156. パラレル・ディストピア ~ルリフィーネの秘密編②~
「良く来てくれた、こことは違う世界の方々」
ユキら一行の背後から現れたのは、若い声に似つかわしくない白い髭が印象的な初老の男性だった。
「マザー? プロセッサ? どういう事なの?」
ユキには、彼が何を言っているのかまるで理解出来なかった。
それは、今までに聞いた事の無い単語を、聞かされたからだった。
「ユキ様、私は人間ではないのです」
動揺と混乱と驚愕が入り乱れる時、ルリフィーネは主君にも解るよう簡潔に事実を伝える。
「ルリ……」
抱きついたこのぬくもりと柔らかさ、私に向けられた優しい微笑みと愛しむ眼差し。
それら全てが、作られたものだというの?
信じられない、そんな事ありえない……。
ユキはそう思いながら、ルリフィーネへぎゅっと強く抱きついた。
「ルリと言うのかね、そのプロセッサは」
「うん、ルリフィーネって言う名前が本名だけど、私はルリって呼んでるよ」
抱きつきながらも、顔だけは初老の男性の方を向きながら、少しだけ体を震わせてそう言った。
「ルリフィーネ……? 開発コードか? それを略すとは実に人間らしい」
男性は意味深な独り言をつぶやくと、部屋の隅にあった箱状の機械を抱えて、一行の見える場所へと持ってくる。
「まずはこの世界の生い立ちを説明した方がよいだろう」
「そうですね。お願いします」
「ああ」
そして慣れた手つきで、箱状の機械の側面についた出っ張りを押していくと、機械の一面が光を放ち、ある景色が映し出された。
「今から二千年程前、人類は栄華を極めていた。医療技術の発達により年齢は軽く数百歳に及び、生きる上で必要な労働は全て機械によって行われた」
それは、人々が幸福そうな生活をしている場面だった。
誰もが笑い、そして穏やかに過ごしている静止画は、その場に居るユキらを和ませるには十分だった。
「そんな理想郷とも言える世界にも、不平不満はあった」
だが、その場に居た機械達の表情は、あまり良いものではなかった。
周囲との温度差の違いに気づいたユキは、ルリフィーネの方を向くが、彼女もまた不安そうな表情をしていた。
「寿命が延びた結果、食料や住む場所は必然と無くなっていき、人々はそれを奪い合い、また宗教、思想、価値観の相違を理由に同族で争いを始めた」
「結局、どこも同じってわけね」
どんなに技術や科学が発達したとしても、人の行いは変わらない。
マリネは人間の業の深さを痛感しながら、ため息まじりに一言つぶやいた。
「争いは激化の一途を辿り、遂に起きたのが、当時禁忌とされてきた核兵器を用いた戦争だ」
「核兵器……?」
「ユキ様の世界で言う、滅びの魔術を数千倍の規模で大きくした武器です」
滅びの魔術とは、高熱と爆発により指定された範囲を破壊しつくす魔術である。
単純な破壊力もあるがそれ以上にやっかいな理由として、この術を放つとその場所は、生き物が近づいただけで原因不明の死を遂げる呪いをかけてしまう事だった。
しかもその呪いは数年では解けない為、誰も住めない土地になってしまった所もあるくらいだ。
故に禁じ手とされており、その魔術の撲滅と封印には、あの秘密結社トリニティ・アークと四大国家が手を組んだという話もあるくらいだ。
「戦火は今まで人類が培ってきた文明を破壊し、この大地に存在する全ての生きとしいける者の命を奪っていった」
彼の言葉の後、映像の中の風景は一変する。
青く澄んだ空は、爆発によって生じた煙で覆われ、人々の笑い声が悲鳴へと変わる。
核兵器を撃ちこまれた建物は、氷のようにどろどろと溶けていき、逃げ惑う人々や動物達を情け容赦なく、跡形も無く消滅させていく。
