161. チェリー・ブロッサム・ドリーム ~それぞれの決意の交差③~
会談から数日後。
「夜這いみたいで嫌だけど、仕方ないよね」
蝋燭が僅かな風で揺らめく廊下で、一人の高官が姫の私室へ入っていく。
この時ノックはせず、扉も音がしないように気をつけながら開けた。
「どなたですか?」
なるべく気配を無くそうと努めたはずだったが、女王の安らぎの時間を守っていた女王の専属使用人に気づかれてしまう。
「今陛下は就寝中で、謁見は認められておりません。立ち去りなさい」
女王の専属使用人はそっと立ち上がり、強い口調で私室の侵入者に対してそう告げる。
このまま無言で近づけば、たちまち取り押さえられてしまうだろう。
「こんばんは。いきなりでごめんなさいねえ」
そう察した”侵入者”は、表情を緩めて女王の専属使用人に挨拶をした。
「マリネさんでしたか」
そして、ノックもせず無断で部屋に入った人物の正体が解った女王の専属使用人のルリフィーネは、警戒心と構えを解き……。
「ルリちゃん、遅くまでご苦労様」
「ありがとうございます。ですが、どういった御用で?」
意外そうな顔をしながら、ここへ来た理由を問いかけた。
「就寝中申し訳ないけれど、今から行くわよ」
「今から? 何を言っているですか?」
マリネの言葉には、圧倒的に足らない部分があった。
だからこそルリフィーネは、彼女が何を言っているのか理解出来ず、思わず再度質問をした。
「今から機械の世界へ行くのよ」
機械の世界を助けるか否かは、まだ決まっていなかった。
ルリフィーネは返事の有無に関わらず、どうにか自分だけでも助けに行こうと考えていたので、他の人の助力が得られる事を確約されてしまい、思わず喜んでしまう。
「そんな、突然ですよ。明日の朝でも良いのでは?」
だが今はすっかり夜も更けた時であり、とても外出するようなタイミングではない。
ましてや女王は年相応の顔つきで、静かに寝息をたてている。
余程の理由も無く、こんないたいけな少女を起こす事なんて、とてもルリフィーネには出来ないのだ。
「全くその通りよ。だから非常識だと思っている。この時間を選んだ事も、これから行う事も。でも今回の件はなるべく人目につきたくないの」
機械の世界へ行くならば、当然スノーフィリアと似た力を持つサクヤも来る。
サクヤと共に行動している姿を、なるべく他の人には見られたくないという事だと察したルリフィーネは、穏やかな夢を見ている少女の体に手を当てると……。
「……解りました。スノーフィリア様、スノーフィリア様」
優しく揺すりながら、主人の耳元で呼びかける。
「う、うーん……、もう朝かなあ……」
すると、今まで熟睡していた女王はゆっくりと重い瞼を開き、目を何度か乱暴に擦った。
「今すぐ出かける支度をします」
「あれ、マリネも居る。何かあったの?」
「今から機械の世界へ向かいます」
「うーん……。 えっ、どうして!?」
勿論、全員で機械の世界へ行く事はスノーフィリア本人も知らされていなかった為、真顔のままマリネの方を見てしまう。
「どうしてって、助けたくなかったの?」
「そんな事はないけれども……」
「だったら行くのよ!」
「う、うん、解った。すぐ準備するね」
今まで散々独断での行動を諭してきた本人が、突然そんなことを言い出すなんて。
何か心変わりするような事でもあったのだろうか?
そう思いつつもしばらくの間、スノーフィリアは目を半分開いてぼうっとした後、こくりと頷くと起き上がって着替えを始めていく。
大した時間もかからず、女王はお忍びで外出する時の格好であるエプロンドレス姿になると、三人は見回っている兵士に見つからないよう宮殿を抜け出していった。
一方その頃、魔術師達が住む寮の一室では。
「ふわ~ぁ、行くとは言ったけども、やっぱ眠いねえ」
外の暗さと予想以上の眠気にうんざりしながらも、ミズカは寝間着からいつもの露出度の高い衣装に着替え、先のとがった魔術師の帽子をしっかりと被る。
そそくさと準備を済ませたミズカは、誰も居なく静まりかえった寮内を、足音が出ないようそっと歩いて出く。
そうやって誰にも気づかれずに寮内を抜けて門を出たが、ミズカが出会う事を予想しなかった魔術師が一人立っていた。
「あれ、くろどうしたの?」
「行くぞ」
「……どういう意味か解ってるの? 今度行けば、女王様を連れ出した罪とサクヤを島から逃がした罪で辞職しないといけないんだよ?」
ミズカも今回の行為がどういう意味かを理解していた。
だからこそ、くろまで巻き込みたくない思いがあり、今回の事は誰にも言わなかったのである。
「そりゃあさ、私だって今の立場追われるの嫌だけどさ。でも、女王様が居なかった新世界なんて組織に潰されてたし、やっぱ恩ってあるじゃない?」
くろはミズカの話を聞いている間、一言も喋らなかった。
「うーん、くろくらいは残っていて欲しかったけれども……」
しかし、それがくろの意思表明である事をミズカは知っており、こうなってしまえば誰よりも頑固である事も解っていた。
「はぁ、解ったよ。行こう」
だからこそミズカはそれ以上彼を止める事は言わず、一つ大きくため息をつくと共に行く事を告げた。
これに対してくろは、一つ軽くうなずくだけで、他は一切言葉を発さなかった。
こうして女王とその専属使用人、旧新世界のメンバーらは機械の世界へ向かう為、古代遺跡へと向かっていく。
不安や憂いや、今後の事を考えてナーバスになってしまう一面もあった。
しかしそれ以上に、強者の一方的な理屈で潰されようとしている弱者を救いたいという、熱い思いがあった。
水神の国の南方。機械の世界への道がある古代遺跡にて。
「全員揃ったわね」
この時、古代遺跡には国から来た物達とサクヤが居た。
全てのいざこざが解決してから、かつての新世界の仲間達が揃った初めての瞬間だった。
しかし、各々のサクヤに対する因縁は当然まだ晴れておらず、どこかぎこちない感じがした。
「念を押しておくけれど、今回はルリちゃんの故郷である機械の世界へ行って、そこの住人であるアイザックを助ける事」
機械の世界へ向かう面々が揃った事を確認したマリネは、全員の顔をみながら真剣な表情で、今回の目的を全員に伝える。
「間違っても仲間割れとかしないようにね?」
「……なんで私を見るの」
「あなたが一番危険人物だからよ」
「そ、それくらい空気読めるよ! もう!」
ミズカはサクヤが両親の仇では無い事を、この段階で既に知っていた。
しかし、今まで裏切っていた事と仲間だったハーベスタを撃った事が許せず、マリネに釘を刺されているにも関わらず、口ではそう言いながらもサクヤに対して冷たい視線を幾度か投げかけていた。
「サクヤも、変な気を起こさない事ね。全員の歩調が乱れれば、あなただってただでは済まない場所なんだから」
「解りました」
もしもここで再び野心が芽生えて、女王や他の仲間を害するような事があれば、サクヤ自身の安全も保障はされない。
勿論それはサクヤ自身も理解していたため、ミズカに冷たい視線を投げられようとも、彼女はいつもの落ち着いた態度のままマリネの言葉に対して一言返事をした。
「それじゃあ、行くわよ……!」
全ての確認を終えたマリネは、台座に再び瑠璃色のオーブを置く。
すると、今まで夜の暗闇に溶け込んでいた遺跡の石柱は、強烈な光を放ち周囲を照らしていくと、一行をこことは違う別の世界へと誘った。




