168. パラレル・ディストピア ~母との決別~
「何を言っているのです?」
マザーには、サクヤの放った言葉の意味が理解出来ず、無機質な声のまま彼女に質問をする。
「つまり、こういう事よ!」
サクヤは、懐から拳銃を取り出すと、マザーめがけて発砲した。
「まだそんな古い武器に頼っているのですか? 何度無駄だと言えば――」
マザーは、彼女の無意味な行為を嘲笑しながら、そう吐き捨てる様に言おうとした時だった。
「時代遅れな武器だって、使いようはいくらでもある。あなたは今までの歴史を知っているはずなのに、それすら解らないのね」
マザーの言葉を遮るようにサクヤがそう言い終えると、発射された弾丸はマザー本体ではなく、今までスノーフィリアが捕らわれていた場所に設置された爆弾へと当たる。
すると、仕掛けてあった小型の爆弾が炸裂し、音と煙が二人とマザーの間を遮断していった。
サクヤはマザーを直接攻撃するではなく、スノーフィリア救出の際に仕掛けた爆弾に衝撃を当てて、爆発させたのだ。
「アナタの狙いが解りました。ルリフィーネは制御コアの光によって導かれていると思い、その光を爆煙で遮ろうとしたのですね?」
マザーが取り出した瑠璃色のオーブは、今も尚妖しい輝きを見せている。
サクヤはオーブに対しても攻撃をしかけてきたが、当然全ての攻撃は通じず、傷一つついていない。
いかなる武器による攻撃も、召喚術も効果が無いならば、残された手はルリフィーネを解放して彼女の生物を超越した力を発揮できる格闘術に頼るしかなく、そうするには何らかの方法でマザーとの関わりを絶つしかないと思ったのだ。
サクヤはずっと見てきた。
瑠璃色のオーブがどういう時に、どういう現象が起こるかを一つも漏らさず記憶してきた。
そして彼女が至った結論。
それはまるで街灯に羽虫が寄ってくるのと同じ様に、オーブの光によって導かれるという事だった。
「残念ですが光ではありません。この制御コアは、空気中に超小型の機械を無数に放出しているのですよ。そしてその機械が人体内へと進入し、精神を操っているのです。超小型の機械は無味無臭で無害だから、体の中へ入っても誰も気づかない」
「そう……、だからエーテルと反応したら白く見えるのね」
しかし、その予想も外れてしまう。
魔術でも再現不能な、驚天動地な現象を聞かされたサクヤは、今まで起きていた現象を振り返りながら、下を向きため息を深くついた。
サクヤの身を挺した行動も徒労に終わり、巻き起こした煙も晴れていく。
オーブの光を遮る事も、これから起こる最悪の未来を回避する術もないまま、絶望が姿を現していく……、はずだった。
「でも、もう関係ないわ。さっきの爆発はあなたを傷つける事でも、決してそのコアの光を遮断するものでもない!」
だが、視界が戻った世界は決して絶望に染まっていなかったのだ!
