146. 消えた従者 ~ルリフィーネの失踪編①~
辺境の村で起きた大賢者騒動から数日後。
首都にある宮殿内の廊下にて、中年の高官二人がすれ違うとお互いに会釈した後、近寄り小声で話し始める。
「女王陛下はまた従者を見ているのか?」
「ああ」
あの事件以降、ルリフィーネはずっと目覚めないままだった。
その間、スノーフィリアは自身の最愛の理解者の看護を、他の使用人と共にしていたのだ。
そんな少女の献身的な行動は、本来ならば誰もが評価するべき行いのはずだった。
だが……。
「確かにあの従者は、陛下が幼少の頃から従えてきた。だがハウスキーパーとはいえ一介の使用人に過ぎない者が、そこまで寵愛を独占していい理由は無い」
「そうだな、最近は度が過ぎている」
周囲の大人は、それを是とはしなかった。
「やはり、若い女性に国の舵取りは――」
膨れた女王への不信感は、やがて一線を超えてはならない領域に到達しようとした時だった。
「国政が滞ったわけではないし、そこまで問題視する必要はないと思うけれど?」
彼らの言葉を遮って、一人の女装をした男が話に割って入る。
「マリネ殿」
それは、かつて新世界の幹部として仲間達を支え、今は官民となって国を支えているマリネだった。
立場は大きく変わったが、服装や立ち振る舞いは以前とまるで変わらなく、最初はその奇抜な見た目に大半の人達が嫌厭していた。
しかし、”彼女の”政治的手腕が認められると自然と嫌う者は居なくなっていった。
「宮廷ハウスキーパーのルリフィーネ殿は、スノーフィリア陛下と共に在られてきたお方」
「ですが、このままでは……」
「それで、何か支障が出たの?」
「支障が出てからでは遅いと言っている」
姫だった頃は、特別何も言われなかった。
だが国の長である女王となった今は、姫時代に良かった事も駄目になってしまう。
王の寵愛は貴族や官民の間でも話題の種であり、当然誰もがその重要性を理解している。
それ故に、高官達はルリフィーネへの嫉妬心以上に、幼い女王の異常な入れ込み度合いを懸念していたのであった。
「実際ありもしない問題を訴えてもしょうがないし、我々が騒げばそれこそ無用に状況を悪化させてしまうわ」
「ううむ……」
「まあ、今後も続くようならば私が直接進言するから、あまり”不和”を広げないようにね。その一言がスノーフィリア政権を崩壊させるわよ?」
マリネの言葉にぎょっとした高官らは、ばつの悪そうな顔をしたまま彼女から去って行く。
彼女はその二人に手を振って茶化しながら見送ると、女王が居る方を向いて一つため息をついた。
一方その頃、ルリフィーネの部屋では。
「ルリ……」
目を覚まさないルリフィーネを、スノーフィリアはずっと看てきた。
勿論それだけじゃない。
少女は女王の権限を最大限に使い、国内外問わず最高峰の知識と腕を持つ医者を呼びつけ、医療を施してきた。
それでもルリフィーネの目が覚める事は無く、今もベッドの上で静かに眠ったまま動かない。
思いつく限りの手を尽くしても、最愛の人の容態がいつまでたっても良くならない現状に、若き女王の顔からは生気がすっかり引いてしまっており、このままではルリフィーネと同じ様になってしまうのは、誰の目から見ても明らかだった。
それでも女王の献身的な行動のせいか、休息を取るように言う事が出来ずにいた。
「女王陛下。これ以上はお体に障ります。一度自室にてお休みくださいませ」
だが、ついに医者の一人がスノーフィリアの体調を気づかい、今まで誰も言う事が出来なかった言葉を口にする。
「でも! 私は……!」
当然スノーフィリアは、医者の言葉に耳を貸さず反論しようとした。
物心ついた時からずっと一緒に居た、直接の血の繋がりはないが家族同然の存在であり、その人が今苦しんでいる中、自分ひとりだけ休むなんて出来るわけがない。
そんな思いを、進言した医者に対してぶつけようとした。
「……はぁ。ごめんなさい。言うとおりにするね」
しかし、スノーフィリアは出そうとしていた言葉を飲み込み、変わりに大きなため息をつく。
そして片手で髪をくしゃくしゃに握りながらそう言うと、おぼつかない足取りで自室へと戻り、そしてベッドの上で体を横にすると、大した間も置かずに深い眠りへと落ちていった。
それから、時が過ぎていき。
「ん……」
ある日、スノーフィリアはふと目が覚める。
外から見える空には星の輝きがあり、月の優しい明かりが柔らかく包むのを体感すると、何気なく起き上がり自室から出て行く。
「おや、女王陛下。もうお体の具合はよろしいのですか?」
「うん、大分良くなったよ。心配かけてごめんなさい」
「いえいえ、それは良かったです」
部屋を出てすぐの廊下で、恰幅の良い使用人の一人が話しかけてきた。
彼女は、今まで深い眠りの中にあったスノーフィリアが起き上がった事を甚く喜んだ。
「おい、見つかったか? あっ……」
そんなやり取りの中、別の執事が使用人に話しかけてくる。
彼は何か探している様子だったが、今まで恰幅の良い使用人の影で見えなかった女王と目が合うと、自身の手で自身の口を塞いだ。
「何かあったの?」
彼の言動は、明らかに違和感があった。
スノーフィリアは、その正体を確かめるべく執事へ問いかける。
「いえ、何もございません。陛下はゆるりとお休みになっていてくださいませ」
執事は答えようとはしなかった。
だが、何かがあるのは明白であり、スノーフィリアの持っていた違和感が不信感に変わるのにそう時間は要さなかった。
「んー……。正直に答えなさい。何があったの?」
スノーフィリアは執事へと詰め寄った。
「む、むう。マリネ様に陛下へは口外するなといわれておりまして……」
身長の差は大人と子供で大きくあった。
しかし身分は身長以上に差が大きく、女王陛下にこれ以上の隠し事は出来ないと思った執事は、マリネの名前を挙げると、即座に一礼してその場から逃げるように去って行った。
どうにか手がかりを得たスノーフィリアは、逃げていく執事を追わず、鼻をひとつ鳴らした後に、マリネが居る執務室へと向かった。
――マリネの執務室にて。
「あら、女王陛下。ごきげんよう」
夜遅く、一人で執務をしていた中の突然の女王来訪。
それはマリネにとっても異例中に異例であるのは誰もが知っていた。
しかし、そんな突然の出来事にも、彼女はまるで動じない。
「お城の中が騒がしいの。使用人や兵士達が落ちついていない感じ。何が起こっているの?」
マリネは、座ったまま手を組んでスノーフィリアをじっと見つめた。
スノーフィリアも澄んだ瞳でマリネの方をじっと見つめた。
「……隠し通せなさそうね」
二人の静かで真剣な眼差しのやり取りが、しばらくの間繰り広げられた後。
マリネは緊張と組んだ手を解くと、ため息まじりにそうつぶやき……。
「ルリちゃんが居なくなってしまったわ」
そして城内が騒がしい理由を率直に告げる。
スノーフィリアはその言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。




