163. パラレル・ディストピア ~母を訪ねて②~
この機械の世界の住人であり、そう遠くない未来に旧型と言う理由で処分される物達。
水神の国の住人であり、彼らの生存を賭けた戦いに協力する者達。
そんな、本来ならば絶対に出会う事の無い二者を繋げる者ルリフィーネ。
彼女らが手を取り合う光景を、一体誰が想像出来ただろうか?
夢ですら見たこと無い、想像すらつかない。
だが、現実として今まさに起こっているのだ。
彼女達は、マザーが存在する中央司令室へ通じる道を走っていた。
ひたむきに一切の寄り道をせず、ただマザーへ出会う為にまい進していた。
「この壁は……、最初の?」
そんな彼女らの足を、一枚目の扉が止めてしまう。
扉は頑なに閉じており、全員が近づいてもまるで開く気配すら無い。
「ああそうだ」
「ならば、私が開けますね」
ルリフィーネは笑顔でそう伝えると、扉の横についていた光る板と複数の凸凹が取り付けられた壁に近寄り、まるで楽器を弾くようにリズミカルかつ正確な動作でそれを叩いていく。
そして大した時間もかからずに、今まで彼女達を防いでいた扉はすんなりと開き、不法な侵入者達はさらに奥へと進めるようになった。
「凄い……。ルリ、いつの間にそんな事出来る様になったの?」
ユキ達は全員、彼女の淀みない動作にただ驚いていた。
「うーん、体が無意識のうちに……でしょうか?」
「自然と覚えていたのか、それともマザーの一部分として生まれたから、予めやり方を知ってたとか?」
「ほおほお……」
元々ルリフィーネは、ここの機械達を統率している物、通称マザーの一部として生まれた。
それならば、この場所に詳しいのも合点が行く。
だが……。
「考察は後回しだ、さあ、奥へ行くぞ」
「はい」
「そうね」
「うんうん」
「……」
彼女らが様々な考察をしようとした時、アイザックは先を急ぐように告げると、一行は扉の奥へと入っていく。
この状況をサクヤだけは、何か思わせぶりな態度をしつつも、後方で冷ややかな態度のままその後を追った。
そして、二枚目と三枚目の扉も難なく開けてることに成功し……。
「ここが四枚目の扉ってわけね」
「確かに、何かを入力するような場所はありませんね」
「マザーの許可でのみ開く扉なのだろう」
先ほどの光る板や凸凹は無い。
その様子から、アイザックの言うとおりこの扉はマザーによって内からしか開かない事を、全員は理解する。
「じゃあ私の出番だね! とりあえず二本くらい使えばいいかな」
今まで後方でルリフィーネの活躍を見ていたミズカは半笑いのまま一歩前へ出ると、ベルトにつけたポーチの中から、淡く青白く光るシリンダーを二本取り出し、床へと投げつける。
シリンダーは高音と共に砕けてしまい、そこから白色の霧のような物が立ち込めてきた。
「ふう、じゃあ行くよ! 永久なる崩壊!」
ミズカは深呼吸を一度だけすると、意識を集中させて魔術の名前を高らかに唱える。
今までなら、ミズカの声は空しく周囲をこだまするだけだった。
だが、今回は違った。
ミズカの振り下ろした杖の先が白く強く輝くと、そこから一筋の光線が放たれたのだ。
破壊の光線が扉に照射されると、今まで頑なに閉じていた扉はバターの様に溶けてしまい、難なく突破してしまう。
「おお」
「さすがです」
「うーむ、これが魔術か……。凄まじいな」
「ま、一本でもいけたかもしれないけどね。ふふーん」
まさかここまで容易に壊せるとは思っていなかったらしく、この状況を見守っていた他の仲間達は、感嘆の声をあげてミズカを褒める。
それに対し、腰に両手をあてながら、胸を張って得意げに答えた。
「なるほどね、私の爆弾を応用したわけね」
先ほどのシリンダーには濃縮したエーテルが封入されており、シリンダーを破壊する事によって、一時的にこの空間をエーテルで満たしたという事を見抜いたマリネは、腕を組み笑顔でそうミズカに伝える。
「私の爆弾は、威力を高めるためにエーテルを入れていたけれども……」
「やっぱそうだよね。だったらさ、流用出来ないかなって思ったの」
「んー、アイデア料とるべきかしら?」
「えー、マリネせこいー」
「うふふ」
「よし、奥へ行くぞ」
四枚目の扉も突破した一行は、さらなる奥へと進んでいく。
そして同じ様に、五枚目の扉も突破する。
