159. チェリー・ブロッサム・ドリーム ~それぞれの決意の交差①~
普段住む世界とは別の世界へ行くと言う、奇天烈な出来事を体験したユキらを待っていたのは、今までの事が嘘だったと思わせるくらい、何も変わらない日常だった。
そんな平穏な日々を過ごす彼女らであったが、機械の世界で出会った物達が、決死の思いで世界の真理とも言える存在に立ち向かおうとしているという事を忘れなかった。
それからしばらくの時が経ったある日。
「それで、今日は……って聞くまでもないわね」
全員は再び集合し、共通の事を悩んでいた。
「私、助けに行きたい」
ユキは当然、彼らを見捨ててはいなかった。
彼らの境遇と過去の自分を重ね合わせている事と、ルリフィーネの故郷で起きている事の二つの理由が、彼らを救いたい気持ちを後押しさせたのだ。
許されるのならば、今すぐ一人でも行って力になりたいという思いだった。
「助けたい気持ちは解るわ。でも魔術が使えないあの世界でどうするの?」
そして、それと同時に一人で行っても厳しいという事も解っていた。
ほぼ完璧な守りの中に居ながら、機械達を統率する存在への謁見、そしてプログラムの書き換え。
仮に魔術が使え、可能な限りの最大戦力で行っても無事ではすまないかもしれないのに、その魔術が使えないという状況。
「うーん……」
室内が、沈黙と重い空気に支配されていく。
全員が声に出さなくとも、この状況が行き止まりだと認めざるを得なかった。
「ねえ、サクヤにも手伝って貰うとか……?」
そんな中、ユキは少し遠慮しがちにそう言う。
自身の同じ様に変身し、強力な武器を呼び出す能力を持つサクヤならば、あの世界でもやっていけると思ったからだ。
「ごめんなさい、やっぱり無理だよね」
だが、彼女は王家であるアクアクラウン一族の命を狙い、奪い、現女王を洗脳して国家転覆を成そうとまでした大罪人である。
ブルンテウン地区や、ミスティの村に同行して何事も無かった事が奇跡なくらいなのに、それらよりも重大な今回の問題に、関わらせるわけはいかない。
仮に女王本人が許しても、周囲の人間の顰蹙を買うのは間違いない。
その事を場の空気から察したユキは、頭を深々と下げて謝った。
「ううん、いいのよ。私もそれは考えていた」
「でも、現実的じゃないよね~」
サクヤへの協力要請は誰もが考えていた。
ただ、政治的理由から実現が困難だった誰も言わなかったのであった。
こうして、何ら解決案を見出すことなく、会談の時間は無為に流れていった。
それから数日後。
各自はそれぞれの生活を過ごし、与えられた職務をこなしていく。
当然、この時も全員が、ルリフィーネの故郷の事を考えた。
だが、誰も有用な手立てを見つけることが出来ずに居た。
そんな低迷している日々の中。
色の無い孤島に、女性用のワンピースを着た男性高官が踏み入る。
「この一件が終われば、辞職しないといけないわね」
島に到着した”彼女”は、ため息を一つついた後にそう言うと、真剣な表情をしながら島にある一軒の民家へ向かった。
そして古ぼけた一軒の民家に到着した彼女は、何度か深呼吸を繰り返し、玄関の扉をノックする。
「どなたでしょうか?」
「やあ、久しぶりね」
家の中から出てきた少女。
それは、かつて新世界を陥れ、マリネの仲間であるハーベスタを殺害したサクヤだ。
「マリネですか? まさか、あなたが来られるなんて」
「意外だった?」
「はい」
マリネの仇とも言える存在に、久しぶりに直接出会った印象は、予想以上に影が濃いという事だった。
彼女はまともに食事をしていないのか、それともこのひもじい大地ではそれが出来ないのか。
それとも、俗世から切り離されたこの大地で生活してきたせいか。
新世界のメンバーとして共に行動していた時と比べ、どこかやつれた印象が強かったのだ。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「実はね……」
サクヤは、マリネが来る事に関しては予想していなかったらしく、また突然の来訪という形だったため、僅かだが驚きの色を見せてしまう。
一方のマリネはサクヤの身体的にも精神的にも痩せた様子に対し、憎しみよりも憐れみの感情を強く抱いくと、自身が体験した別世界の事やルリフィーネ失踪に関する事、そして協力して欲しい事を手短に告げた。
「……というわけなの」
「そんな世界の事、構わず放っておけば良いのではないでしょうか?」
サクヤはマリネの話を一通り聞くと、そう冷たく言うだけだった。
「こうは考えられない? あっちの親玉の気分が変わって、こっちの世界へ侵攻してきたらどうするの?」
彼女の言う事ももっともではあったが、マリネには一つだけ心配事があった。
彼らは人類の過ちを繰り返さない為に、とても合理的な文明を築いた。
だが、その世界でルリフィーネは生み出された。
人類を反面教師としているのに、何故彼女は失敗した人類に似せたのか?
そこから導かれるある考え。
それは、機械は人に近づきつつあるという事。
もしもそうならば、今は合理的であっても、やがては人類と同じ轍を踏む恐れがある。
飛躍しすぎた想像、もはや妄想といっても良い程の独りよがりな仮説だった故に、他の誰にも告げることは無く、これからも言ったり残したりする事は無いだろう。
「どうせ滅びゆく世界ならば、いっそこのまま……、いや、あちらの軍勢をぶつけるという手も……」
マリネが想像の世界に羽ばたいている時、サクヤも同様の状態だった。
彼女は視線を落として考え事をしながら、何やら独り言を言う。
「何を言ってるの?」
しかし、その言葉の内容が物騒だったため、マリネは自分の世界から抜けてその意味について問いかけた。
「独り言です」
だがサクヤは一切表情を変えないまま、マリネに対して淡白な返答をした。
「解りました。お受けしましょう」
最初話を聞いた時は、マリネは断られると思っていた。
だが意外にも、サクヤはこの突拍子も無い願いを聞き入れたのだ。
「条件の方ですが、変更してもよろしいでしょうか?」
機械の世界を救った時の報酬は、この島から自由に出れる権利と、ブロッサム家の財産の一部だ。
破格の待遇であり、器量のあるサクヤならば再起も図れるだろう。
「どうぞ」
「成功した暁には、私を東方の国へ連れて行ってください」
しかし、その条件を捨て、彼女は水神の国の海をまたいだ隣にある小国へ行く事を望んだ。
「どうして? 何かあるの?」
「少し用事を思い出したのです。それ以外は望みません」
東方の国。
それは、四大大国とは別の文化から成る国であり、そして何よりも特筆すべきは、訛りはあれど世界が共通の言葉を使う中、東方の国だけは独自の言語を使っているという事だった。
「解ったわ。一応話し合ってみるけれどね」
「ありがとうございます」
そんな国に何の用事があるのか?
そうマリネは思いながら、サクヤの願いを承諾する。
「あともう一つですが……」
サクヤは、さらに追加で条件を提示しようとする。
「折角だから言ってみなさい」
マリネは、彼女の願いに耳を傾けた。
だが、マリネはその条件を聞いた瞬間、再び自分の世界へ戻ってしまうのであった。




