける、殺される、全てを失う。

 そんな思考が、今まで猛る炎のようなサラマンドラを震え上がらせてしまった。


「……少々期待外れだった。かいかぶり過ぎたみたいだったな」

 フィレは同門の兄弟子を酷く蔑視しながら、自らが纏っている黄金色の光を拳へ一点に集中させ、彼の腹部を勢いよく突く。

「弱者め、私の前から消えろ!」

 もはや抵抗する気力も体力も無いサラマンドラは、彼女の攻撃を一切防御せず、まともに受けてしまい、突き刺さった所からは大量の鮮血が噴き出した。


「ジジイは、これを……、予想していた……のか」

 サラマンドラの巨体が崩れ落ちていく。

 彼は自身の流血によって生まれた血溜まりの上へ、仰向けになって倒れてしまった。


「勝負あり! 勝者、フィレ・テンダーロイン! 防衛成功!」

 こうして史上最高と思われていた戦いは終わってしまう。

 あまりにも圧倒的で、そしてあっけない幕切れに観客は勿論、ルリフィーネも戸惑いを隠せずにいた。

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