「待って下さい」
最後の扉も難なく越えて、あとはマザーとの謁見を果たすだけとなった時。
その道中で、今まで状況を見守ってきたサクヤが口を開く。
「何なの?」
この時、彼女らには勢いがあった。
今のままならどんな難題も解け、どんな強大な敵も倒せるような雰囲気があった。
それに水を差すような一言は、必然とサクヤに憎悪を抱くミズカを不快にさせ、いつもより低い声で彼女の呼びかけに対して文句を言った。
「おかしいとは思いませんか?」
「……と、言うと?」
「全てが矛盾しているんです」
「どういう意味だ?」
「過去にあなた方機械達は、マザーを書き換える為に謁見を果たした」
「そうだ」
「しかし、それは失敗に終わり、代わりにルリフィーネを奪取した」
「そうだ」
「ルリフィーネはマザーにとって必要不可欠な体の一部分」
「その通りだ」
「ならば何故、四番目と五番目の扉はルリフィーネが来た時に開かなかったのですか?」
それは、誰もが気にしていた事だった。
マザーがルリフィーネを欲しているのは明白であるため、拒む理由なんて無い。
他の侵入者と一緒に居るのが不都合ならば、機械の世界へ来た時にけしかけた機械達を使って分断させたり、妨害なり抹殺なりすればいいはず。
なのに、ここへ至るまでの道のりで一切妨害されなかった。
警備の手薄なタイミングはあるだろうが、それだけでここまで無防備になるのか?
「私には、わざとルリフィーネを逃がして、あなた方の手に委ねたとしか思えないのです」
そしてサクヤは、真剣な表情である一つの仮説を提示する。
「そんな事をして何の得があるの?」
「それは解りません」
「ふーん……、じゃあいちいち口出ししないでくれる?」
しかし、サクヤに好意的ではないミズカは露骨に不快感を見せると、普段は中々見せない強い口調で彼女を行動を否定した。
「ちょっと、ミズカ……」
流石にその様子は目に余ると察したユキは、彼女らの間に入ってミズカに出すぎた発言を止めるよう努めた。
「そんな事はね、皆解っているの。でも解らない事だらけだから、こうやって突っ走るしか出来ないの! 何もしてないのに、いちいち文句言わないでよね?」
「ミズカ、流石に言いすぎよ」
ユキの制止も通じないと感じ、マリネもミズカに対して強い口調で注意する。
「むう……」
「先へ急ぐぞ」
彼女らのやりとりが不毛かつとりあえずの終息を迎えたと理解したアイザックは、立ち止まって口論をしていたユキら一行に先へ進むよう伝える。
マリネは鼻を一つならし彼の無機質な行動に内心感謝し、ミズカはまだ言い足らないのか頬を膨らませて不満の意を見せ、ユキはほっと胸を撫で下ろした。
「あなたはハーベスタを殺した罪がある。けど今は争う時ではないから、今回は私から謝っておくわ」
「お気遣い感謝します」
好意的ではないが、今仲違いする事は自殺行為に等しいのを解っていたマリネは、サクヤのフォローをするべくいつもの不敵な表情を見せて彼女を慰めた。
サクヤはお礼の言葉と今の気持ちを簡潔に伝えたが、この時はどこか憂いの残る表情をする。
「何か気になる事でも?」
そんな表情が気になったマリネは、他の仲間が先へ進み、二人きりになった時を見計らってどうしてそんな表情をするのかを問いかけた。
「……衝撃に反応して炸裂する爆弾を一つ。私に預けてくれませんか?」
「どうして?」
だがサクヤは、マリネの質問とは全く異なる要求をしてくる。
この時マリネは、ある疑問を抱く。
変身すればこの世界でも使う事が出来る、もっと技術が発達した武器を扱えるはずなのに、どうして今更自身の装備を頼るのか?
先ほどミズカと言い争った時、何故憂いの残る表情をしたのか?
今ここでそれらが答えられないのはどうしてか?
「はい。気をつけて扱ってね」
だがマリネはこの場で深くは追求せず、持ってきた爆弾を一つだけサクヤへと手渡す。
この爆弾は以前使ったものよりも強力で、かつミズカのシリンダー同様の効果が見込める、マリネのとっておきの代物だった。
「ありがとうございます」
サクヤの言動、マザーの行動、アイザックらとの情報。
まだまだ不可解な事が多い中、二人は仲間の後を追っていく。
真実との邂逅、謎と矛盾が織り成す迷宮の出口、そして誰もが予想しえなかった結末は近い。




