141. スノーフィリアの旅 ~霧篭りの大賢者編④~
少年の小さな胸に、ルリフィーネがおさまった時だった。
「ルリ!」
大賢者の少年の私室に、二人の少女が乱入してくる。
一人はルリフィーネの主人であるユキ、もう一人はサクヤだ。
「ねえ、ルリに何をしたの!?」
ユキは、白いドレスのようなメイド衣装を脱ぎ、あられもない姿となったルリフィーネを見て驚き、そして酷く怒った。
それは今までのユキの経験から、これからどのような結果が訪れるのかが容易に想像出来たからであり、自身が最もなってはいけない展開であると信じて疑わなかったからだった。
「何をって……」
少女の怒りは、大賢者の少年を圧倒した。
少年はユキから視線をそらし、ルリフィーネから離れてしまうと、少年のモノになろうとしていた従者は力なくその場へ倒れてしまった。
「ううん、ルリだけじゃない。あなたはこの村の人達に何をしたの?」
今考えれば、この村の全てがおかしかった。
全てを隠し、中に入ったものを閉じ込めるかのような濃い霧。
何故大した事もしていない”ただの少年”を、何の疑問も持たず大賢者と祭り上げる村人。
その環境にルリフィーネは感化されてしまい、そして今から行われようとしていた行為。
これら一連の不審な出来事の全ては、この”大賢者の少年”が原因に違いない。
そう確信するには十分であり、ユキは少年へ強い口調と態度で詰め寄った。
「……何故君達は僕を褒めない?」
「えっ?」
だが、少年の帰ってきた言葉に意外さを感じてしまう。
ユキの質問をまるで無視し、少年はユキがどうして大賢者と崇めないかを逆に問いかけてきたのだ。
「おかしいだろ! 僕は力を手に入れた。誰もが僕を認めて称えてくれる力を!」
少年は声を荒げ、大きな手振りでユキ達に質問をする。
その様は今までの落ち着いた大賢者の印象とは異なり、年相応の子供じみた振る舞いだ。
「どういう事……。あなた、いったい?」
「僕は大賢者だ! 僕はすごいんだ! 僕は誰からも愛されて、誰からも慕われるんだ! 誰も僕の邪魔をさせない! 僕は……、僕は……、僕は……っ!」
燃え盛る炎のように怒りをぶつけた少年は、今度は俯いたまま口だけ動かして何かを喋り続けている。
あまりの感情の起伏に、ユキは体を震わせ表情を曇らせたまま身を引いてしまう。
「ここは僕の世界だ。僕に優しくないお前らなんて、死んでしまえ!!」
そして少年はそう言った後に、ユキ達を強くにらみながら懐から杖を取り出し、敵意と殺意を露にしてきた。
「やるしかないわね」
「うん、いくよ」
このままたじろんでいては危ないと察したユキとサクヤは、お互いに目を合わせた後に少年の方を見据えながら意識を集中し……。
「解放する白雪女王の真髄!」
「解放する黒桜天女の真理」
二人は同時に解放の言葉を発した。
するとユキとサクヤは眩い光に包まれていき、今まで着ていた衣装や髪型が変化していき……。
「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」
「桜花絢爛! チェリー・ブロッサム装威解放!」
その変化が終わると、今まで身分を隠していた二人は、デザインの違いはあれど優美な姿へと変身を遂げた。
「君達のレベルは……、はっ、たったの三と四! なんだ、全然弱いじゃないか!」
少年は意外にも、少女らの変身に対しては一切動じなかった。
それどころか、変身したスノーフィリアとサクヤを目視した後、半笑いになりながらそう吐き捨てるように言った。
モンスターと遭遇した時もそうだった。
彼は彼なりの基準で相手の強さが解るらしい。
少年の態度や言葉からそう理解したユキであったが、今となってはどうでもよかった為、目の前の敵からルリフィーネを救出する事だけに集中し、そして……。
「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。太古の時より虚空の彼方から世界を見据えし賢人よ、我の下に姿を現し、稚拙と欺瞞に満ちた頁を正せ! 白雪水晶の語り部!」
少年を強く見据えながら、スノーフィリアは詠唱を終えて指先を自身の敵へ向ける。
すると、指先から雪のような光の粒が一つこぼれ落ち、そこからベレー帽を被った人とも獣とも形容し難い二足で立つ男方の生命体が現れた。
「別の世界に降りるのは、久しぶりだ」
謎の男は、晴れの日の草原で深呼吸をするかのように大きく腕を広げた。
「サモナー。何が望みだ?」
この世界の空気を満喫すると、服のポケットから奇妙な記号が書かれている手帳を取り出し、ペンを走らせながらスノーフィリアへどうして欲しいか尋ねる。
「彼を……」
「ん、ああそういうことか。皆まで言わなくても解る」
それに対してスノーフィリアは答えようとしたが、謎の男は女王の表情を少し窺うと、願いの正体が解ったのか話を中断させ、手帳とペンを再びポケットへしまうと大賢者の少年の方へゆらりゆらりと歩み寄っていった。
「な、なんだお前!」
召喚したスノーフィリアですら、見たことの無い生き物だ。
当然少年も同じであり、そんなひょうひょうとした相手が不気味に感じたのだろう。
少女達の変身には動じなかった少年が、後ずさりをしながら必死に振り絞った声で目の前に居る存在の名前を聞く。
「愚者に語る名は無いよ」
しかし、そんな懸命な少年とは反して、謎の男は至って平穏平然だった。
少年はそんな男の態度が気に入らなかったらしく、腹を立てながら両手を男の方へと翳す。
「うるさい! 轟雷斬空光!!」
ギギギギギ!!!