俯いていたサクヤは顔をあげ、マザーの方をぐっと強く見据えながらそう強く言い放った。
「馬鹿な!?」
なんと、今までマザーの腕で捕らわれていたルリフィーネが、スノーフィリア達と同じ場所に居たのだ。
「何故!?」
「私が攻撃を繰り返してきた。でもそれはあなたの目をくらますため、本命はルリフィーネを捕らえている腕だったの」
「馬鹿な、あなたはワタシの本体へ銃撃し続けた! アームには直接攻撃していない……、まさか!」
「そう、私のはじかれた弾丸は、跳ね返ってアームに当たっていた。アームには対銃撃の防御処理を施していなかったのが幸運ね」
「跳弾や他の攻撃による熱や衝撃によってアームを脆くさせ、先の爆風を吹き飛ばし、そしてルリフィーネを……!」
「そうよ。爆弾の設置をどうするかがネックだったけれど、スノーフィリアが近づいてくれたお陰で十分時間は作れた」
決められた事を粛々とこなす存在は、往々にして予想より大きく違う事が起こると動揺する。
マザーも今まさにその状態であり、冷静かつ勝ち誇った態度のサクヤとは真逆に、機械だが明らかに狼狽している様子が窺えた。
「今よ!」
「ルリ……」
スノーフィリアは体を横にしたまま、半分しか開かない目でルリフィーネを見ると、今もてる全ての力で彼女の手を握る。
すると、傷だらけの天使は光の粒なり、倒れていたルリフィーネと一つになった。
「スノーフィリア様……、ありがとうございます」
今までマザーの手の中だったルリフィーネは、そう一言だけ主人へ感謝の言葉をつぶやくと、ゆっくりと立ち上がる。
この時の彼女の表情は凛としており、たとえ瑠璃色のオーブを目の前にしても意識や意思が揺らぐ事は無い。
「お母様」
「ルリフィーネ」
白銀の光を纏ったルリフィーネは、自身を生み出した母親の方を見据えながら、一歩ずつ着実に歩み寄っていき。
「私を生んでくださって事、感謝します」
そして、自らの母親にもお礼の言葉を告げた。
「だから見守っていてください。”私たち”が描く未来を」
どんな生物であれ存在であれ、親と子の関係を断ち切る事は容易ではない。
だが、子は成長を遂げると親の庇護から離れていく。
ルリフィーネも今まさにその時であり、自らの母との別れを伝えると……。
「はあああああああああああ!!!!!」
高鳴る胸と感情、抑えきれない力。
自身の内から無限に沸き立つそれらを、鬨と共に解き放ち。
「これが私があみ出した極竜の闘法、五番目の構え、煌天竜の構えだッ!」
今まで、絶体絶命の窮地でしか発現しなかった、ルリフィーネの力が遂に開花したのだ。
圧倒的な生命のエネルギーが迸っているせいか、それともスノーフィリアの加護を受けているせいか。
彼女の体は銀色の光に包まれ、周囲が無風でも衣装の裾や紐が、ゆらゆらと揺れている。
「そしてそこから繰り出す究極の拳! 神羅万掌・天昇撃!!!」
ルリフィーネは一切体勢を変えることなく、マザーが感知可能な速さを遥かに上回る速度で近づくと、拳をぐっと強く握り。
「うおおおおおおお!!!!」
サクヤが銃撃をした時以上の轟音と物量を伴う拳の連打を、マザーへと叩きこんだ!
「無駄ですよ。再計算の後に再び対ショックコーティングを施せば――」
この建物全体が、ルリフィーネの打撃によって揺れて軋む中、母は子の反抗に対して今までと同様に対抗しようとした。
「やああああああああ!!!!」
「よ、予想以上の、衝撃、第一、第二障壁完全破壊、第三障壁半壊……、そ、そんな……」
だが、マザーの行動よりもルリフィーネの力の方が圧倒的に上だった。
今まであらゆる攻撃に耐えてきた胴体部は、無数の拳撃を受けた事によってたちまち無残な姿へと変わり果ててしまい、映像は乱れてただの白と黒の無秩序の絵となり、人間味を帯びていた口調は無機質さを増していく。
「全く、恐ろしい武術ね」
「はぁッ!!!」
サクヤは半ば呆れながらそう呟く中、ルリフィーネは最後の一撃をマザーへと叩き込む。
それと同時に、マザー本体からはバチバチと聞き慣れない音と共に黒煙が噴出した。
「ギギ……。ジコ、シュウ……フク、モード、サドウ……」
「私がお母様のプロセッサならば、私が貴女を書き換える事だって出来るはず!」
「あっ、ああっ、aa……」
そしてルリフィーネは、アイザック達本来の目的であるマザープログラムの書き換えを試みようと、ひびが入って今にも砕けてしまいそうな瑠璃色のオーブに手を当て、目を閉じて意識を集中させる。
マザーは、情けない機械音と発しながら、ルリフィーネの行為に対して何の抵抗も出来ずに全てを受け入れていった。




