142. スノーフィリアの旅 ~霧篭りの大賢者編⑤~
決着はついた。
少年の不思議な力を打ち勝ったユキは、一つため息をつくと、下着姿のルリフィーネに再びメイド衣装を着せていく。
「さあ、この力の正体を教えなさい」
そんな中、サクヤが倒れている少年を無理矢理起こし、今まで猛威を振るってきた大賢者の力について半ば強引に問いただす。
「……これだよ。これを拾ったんだ」
サクヤの迫力のせいか、少年は体を震わせながら懐に隠していた一つのオーブを取り出して見せた。
手の平におさまっている程度の大きさのオーブは、自ら瑠璃色に輝いている。
「それを持ったまま僕は願ったんだ。普段から僕を馬鹿にしている奴等を見返したい、いつも僕の事を無視する女の子を振り向かせたいって。そうしたら、霧が出てきて……、よく解らないけれど今まで僕の事蔑んでた村の人らが僕を崇めるようになった」
何故ただの少年が、大賢者として周囲の人々に祭り上げられてきたのか。
村が霧に包まれたのか。
ルリフィーネだけがオーブの力の影響を受け、精霊石のアクセサリーを身に着けているユキやサクヤが無事だったのか。
全ての疑問が、この村の霧と同じように晴れていった瞬間だった。
「哀れね」
疑問の霧は晴れたが、サクヤは表情を曇らせてに冷たい視線を投げかけながら、低い声でそう一言だけつぶやく。
「苦労したわけでも、自分の力で勝ち取ったわけでもないのに思いあがって……。空しいとは思わなかったの?」
「うるさい! ずっと僕は日陰者だった! お前ら”特別な”奴等にわかるか!」
少年は全てにおいて平凡か、あるいはそれ以下だった。
故に周囲からは馬鹿にされ続け、誰からも愛されず、まだ短い人生ではあったがそれらが改善される見込みも無く。
今までずっと切迫していたのだろう。
「解らないわね。自ら努力する事を放棄し、何もかもを諦めて、斜に構えて世の中を呪うだけのあなたなんて――」
「うるさい! うるさい! どうせ僕なんか……、僕なんか……」
サクヤの言葉を遮りながら、自身の内なる思いを叫びとして放った少年は、涙を流していた。
「チェリー・ブロッサムの名において、汝に命ずる」
「……」
「!!」
そんな少年を見かねたサクヤは、”ただの少年”へそう言った後に耳元で何かを囁く。
すると少年は一瞬大きく目を見開き、体を震わせた後に意識を失ってしまった。
「ねえサクヤ。何を言ったの?」
ユキには、サクヤが耳打ちをした事は解ったが、内容までは聞き取れなかった。
突然の少年の急変に、何をしたのか不安そうな顔で問いかける。
「あの時、どうして民衆が私の味方だったのか疑問だと思わない?」
「えっ……、うん」
サクヤの言っている事を、ユキは瞬時に理解していた。
あの時と言うのは、ユキ自身が処刑台で最期を迎えようとしていた時であり、その時民衆は組織よりも、一時的に組織とつながりのあったユキや新世界を酷く憎んでいた。
いくら組織に力があったとはいえ、あれだけの民衆を短期間に扇動するのは不可能なはず。
そうユキは思っており、実現した経緯と真意は未だに解明されていなかった。
「力の言葉の号令。意思の弱い相手ならば言葉一つで操る事が出来る……」
ユキはサクヤの力を知り、思わず震えてしまった。
それが本当なら、これ程恐ろしい事は無い。
自分の思うがままに相手を操り、自由に操作する事が出来るなんて!
過去にユキがサクヤの別邸へ行き、彼女と出会った時もそうだった。
彼女の言葉を聞くと、妙な胸騒ぎがした。
結果的に、ユキはその言葉に翻弄されてしまった。
もしも、またその力が向けられたら……。
「そんな不安そうな顔をしないで、今のあなたには絶対に通じないから」
ユキの心のざわめきを感じたサクヤは、立ち上がり変身を解除して元の村娘の姿に戻りながらそう伝えた。
しかし、それでもユキの不安が完全に晴れる事はなかった。
「……それで、何て言ったの?」
「”失敗を恐れず、感謝を忘れず、強い信念と自分自身を持って行動せよ”」
「えっ……」
もっと残酷で恐ろしい事を想像していたユキにとって、サクヤの言葉はとても意外だった。
「次ぎ合う時は、本当に大賢者になっているかもしれないわね」
ユキはサクヤを見る。
この時の彼女はどこか遠い所を見ていたが、その瞳には夜の闇にも負けない輝きを宿していた。
「さてと、少年と村はもう大丈夫そうね。だけど……」
その言葉と同時に、二人はルリフィーネの方を見る。
最強のメイドは、服を着せられてなお、主人の腕の中で眠り続けている。
「とりあえず宿へ戻ろう」
「うん」
このままこの場所に居ても目を覚まさないと思い、二人は力をあわせてルリフィーネを宿まで運ぶと、サクヤはそのまま眠りにつき、ユキは最愛の従者の側でずっと彼女の手を握っていた。
翌日。
ユキはルリフィーネを心配しながらも、村人が本当に無事かを確かめるため聞き込みを始める。
「大賢者? 何をいってるのさ。こんな辺鄙な村にそんなご大層な人いないよ」
「そう……」
「何か変わった事? いや何も?」
「そうですか」
霧は綺麗に晴れており、村人の様子も何ら変わりは無い。
しかし、誰に聞いてもごく普通の少年を大賢者として称えていた事は覚えておらず、ユキらは夢でも見ていたと思ってしまう程にあっけらかんな対応をされてしまった。
「全く覚えていない。不思議ね」
「うーん、操られていた時の記憶が無いのかな」
精霊石のアクセサリーを身につけていた二人は影響が無かった。
この事から魔術とも考えたが、ユキもサクヤもそこまで詳しいわけではなく、明確な答えを得られずに居た。
「馬車を手配して、王宮へ戻ろうと思うの」
「そうね。戻って調べた方が良いかもね」
このまま居ても何ら進展の無いという結論に至った二人は、村で馬車を調達すると未だ目覚めぬルリフィーネを連れて王宮へと戻る。
こうして村は救われた。
だが、一行の謎は深まるばかりであり、彼女達全員が驚く真実を掴むに至るまでの道には、まだ深い霧が立ち込めたままだった。




