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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
First Part. 姫から使用人へ
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14. 心の解放

 結局、私は何も出来なかった。

 逃れられない冷酷な現実はユキに絶望と失望を与え、気力をみるみる奪い去っていく。


「ああ、いやあ……」

「フヒヒヒッ、ユキたん……、ユキたん……」

 私に良くしてくれたココが傷ついて、そして私も傷つけられてしまう。

 それでも……、もう……、何も出来ない。


「ううう……」

「ようやく諦めて僕を受け入れてくれるみたいだね?」

 私、頑張ったよね?

 目の前でお父様とお母様が殺されて、十分に悲しむ時間も無いまま訳の解らないうちに使用人になって、日々の酷い仕打ちにもずっと耐えてきた。


 でももう、頑張るのはいいや……。

 疲れちゃった。


「大丈夫だよユキたん。痛くてつらいのは最初だけだから、すぐ君は僕の虜になる」

 そうだよね、この人の言うとおりにすればいいんだよね。

 ココだってそうなったんだから、私だって。


 瞳は光を失っていき、淀んだ闇に包まれてゆく……。

 私は、ご主人様の……。


 ――君は力が欲しいのかい?


「へへへ、実は僕はユキたんとこうするのをずっと楽しみにしていたんだ。君もそうだろう?」

 何もかもを諦めかけたその時、ユキの諦めを遮るかのようにどこからか声が聞えてくる。

 勿論、私を襲っている男の声ではない。

 別の誰かが話しかけているの?

 私と、……この人しかいないはずなのに?


 ――このままだと君は君自身の処女も、尊厳も、未来も何もかも奪われてしまうよ?


「最高の気分だよ。お姫様が僕だけのものになるんだからね」

 そんなのは解っているよ。

 でもどうすればいいのかもう解らないの!

 誰も私を助けくれない。


 ――その通りだよ。このどうしようもなく最悪で劣悪な状況を変えるには、自らの力で解決しなければならない。


「ヒヒ、ようやく僕の傷ついた心が癒せそうだよ。ユキたんには感謝してるよ」

 何を言っているの?

 私にそんな力は無い。


 私はただの使用人。

 ご主人様のおもちゃのユキ……。


 ――君は本当に、諦めていいの?


 ……。

 ……。

 ……。


 いやだ……。

 私、諦めたくない!


 ――ならば解き放つのさ、自らに眠りし力を。さあ、もう迷っている時間は無い。僕と共に解放の言葉を紡ぐのさ!

 その瞬間、ユキの頭の中には今まで聞いた事も無いたくさんの言葉が流れ込んできた。

 そしてその言葉達を、ユキは何故か瞬時に理解出来た。


「さっきから、何をぶつぶつ言っているんだいユキたん?」

 こんな所で終わりたくない。

 この男に壊されてたまるか!

 私は……、私は……。


「ハァハァ、僕のユキたん。僕だけのユキたん……」

「私は”あなたのユキ”じゃない! 私は”水神の国の王女スノーフィリア・アクアクラウン”だ!」


 ――リリースオブ・ホワイトスノープリンセス・エッセンス!

「解放する白雪姫の真髄!」

 その言葉を言い終えた瞬間、スノーフィリアの体からは膨大な青白い光が溢れ出す。

 光の濁流は、無抵抗だった使用人を襲って欲望のままにふるっていたアレフィを押し流し、今まで力が入らなかった体に再び活力と気力を与える。


「な、なんだと……!?」

 気力の充実に伴い、今まで着ていたピナフォアが細い光の糸に分解され、スノーフィリアは生まれたままの姿となる。

 青白い光は少女の裸体を足先から体へと順次纏っていき、真っ白な長靴下、スカートがふわりと大きく広がった水色のドレスへと変化していく。

 頭を覆っていた光は、使用人となった日にグレッダに無理矢理切られ、今までロクに手入れしていなかった髪型とは違い、まるで夜空を彩るオーロラのように青と銀の縦にグラデーションがかかる艶やかな背中まである長い髪になった。


「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」

 衣装と髪型の変化が終わると青白い光は粒状となって散らばり、暗かった部屋を明るく照らす。


 自らが淡く光り輝く美麗な衣装、全ての暗黒を跳ね返しそう程に明るく気力に満ちた瞳、他の誰も汚す事のかなわない可憐な面持ち。

 その姿は、悲しみと絶望の渦中で自らを殺し続けながら、この屋敷で働かされていた使用人のユキではない。

 紛れも無く、水神の国の王女であり雪宝石と評されているスノーフィリア・アクアクラウンだ。


「み、見た目が変わったところでぇぇ!」

 アレフィは、スノーフィリアめがけて相手を拘束する魔術を発動させる。

 黒い煙は帯状になって、変身した姫君を絡め取ろうとするが……。


「き、効かない? 馬鹿なぁ! 僕は魔術も研究している、箱庭の神童と呼ばれたくらいだぞ!」

「あなたの身勝手な欲望は、私には届かない」

 しかし、黒い煙はスノーフィリアに触れようとした瞬間、自らが発している光を嫌うかのように散ってしまう。

 自分の魔術の腕前に余程の自信があったのか、アレフィは後ろへと後ずさりしながら大量の汗をかいていた。


「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。彼方の大地にその名を轟かせた剣豪よ、我の下に姿を現し、その曇りなき刃で過ちを犯した者を畏怖させよ! 白雪水晶(ホワイトクリスタル・)の剣豪(ソードマスター)!」

