144. 日常という非日常 ~セーラの学校生活編②~
数日後の朝。
今日もまた、セーラととりてあは二人で学校へと向かう。
「少し前に、近くの村で伝説の歌姫デュオのディアとシセラが来てたんだよ。見に行きたかったなぁ」
とりてあはいつも通り、セーラへ笑顔で明るく話しかけてくる。
だが、セーラは無表情でのまま、とりてあの言葉に対して一切反応をしない。
「私はさー、魔術の授業は出来ると思うんだけど、体を動かすのが苦手なんだよね~」
どんなに話題をふっても、どんな話題でも、セーラの反応が変わることは無い。
その様は、まだ鏡に向かって話していたほうがマシなくらいだった。
「セーラちゃんはいいよなあ、学内でぶっちぎりの一番なんだもん」
セーラのそんな味気無い態度に、周りからは変人扱いされ、やがて相手にされなくなった。
しかし、それでも気にはせず、日々のカリキュラムを粛々とこなすだけだった。
「それじゃあ授業が終わったら合流しよう。またね!」
そんなセーラに対しとりてあは、ずっと付き合い続けた。
そして今日もまた、懲りずに一緒に帰宅する約束をとりつけると、一足先にぱたぱたと走りながら校舎の中へと行った。
セーラには解らなかった。
何故とりてあが、自分自身にそこまでかまうのか。
周りの言うとおり、自分と居ても何も楽しい事や嬉しい事なんてない。
なのに、彼女はいつもにこにこしている。
それは何故?
どうして女王スノーフィリアが、学生としての生活をさせようとしたのか。
別に人形のままで不満だなんて、思った事はない。
というか、人の感情がいまいち理解出来ない。
セーラはふと空を見上げる。
視界には、どこまで青くて澄んだ世界が広がっている。
どこまでも穢れのない世界をしばらくの間見つめた
それでも答えを見出す事が出来ず、視線を校舎へと戻し中へと入っていった。
夕方。
今日の授業を終えたセーラは、学校の門でとりてあを待った。
「……」
この時のセーラの思考は、とても味気ない物だった。
学校に通う直前、スノーフィリアから学生生活を営む上守るべき事を数多く言われた。
その中の”自分の事を良くしてくれる人を大切にする”と”大切な人の約束は守る”の二つの言葉を守っただけに過ぎず、友情や愛情といった代物は持ち合わせていなかった。
「……」
勿論それについても考えた。
だが、今までジョーカードールとして生きてきたセーラにとって、答えを出す事は非常に困難だった。
学校で様々な事を習ったが、それでも答えにたどり着けなかった。
「……」
そんな思いに耽っている中、ふと校舎から出て行く人が極端に少なくなった事に気づく。
日もずいぶん落ちてしまい、もう少しで夜になってしまう。
「む、どうした? まだ帰らないのか?」
「とりてあさんを待っているんです」
そう思っていた時、いつも授業をしている教師に出会う。
彼は、いつも真っ先に帰っているセーラがこんな遅くまでいる事に対して驚いている。
「とりてあ……? ああ、トリーティアか。彼女なら、先に帰ったぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
いつもならもっと早い時に来ていた。
そしてとりてあが、今まで約束を破る事も無かった。
どんな悪天候でも、セーラが用事で遅れても、とりてあはずっと待っていた。
「あの」
「どうした?」
「どんな様子でしたか?」
「トリーティアのか? うーむ、何か慌てていたような……」
この時セーラは、スノーフィリアとの約束を再び思い出す。
”自分を大切にしてくれる人には、自分もその人を大切にする”
セーラは教師の言葉を聞くと、無言で頭を下げてとりてあを探しに向かった。
「あれー? どうしたのさ」
日はほぼ沈み、周囲は闇が濃くなろうとした時だった。
街の裏路地を探していたセーラを、少女数名の集団が呼び止める。
「今日はとりてあと一緒じゃないの? お人形ちゃん」
この集団は同じ幼年学校に通っている生徒であり、入校当初に嫌がらせをしてきた面々である事と、普段から素行があまり良くなく、教師らを困らせている悪童だという事を思い出す。
「とりてあさんを探しています。心当たりはありませんか?」
「さあ?」
「失礼します」
当然、スノーフィリアが言っていた”いい人”には該当するわけもない。
セーラはとりてあに関する情報が聞けないと察すると、すぐさまその場から離れようとした。