地上は破滅の炎に飲み込まれ、海は蒸発し、山は陥没し、肥沃の大地が不毛の荒野へと変わっていった。
そんな凄惨な景色を見る事に耐えられなくなったユキは、体を震わせて再びルリフィーネの胸へと避難してしまう。
「戦争の後に残されたのは、人々に使役させられていた僅かな機械だけとなった。それら機械を管理するメインコンピュータ、我々はマザーと呼んでいるが、マザーは荒廃した世界を再生するべく大量の機械を生産した」
初老の男性がそういうと、今まで残酷な景色を映し出してきた機械は、再び沈黙してしまった。
「そして今となって、ようやく復興が成しえたというわけだ」
「復興が成しえたって、この街以外は荒地じゃない」
ユキ達がこの街へ来るまでの間、生き物は虫一匹すら居らず、植物は雑草一本すら生えていない。
そんな死の大地が広がっているのにも関わらず、彼らが復興したと言われる理由が気になったマリネは、険しい表情のまま初老の男性へ問いかける。
「マザーが出した結論は、全ての無駄の撤廃だ。人類はいたずらに、他の動物や同属の民族から住む場所を奪ってきた。無秩序に同属を増やし、それに伴い領地を拡大してきた。だからこそ価値観の相違が生まれ、争いになった」
同じ人間でありながら、些細な理由で命の奪い合いになってしまう。
それはユキ達の世界でも同じであり、初老の男性が語った言葉は彼女らに重く圧し掛かった。
「だからマザーは、そんな人類の二の轍は踏まないと決めて、”必要最低限の機械”と”必要最低限の土地”を使い、”必要最低限の活動を行う”事を行動原理としている」
「だから、この街しか復興しなかったと?」
「そうだ。我々が住むにはこの街だけあればいいからな」
彼らの言っている事は、技術や科学に最も疎いユキでも理解出来た。
しかし、あまりにも合理的な考えに辟易としてしまった。
「復興の為に機械を量産したんだよね?」
「ああ」
「今も動いているの?」
「いや、処分だ。全ての部品を解体し、新たな機械を製造するための材料とする」
「そんな! それじゃあ――」
「大丈夫だ。機械には意思はない。我々やルリが珍しいのだ」
たとえ人のような心が無かったとしても。
それでもユキは、どうにもマザーの理念に抵抗を示してしまう。
自身の使用人が着けている白いエプロンをぎゅっと握ると、それに気づいたルリフィーネは主人の手を自身の手で優しく包みこんだ。
「一見、完璧とも思えるけれども……」
一通りの経緯と話を聞いたマリネは、あごに手を当てながらそうつぶやく。
今までの謎が解けたのか、彼女の顔の憂いは大分消えていた。
「マリネ!」
「”人の居ない世界”という前提の上での話よ。私達の世界には必ずしも当てはまらないわ」
だがマリネのつぶやきにミズカが大声で反論しようとすると、すかさず彼女の方を向いて言葉を遮り、自身の発言を付け加えた。
「それで、どうしてそんな完全無欠な世界に、不満を持ったのかしら?」
そしてさらなる疑問を払拭するため、視線を初老の男性に戻す。
「処分対象の機械は、役目を終えた物や故障し修復出来ない物以外にも、世代交代によって性能が劣っている物も対象だった。先も言ったが他の物には意思が無く、与えられた命令をただこなす。だが、どういう理由かは知らないが、我々第七世代の機械とルリフィーネだけは人と同じ様に意思を与えられた」
「つまり、あなた達は処分されるから、それに反抗したわけね」
「そうだ」
初老の男性は、目を少しの間閉じて何やら物思いに耽った後……。
「我々が存在する事は、マザーにとって無駄な事だ。だが我々はそれでも生きたい」
彼は拳を強く握り震わせながら熱弁する。
今まで生命の温かさを感じなかった彼が、最初に見せた熱意がそれだった。