 光を纏った姫はアレフィをしっかりと見据え、彼の方へ指をさして高らかにそして堂々と詠唱を終える。

 すると、スノーフィリアを中心に光り輝く魔法陣が展開されていく。

 魔法陣はどんどん広がっていってある一定の大きさになると、アレフィの方を向いていた指から一粒の光が零れ落ち、そこからまるで水晶を削って作られたような剣を持った老練な男が現れた。


「しょ、召喚術だとぉ!? 馬鹿な! たかが一国の姫ごときに出来る術じゃないんだぞ!?」

 アレフィはユキを襲っていた時は違い、明らかな動揺を見せていた。

 そんなアレフィの方を見据えた水晶の老剣士は、鞘に納まっている剣をゆっくりと抜いていき。


「奥義、神速の剣(マスター・ストローク)!」

 ほんの一瞬、スノーフィリアがまばたきをする合間。

 水晶の老剣士が抜いた剣を鞘にしまうと同時にアレフィは悲鳴をあげる事も無く、白目を向いてその場で倒れてしまった。


「……これが、私の力……なの?」

 私を襲おうとしたアレフィを、こうもあっけなく倒せるなんて……。


「サモナー、次の命令を」

 召喚術によって呼び出された水晶の老剣士は、いつでも鞘に納めた剣が抜けるように構えを維持したまま次の命令を待つ。

 しかしスノーフィリアは自らが出した剣士を見て、ただ呆然としていた。


「咄嗟でやったけども、どうしよう……。どうやって戻せばいいのかな……」

 とにかく窮地を脱したい一心で、どこからか聞えた声に従ってみたはいいけれど……。

 突然の出来事でスノーフィリアの理解は追いつかず、ただおろおろとするだけだった。


「それに何この格好、どうなってるの私?」

 今までこんなドレスを着た覚えはないし、服装や髪型も変えてしまう魔術なんて私は知らない。

 というか、もしかしてこれって召喚術?

