145. 日常という非日常 ~セーラの学校生活編③~
街外れの洞窟の中にて。
そこには柄の悪い屈強な男二人と、さらわれたとりてあが居た。
少女は、着ていた衣服を全て脱がされた後にぐるぐるに縛られ、口も布で覆われているせいで身動きもとれず、大声で助けを呼ぶ事も出来ない。
「いいとこの娘をさらって身代金を要求するだろ?」
「ああ」
とりてあの家は、特別身分が高いわけでも、豪商の家系というわけでもなかった。
だが両親は共に官民として国の機関に働いており、標準的な平民よりは裕福だった。
あまりにも身分が高ければ護衛がついており、また居なくなれば騒ぎになりやすい。
それ故に、それなりに金持ちな家の子女であるとりてあを狙ったのだ。
「そんで家族もろともバラして、金だけ頂戴した後に娘は売り払う」
「ほんとお前も悪党だな!」
「はっはっは!」
賊の一味は、大声で笑い勝利に酔いしれていた。
だが彼らの作戦を聞いてこれからの暗い未来を想像したとりてあは、声を上手く出せないまま静かに涙を流した。
そんないたいけな少女が普通の人としての生から踏み外そうしていた時。
洞窟の入り口から、別の少女が現れる。
「あぁ? なんだお前」
とりてあはその少女の姿を見て、自身の目を疑った。
涙でぼやけてしまった、あるいは絶望のどん底に落ちて都合のいい幻想を見ているとも思った。
「その少女を放しなさい」
「ふぐぐぐ!!」
だが現実は違っていた。
そこには、とりてあが一方的に慕ってきたセーラが立っていたのだ。
「ぶっひゃひゃひゃああ!!」
「あひゃははああ!!」
賊の一味は、突然の少女の来訪に唖然とした後に、腹を抱えて笑い出す。
「もう一人売ればさらに金が入るな」
「間違いないな」
セーラは見た目上は”ただの大人そうな女の子”にしか見えていない。
当然、セーラが殺人兵器だったなんて想像もつかない。
「もう一度言います。その少女を放しなさい」
「なんだぁ? 同じ事ばかりいいやがって、人形かテメェ!」
同じ事を抑揚の無い声で言い続けるセーラが癪に障ったのか、賊の一人は腰に下げていた斧を強く握りしめて構えた。
「……陛下。あなたとの約束を破る事をお許し下さい」
スノーフィリアとセーラの約束には、”他人を傷つけない事”というのもあった。
生体魔術兵器ジョーカードールとしての力を使えば、理由はどうあれ他の人は必ず恐れてしまい、平穏な日常生活が送れないと危惧したからだ。
だからこそ、同じ学内で過ごしてきた人らがセーラに対して酷い仕打ちをしてきても、約束を頑なに守って無言で耐え続けてきた。
「あぁ? なんだその目は!」
「やんのかッ!」
セーラは人としての生を奪われ、人形としての生を植えつけられた。
しかし、”大切な人との約束を破ってまでも他者を守りたいという”思いに、自らも戸惑いつつ……。
「やる必要はありません」
「じゃあ何だその目は!」
「もう終わりました」
そう言うと、今まで下げていた両手を上げる。
手の中には、賊の得物があった。
「お、俺の剣!?」
「おい、俺の斧もあるぞ!」
セーラはたとえ光が一筋も届かない暗闇の中でも、速く動く事が出来る。
その速度は、格闘術を極めたルリフィーネですら舌を巻くほどだ。
当然、ただの人間である賊の一味には見えないし、気づく事もない。
「てめぇ、いつの間に……!」
この時点で勝負は決していた。
これ以上抵抗は無意味であり、セーラが賊達を一方的に傷つけるだけだった。
「次踏み込んだ時、あなた達は無事ではすみません」
その事を当然理解していたセーラは、再度彼らに忠告をする。
「うるせぇ! 俺に指図するな! おい、同時にかかるぞ!」
「おう!」
だが愚かな賊達は、そんな少女の最後の言葉を無視して懐に隠していた短剣を出すと、全員が一斉にセーラへと襲い掛かった。
「ふぐぐぐぐ! ふぐぐぐぅううう!」
とりてあは、この戦いをずっと見ていた。
女王の護衛をしているとはいえ、あまりにもセーラの人間離れした身体能力に圧倒されていた。
だが、賊達の同時攻撃は流石に避けられないと思っており、とりてあは声を出してこの場から逃げるよう伝えたが、口を塞がれていたせいで上手く話せずにいた。
しかし、そんなとりてあの心配も杞憂に終わる。
ほんの一瞬、とりてあが瞬きをした時。
全ての賊はその場で倒れてしまったのだ。
戦いは、見ている者の予想以上に呆気なく終息し、セーラは縛られているとりてあをすぐさま解放する。
「ぷはぁ……」
「お怪我は、なさそうですね?」
セーラは薄暗い中でも普通の人以上に見えるお陰で、とりてあは服を脱がされた以外は特別何もされていない事に気づいた。
「……」
「どうしましたか?」
「うわあああああん! 怖かったよおお!!!!」
とりてあは明朗で快活な、”普通の”少女だ。
それ故に今までの出来事には恐怖しており、親しい人に助けられると、膨らみの乏しいセーラの胸へと抱きついて洞窟内に反響するくらいの大声で泣きじゃくった。
そしてしばらくの間泣き続けたとりてあが落ち着きを取り戻すと。
「ぐすん……、ありがと……」
「もう大丈夫ですか?」
「うん。えへへ……、こんな格好じゃ恥ずかしいね」
胸を隠し顔を赤らめながら、セーラへそう伝えた。
「待ってて」
「うん?」
その言葉を聞いたセーラは、なんと自ら着ていた服を脱いで、とりてあへ渡したのだ。
「え、いいの?」
「はい」
当然セーラは裸になってしまっている。
だが夜と洞窟の闇のお陰で、改造された時の痕がとりてあには気づかれなかったが幸いだった。
とりてあは友人を恐れる事無く、少し申し訳なさそうにセーラの服を受け取り、着替えていく。
「あったかい」
普段は冷たくて、どんなに話しかけても淡白な反応しか無かったセーラの優しさを、全身で感じたとりてあは穏やかな笑顔のままセーラの衣装を着た自分自身を抱きしめた。
「ずっと着たいと思ってたんだ。セーラちゃんの服」
「可愛いから、ですか?」
「んー、それもあるけどー」
セーラの質問に対してとりてあは、上を向いて下唇に指を当てて少し考えた後。
「好きな人と同じ格好したいじゃん?」
かけがえの無い友人に向かって、笑顔でそう答えた。
その言葉を聞いた瞬間、セーラの胸の中に言いようの無いぬくもりが広がっていくのを実感した。
「……とりてあさんを家へ送った後、私はこの二人を連行していきます」
「う、うん」
セーラはそんな不思議な気持ちを表には出さないままそう言うと、とりてあをさらおうとした犯人を縛り引きずっていく。
とりてあはそんなセーラの怪力っぷりに驚きながら、彼女の後を付いていき、無事に家まで帰る事が出来た。