バリバリバリバリ!!!
「シット! そうではないだろう!!」
いつも通りならば、謎の男は黒こげになってしまい、少年の圧倒的な力に周囲の人々は魅了されるはずだった。
だが、怒りに任せて放った雷光は、謎の男の一喝によって跡形も無く消えてしまい、室内は静けさだけが残されてしまう。
「き、消えた。ぼ、僕の力が……!」
「擬音を多用すれば、文章は陳腐でかつ稚拙になってしまう! 良いか、雷を表現したいならこうだ!」
謎の男は声を荒げながら、持っていた手帳に以下の言葉を記した。
”暗闇に塗れた室内を閃光が走る、その強く激しい輝きは周囲の家具を照らした後に、無知なる少年の体を撃ちぬいた”
男がその言葉を書き終えると、その直後に先ほど少年が放ったものと同じ電撃が、少年めがけて飛来し……。
「うわああああああっ!?」
電撃で彼の体を打ち抜いた。
その衝撃によって少年は叫び声をあげ、その場へ跪いてしまった。
かなりの威力だったのか、少年は何度も立ち上がろうとするが、上手く立つ事が出来ずにいる。
「く、くそ……。ここは僕の世界だぞ……、なんで」
少年はふらふらになりながらも、未だかつて体験した事が無かった逆境をかみ締めながら、この現状を酷く否定した。
「そうだ。ここはお前の世界だ! 自分の世界ならば、責任を持て!」
謎の男も、ここが少年の作り出した都合の良い世界だという事が解っており、その事に関しては一切否定せず、持っていたペンを勢いよくふるって少年の方へ先を向けながら言い放った。
「……知るかよ。知るか、そんなもん!」
この世界を生み出した少年の思いが希薄で、短絡的で、そして幼稚なのを謎の男は見抜いていた。
だが、幼い少年はそれを認める事が出来なかった。
謎の男の強い口調に気おされながらも少年は、自身に都合のいい世界を守ろうと、杖を振り上げる。
「僕が気持ちよくなれればそれでいいんだ!! 僕が全てなんだーー! 暗黒滅刃撃!」
シュババババ!!
キュィィィイイイイン!!!!
「ノー! まだ解らないのか!!」
少年は思いのまま、力を振るった。
だが、それも謎の男の言葉によりかき消されてしまう。
「ま、また消えた……。何故だッ!!」
もう、少年の表情に自信と余裕は微塵も残っていない。
あるのは辛酸を舐め続け、地を這ってきた者の惨めな素顔だった。
「よいか、暗黒の力を利用した飛び道具攻撃を表現したいならこうだ!」
だが、そんな少年に構わず謎の男は声を荒げながら、持っていた手帳を再び開いて以下の言葉を記した。
”黒いうねりが、まるで駿馬のように漆黒の空間を駆けると、次の瞬間少年は絶望の深淵に立っていた”
「ぎゃああああああっ!?」
男がその言葉を書き終えると、少年が放った黒色の波動と全く同じ物が、本来の術者である少年の体を撃ち抜く。
その攻撃を受けた少年は、まるで少女のような悲鳴をあげると、その場に力なく倒れてしまった。
「ありがとう。もう大丈夫みたい」
この戦いは決着がついた。
これ以上攻撃をすれば、少年の命にかかわるかもしれない。
そう思ったスノーフィリアは、謎の男に攻撃を中止させようとした。
「まだだッ! この物語はまだ終わっていないッ!」
しかし、謎の男は少年の作り出した世界が気に入らなかったらしく、持っていたペンを再び走らせようする。
「も、もういいよ!」
召喚した生命体が命令を受けつけない事に、前例が無かったスノーフィリアは戸惑いながらも、謎の男が元の世界へ戻るよう強く思いながら腕を押さえてペンの動きを止めようとした。
その甲斐あってか、謎の男は光の粒となって消え去り、ドレス姿のスノーフィリアは村娘姿のユキへと戻った。