 だとそれば、そんな魔術の中でも高等技術とされる術を使えるなんてただ事じゃない。

 確かに、私は魔術の勉強もしてきた。

 けれどもそれは、ある程度の上流階級が嗜む程度の事しかしていないし、私もそれで良いと思っていた。

 そう考えながら自分自身の変身した姿を見て、スノーフィリアは驚きを隠せずにいた。


「サモナーよ気をつけろ。強烈な殺気があの男からする」

「えっ!?」

 脅威が去り、何故自分がこうなってしまったのかを考え続けているとき、スノーフィリアが呼び出した剣士は再び剣を抜いて注意を促す。


「よくも……、よくもよくも……」

 スノーフィリアは倒れたアレフィの方を見ると、彼はぶつぶつ言いながらゆっくりと起き上がっていく。

 起き上がったアレフィは目が血走っており、全身からどす黒いもやのような物がドロドロと湧き出てる。

 明らかな異常が見られるアレフィと目が合ったスノーフィリアの全身が、今までに無い寒気に襲われてしまい、無意識のうちに身震いしていた。

 ……このままでは、何かもっと大変な事がおきてしまうような気がする。


「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもグギョオオオオオォォオオオオ!!!!!!」

「な、なに!?」

 恨みの言葉をスノーフィリアへと投げかけながら、アレフィはどす黒いもやを大量に噴出すると、真っ黒な物体が皮膚を突き破り、肥大化して体はみるみると変化してゆく。

 顔は崩れ、手は異常なまでに伸びて蛸の触手のような形状となり本棚を蹴散らし天井を突き破り、足は真っ黒な物体と一体化して団子状になってしまう。


「私、悪い夢でも……、見てるの?」

「ヲ、ヲカシテヤル……」

 変化が終わった頃には、アレフィは元の人間の形を留めていなかった。

 真っ黒な肉の塊からは、様々な太さと長さの触手が複数伸びており、顔つきはますます醜悪さを増している。

 それは、悪夢が形を成してスノーフィリアを醒めぬ虚ろへと誘うかのようだった。


「お願い! 私を守って!」

「御意」

 まだこの戦いが終わっていない事を確信したスノーフィリアは、自らが呼び出した水晶の老剣士へ命令を下す。

 老剣士は一言だけ返事をすると、自らを呼び出した主に襲い掛かろうとする無数の触手郡へと単騎で特攻していった。


「まだまだッ!」

 迫り来る触手を、自身の剣で次々となぎ払ってゆく。

 まるで全方位に視界があるかのように、明らかに老剣士の死角となっている場所から迫り来る触手も鮮やかな剣捌きで蹴散らす。

 左から来る触手を横薙ぎで切り落とすと、その勢いを利用して右から来る触手を斬る。

 重心の移動や身のこなし、それら一切の無駄の無い流水ような剣の動き。

 数年、十数年ではとてもここまで極める事なんて出来ないだろう。

 そんなとてつもない達人を呼び出したスノーフィリアは、変貌してしまったアレフィに対する嫌悪感とは別に、自ら呼び出した剣の使い手に感嘆していた。


 しかし、触手は斬られても斬られても次々と再生していく。

 アレフィのスノーフィリア自らを冒涜したいという執念の表れなのだろうか?


「危ないサモナー!」

 触手は老剣士を攻めつつも、召喚の為に無防備になったスノーフィリアにも襲いかかる。

 無尽蔵に湧き出す触手に対抗していた老剣士は、何とか召喚者を守ろうと駆け寄ろうとしたが……。


「きゃああっ!」

 凄腕の剣の使い手でも捌けない物量で触手は襲い掛かり、倒し損ねた数本がスノーフィリアの体へと巻きつき、そのままアレフィの眼前へ引きずりこもうとする。


「グヘエエェェ……、ユキたんんんんん! 僕と一つにいいいィィィィ!」

 触手に絡み取られたスノーフィリアを飲み込もうと、人一人が容易に入るくらい巨大な口が開き、そこから細い触手がさらに何本も伸びて絡めとっていく。


「サモナーよ、命じるのだ。究極奥義の発動を!」

「……ええっ!」

 このままでは折角力を手に入れても、やはり醜く変貌してしまったこの化け物に何もかもが蹂躙されてしまう。

 そう思いながら、スノーフィリアは老剣士の言葉の信じて強く願った。


究極奥義アルティメット・アーツ解禁(・アンロック)!」

「参るッ!」

 縛られながらもスノーフィリアは、老剣士の言うままに従い、願いを声にして解き放つ。

 すると呼び出した水晶の老剣士が眩く輝き、変身した時と同じ青白い光を纏いながら、今までとは比べものにならない速度で動きアレフィを切り刻んでゆく。


「遅い!」

 アレフィも負けじと触手を繰り出して応戦しようとした。

 しかし、老剣士は触手の再生を上回る斬撃で、瞬く間に彼の黒い体をバラバラにしていった。


 老剣士は縦横無尽に動き、息もつかせない程の神速を用いて触手を切り刻んでいく。

 まるで夜の空に流れる星のように、一筋の光だけを残して肉体を切り捨てていき、軌跡の後にはアレフィの肉片だけが残る。


 そして彼は元の人間の姿に戻ってしまった。

 触手はそれでも再生しようとするが、受けた損傷を治しきれないせいか、触手が伸びる前にドロドロの液体になって溶け落ちてしまう。


「あ、あれ消えちゃった。さっきのやつを使うと強制的に戻っちゃうのかな……」

 戦いの決着がついたせいか、それとも究極奥義の反動なのか。

 スノーフィリアが呼び出した水晶の老剣士は、剣を鞘に納めると自身を出した召喚者に一礼をした後に光の粒となって蒸発し消えてしまった。

 それが終わるとすぐに、優美なドレス姿だったスノーフィリアは、この屋敷に入ったときに着せられたスカート丈の異様に短いピナフォア姿へと戻ってしまう。

 髪型も使用人だった頃の十分な手入れがされていない状態となり、自分は”スノーフィリア・アクアクラウン”ではなく、”ユキ”に戻ってしまったのだと実感せざるをえなかった。


「う、うう……。いたいよぉ……」

 アレフィは黒い液状と化した触手の中に、かすかに呻き声をあげながら苦しむ。

 外傷は無さそうだが、息をするたびに悲痛な音が聞えてくる。

 そんな姿を見たユキは、無言のまま黒い水溜りの上で横たわるアレフィへと自ら近寄った。


「……殺せよ。どうせ僕なんてもう――」

 ユキを襲い、自身の身勝手な欲望の捌け口にしようした男は、まさに瀕死だった。

 今ならユキのままでも十分トドメをさす事が可能だろう。


「ねえ、一つだけ教えて欲しいの」

 私の大切なココを自分勝手なままにした。

 それだけじゃない、今までだってこいつの手にかかって不幸になった人はたくさん居るはず。

 ココの無念を晴らす為にも、今後の為にもこのままにする理由は無い。

 だけど……。


「どうしてこんな事をしてきたの? あなたに一体何があったの?」

 この貴族の息子は何故あんな、人の物とは思えない力を得たのか?

 ”かたき討ち”の前に聞かなければならない。


「……ああいいとも、僕の話を聞けば僕がどうしてこうなったか嫌でも解るだろうからな!」

 アレフィは、厳しい眼差しをユキに投げかけながらも、ゆっくりと口を開いた。

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