153. 遺跡の先へ ~ルリフィーネの失踪編⑧~
女王達を乗せた馬車は、周りの景色が絵の具の滲んだ絵画のようになる程の速さで移動していく。
馬車の中は快適とは程遠く、振り落とされないようしがみつぐのがやっとだ。
「さあ、着いたぞ!」
そして目的地へと到着すると、何事も無かったかのように景色は止まる。
一行は、馬車から降りるが、その足取りはどこかおぼつかない。
「……運んでくれてありがとう」
馬車を呼び出したスノーフィリアは、多少ふらつきながらも御者に対して礼を言う。
「じゃあな!」
御者は別れ際も威勢の良いまま、光の粒となって消えてしまうと、女王は変身が解けて元の格好へと戻ってしまった。
「ねえ、ここ……、何なの」
一行の目の前に広がる場所。
そこは、召喚術が使えるユキも、博識なマリネも、魔術の知識が豊富なくろも、魔女の血筋であるミズカも、見たことの無い世界だった。
建造物は全て流線型で、構造はどれも目新しく、どんな都の城よりも天高く聳え立っている。
それらの材質は石とも木材とも、はたまた魔術で使う特殊な媒介とも異なる未知の物質だ。
「とりあえず、中へ入ってみましょうか」
「ここで止まってても仕方ないからねえ」
召喚術を使ってでも来てしまったからには、空手で帰るのは勿体無いと思ったマリネは、かつてココが幽閉されていた研究所の時の様に、率先して奥へと入っていく。
他の人達も、そんな彼女に勇気付けられたのか、不安げな表情のままマリネの後を追って行った。
未知の街の中を歩いていく。
そこはとても静かだった。
水神の国ならばあって当たり前の民衆の声、荷馬車が走る音、水の流れる音が一切無い。
静かすぎるせいか、それとも他の要因か、耳鳴りのようなキーンとした音だけが終始響いている。
「うーん」
「どうしたの? マリネ」
全員が不思議な空間を旅する中、今まで先陣を切って歩いてきたマリネが一つ唸った後に、立ち止まってしまう。
「ここってさ」
「うん」
「凄く技術が発達している場所なんだと思うの。私達の世界では想像もつかない程のね」
そして、今まで見てきたありのままの感想を、仲間達の方を振り返りながらそっと告げた。
「そういわれれば、そんな気がしなくはないけれど……」
その意見に対して、ミズカも不安な面持ちなまま同意をした。
「あと、人の気配が無いような」
「ユキちゃんの言うとおりね、生き物の気配がまるでしない」
事実、散策してから人はおろか、動物の気配、飛んでいる鳥、地を這う虫すら居ない。
まるで、街だけがそこにあるかのような雰囲気すらあった。
「あと、お店とか、商会とか、人が居そうな場所も無い」
本来、人が生活を営んでいる所にはあって然るべき施設がある。
飲食店、雑貨屋、兵舎、商館……。
今まで歩いてきた中でそれらを見かける事一切無く、外で見た流線型の建物と同じ物しか見当たらなかったのだ。
「引き返す?」
そんな、あまりにも画一すぎる風景に対して不気味さを払拭しきれなかったミズカは、何かが起こる前に引き返すことを提案した。
「いいえ、折角だしもうちょっと探索したいわ。何か使える情報があるかもしれないじゃない?」
だが、マリネは未知への恐怖心よりも好奇心や探究心の方が勝ってしまっているようだ。
「相変わらず前向きだね」
目を輝かせて訴えかけているマリネを、ミズカは半笑いのまま呆れてしまう。
「うふふ、そんな褒めても何も出ないわよ?」
「別に褒めてないけども……」
「ふふっ」
彼女らの身も蓋もない会話は、ユキも含めた全員の緊張を解くには十分であり、少女の健気な笑いが漏れると、話していた二人は照れながらそれぞれ視線をあさっての方へと向けた。
「何か来るぞ」
二人の下らないやり取りで、場が和んだ時だった。
それらをずっと無表情のまま静観していたくろが、懐から杖を取り出しながら低い声で言うと……。
「な、なにこれ!」
建物と同じと思われる材質で出来た、円柱状の胴体と器用に動く四本の足がついた物体が次々と現れ、ユキ達を取り囲んでしまう。
「○――、△※×――」
そして人間の声とも、動物の声とも言えない甲高い音を発しながら、二本の前足をカチカチと擦り合わせた。
当然、ユキ達は何を言っているかは理解出来ない。
だが謎の物体の動きから、どうみても好意的ではない事だけは理解すると、ミズカは杖を取り出し、マリネは持ってきた爆弾をいつでも投げられるようカバンの中に手を入れたまま相手を見据える。
「警告! 警告! ただちにここから立ち去れ!」
「うわ、私達の言葉になった!」
今まで不可解な音で威嚇してきた謎の物体は、ユキ達にも解る言葉で話しかけてくる。
あまりにも突然の切り替わりに、ミズカは体をびくりとさせてしまった。
「ここから出てけって言われてるけど、どうする?」
「うーん……」
「警告! 警告! 従わなき場合は実力で排除!」
視線を謎の物体に向けたまま、マリネは仲間達にどう対処するかを聞いた。
戦えと言われれば、誰もが即座に戦える状態ではあった。
だが、相手の得体が知れないせいか、全員が判断を迷っていた。
「ねえマリネ、これって人間じゃないよね?」
「そうね。魔術兵器にも見えるけれど、まるで見たこと無い型だわ」
そんな中、ミズカは頭を数回掻くと、めんどくさそうにしながら単身前へと向かっていき……。
「ならば……!」
「ちょっとミズカ、それって!」
「永久なる崩壊!」
彼女の最高の攻撃である、物質を分解する魔術を解き放った!
分厚い金属鎧を身に纏った騎士ですら、熱湯の中に放り込まれた氷のように溶けて蒸発するこの魔術を受ければ、たとえ謎の物体といえどもただではすまないはず……だった。
「あ、あれ、魔術が使えない……?」
しかし、ミズカの叫びはただ無機質な街をこだまするだけであり、いつもならば振りかざした杖の先からほとばるはずの光線が、今回に限って何故かほんの少しも出なかったのだ。
「ちょっと! 何で出ないのよ!」
「知らないわよ!」
マリネも、ミズカの術には期待しており、未知の相手と戦う上での貴重な戦力として期待していただけに、予想外の現実を目の当たりにしてしまうと、普段の余裕が無くなってしまう。
「む、雷が出ん」
そして、もう一人魔術のエキスパートであったくろも、ミズカと同様に杖を振りかざしても一切の反応が無かった。
「実力で排除! 実力で排除!」
ユキら一行が、思いがけないアクシデントに戸惑い狼狽している中、謎の物体は生気の無い声でそう言い放つと、今までカチカチ鳴らしていた二本の前足が変形し円形の小型の刃となり、凄まじい勢いでそれを回転させながらこちらへ突進してきた。
「げっ! やばい!」
このまま、この謎の世界の謎の物体によって全滅してしまうのか?
消えたルリフィーネの手がかりを掴む事も無いまま、何もかもが終わってしまうのか?
危機感と諦めの両方を、誰もが抱いた時だった。