「あたしの魔術で探ってあげてもいいけど?」
だが、少女の一人の言葉がセーラの足を止める。
「くすくす……」
「やめたげなよ……」
それに対して、他の少女は嫌味な笑みを見せる。
「お願いします」
このまま闇雲に探しても見つからない。
魔術で探知出来るなら、そっちの方が圧倒的に速い。
その事を理解していたセーラは、何の躊躇いも無く少女らの協力を仰いだ。
「じゃあ……」
セーラの返事を聞いた瞬間、少女達の微笑がより邪悪なものに変容していく。
「おい!」
「うひっ!」
「ほら、来て」
少女の一人が建物の影の方へ声をかけると、そこから今まで隠れていたと思われる一人の少年が現れる。
少年の足取りはとても重く、それは少女達に抵抗しているようにも見えた。
「いいから来い! はーやーくー!」
だが少女達は、そんな態度を一切許す事は無く、まるで男のような汚い言葉使いとイントネーションで呼びつけ、その脅しに少年は俯いたまま力なく従った。
「こいつキモイでしょ? 同じクラスの男なんだけどさ」
少女は、少年の肩を馴れ馴れしく何度か叩く。
だがそれは友人として接するのではなく、まるで奴隷を扱うかのようだった。
「ねえお人形さん。こいつ、助けて欲しいんだってさ」
「やだ……」
「本当にやらせるの? くすくす……」
「どういう事ですか?」
少女達の言っている言葉の意味が理解出来なかったセーラは、表情を一切変えないままどういう意味かを問いかけた。
「ここで、して欲しいって」
すると少女の一人が、自身のくちびるに指を二回優しく当てながらそう言う。
それがどんなに最低で下劣な行為であるかを、少女らは十分解っていた。
だが、”いつも無表情ですました人形が、誰もが嫌がる事を強要された時にどんな反応を示すか?”という身勝手で人の物とは思えない邪悪な好奇心が勝ったのだ。
「はーやーくー! とりてあの居場所知りたいんでしょー?」
まるで悪魔が、用意された贄を下品になめまわすかのような眼差しで少女らは、セーラを急かせた後にこれからの行動を見る。
”歪んだ表情で拒絶し、あわよくば泣いて許しを乞えば面白い”
そう少女らは思っており、誰もがそうなると疑っていなかった。
だが、次の瞬間。
少女らの思いはことごとく裏切られる事となる。
「お、おい……」
「えっ、マジ……」
「嘘でしょ……」
セーラは少女達の要求を、何ら迷うことなく実行したのだ。
その様を見たセーラ以外の全員は驚き、顔を引きつらせてしまった。
「お前……」
「さあ、手伝って下さい」
そして理不尽な要求を速やかに終わらせると、セーラは汚れた口はそのままで、表情を一切変えずに少女達へと詰め寄った。
「お前! あたまおかしいんじゃねーの!?」
「この事言いふらしてやるから!」
「くっさ……、近寄らないで!」
少女達は圧倒されていた。
自身すらも物のように粗末に扱うセーラに対し、恐怖と軽蔑の眼差しと罵声を浴びせながら、”要求に答えた人形”から逃げるように去って行った。
そして二人きりになってしまうと、セーラはちょうど近くにあった古井戸の水で口を濯ぎ、座ったまま放心状態の少年に一切目もくれず、再びとりてあ探しへ向かおうとする。
「あ、あのさ」
その時、少年は目線を逸らしながらセーラを呼んだ。
セーラは顔と体の向きを変えないまま、足を再び止める。
「僕でよければ……、その、人を探せるけど……」
その言葉を聞いたセーラは、すかさず振り向いて座ったままの少年を見下ろした。
少年はそんなセーラの視線を気にしながらも、近くに捨てられていたぼろぼろのカバンの中から、一つの水晶玉を取り出す。
「トリーティアさん、だよね?」
少年が手をかざすと、
水晶玉は淡く光り、すっかり夜になった周囲を柔らかく照らしていく。
「こ、これは!」
光る水晶玉の中には、屈強な男らがぐったりとしたまま動かないとりてあを担ぎ、まるで荷物のように馬車へと乗せていく様子が映された。
「こ、こここれって人攫いだよ! トリーティアさんがさらわれた!」
「馬車の行き先は?」
「ええっと……、ここから南へ行った先にある洞窟の中……」
「ありがとうございます」
とりてあの居場所が解ったセーラは、今起きている事が危ない事と悟って慌てる少年を尻目に、いつもの変わらない無機質な態度のまま少年に一言だけお礼を告げると、街を抜けて洞窟へと駆けていった。




