137. 忘れていた愛情の行方 ~ミズカの旅②~
「でもどうして? 村は組織の手で焼かれたはず」
生まれ育った故郷が燃える様子を背景に、目の前で両親の命を奪われていく。
それはミズカの忘れられない過去で、無垢な少女を戦いの日々へと送った瞬間だ。
「お前に大事な話がある。だから来て欲しい」
「解った」
復讐のルーツが違うのならば、確かにこのまま立って話をするような内容では無い。
そう思ったミズカは、険しい面持ちのまま集落の人達の後へと付いて行った。
そして集落の長が住んでいる一際広くて立派な屋敷へ招かれたミズカは、予め用意されていた椅子へと座る。
直後に先ほど出会った女性から温かい飲み物を差し出されると、つばの広い帽子が落ちないようにしながら頭を一つ下げてお礼をした。
「それで、何でみんな無事なの?」
飲み物を一口飲んで、気持ちを落ち着かせたミズカは、いよいよ話の核心に迫る。
「組織の人達、特にサクヤと呼ばれる少女に助けて貰ったのだ」
その想像もつかなかった答えを聞いた時、ミズカは目と口を開いたまま少しの間だけ制止してしまう。
「うそ……。だって、組織が私のお父さんやお母さんを!」
今までひと時だって忘れた事は無かった。
憎き組織を打倒し、父親と母親の無念を晴らす。
それはミズカの生きる理由であり、ミズカがミズカたる所以でもある。
少女に似つかわしくない、ほろ苦く大人びた根源を真っ向から否定されてしまったミズカは立ち上がり、前のめりになりながら声を荒げて集落の長の言葉を否定した。
「ミズカはまだ小さかった時だ、解らないのも無理はない。だから今こそ話そう、全ての真実を」
それでも集落の長は、ミズカをなだめつつも淡々と話を続けていく。
「この魔術は特に戦争でも有効だった。だから多くの人らが目を付け、そして奪おうとしてきた」
かつて全世界を巻き込んだ大規模な戦争があった。
ありとあらゆる技術や科学、魔術や戦術を取り入れられた中、当然古の魔女の術に目を付けた者もいた。
その情報は古の魔女の血をひく者達の耳にも入り、彼らは門外不出の魔術を守ろうとした。
結果的にその魔術は第三者の手に渡る事も無く、今も守られ続けている。
「だから、組織に狙われたんだよね? お父さんもお母さんも、私や魔術を守ろうとして……」
やがて戦争が終わって壊すための力を必要としなくなり、古の魔女の存在が再び噂話になろうとしていた時。
組織は自らの野望成就のため、歴史の彼方へ忘れさられんとしている魔術を利用しようとしたのだ。
その結果、かつて住んでいた集落は焼かれ、ミズカの両親は無残な最期を遂げた。
過去の辛い光景を思い出したミズカの、白く小さな握りこぶしは静かに震えていた。
「確かにトリニティ・アークは我々の力を欲していた。だが彼らは力で奪おうとせず、我々を理解し友好を結ぼうとしたのだ」
「えっ……、でも」
「あと少しで良好な関係を築こうとした時、集落は襲撃を受けたのだ」
「どうせ組織が私たちの事、不要になったから斬り捨てようとしただけ……!」
「その時はまだ魔術の事は話しておらん」
「そんなの、集落無くしてみんな殺してから奪えばいいと思っただけだよ!」
「ならば敢えて聞こう。ミズカは犯人の名前や姿を見たのか?」
その長の質問を聞いた瞬間、烈火の如く憎悪を言葉に変えて攻め立てていたミズカの勢いが止まる。
「そ、それは……」
ミズカは答えられなかった。
両親が目の前で殺される時、住んでいた集落は燃えていた。
真っ赤な炎が逆光になっていたのと煙のせいで、人の姿が見えにくかったのだ。
「なんで、どうしてじゃあサクヤは自分の所属していた組織が犯人だなんて言ったの?」
そして命からがら逃げてきたミズカは、サクヤから犯人がトリニティ・アークである事を告げられた。
それら発言に伴う物的証拠は一切無かった、だが両親を亡くし失意の中に居る少女に対し、虚実を植えつけるのは容易な事だったのかもしれない。
しかし、それをする理由がミズカには解らなかった。
「それは解らない。だが、あの少女の目は並外れた何かを宿している……」
集落の長も同じ様に、サクヤの真意を見抜くことは出来なかった。
だがサクヤに対して、ただならぬ何かを感じていた事だけはミズカに伝えた。
「じゃ、じゃあ誰が私たちをこんな目に!?」
話の流れのまま、ミズカは本当の犯人を長へと強い口調で問い詰める。
「……解らない。このような辺境の地に居ては、得られる情報も限られているからな」
だが、長は少し話すのを躊躇った後にミズカから視線を逸らしながら、真犯人は知らない事を言った。
「そうだよね……」
その言葉を聞いたミズカは、視線を下に向けて表情を暗くした。
「案ずるな、真の犯人を見つける事を諦めたわけではない。それにミズカが国の魔術研究所で働いていれば、何か得られるかもしれないだろう?」
「うん。私もいろいろ調べてみるよ」
俗世から離れた集落の中では、犯人と関わる事はかなり難しい。
しかし、ミズカは魔術師の中でも選りすぐりのエリートしか入る事が出来ない研究所に勤めている。
人と関わる機会が多い立場にあり、情報を得やすいのを解っていたため、ミズカは顔を上げて強い眼差しで集落の長に対して一つだけ頷いた。
「それでは堅い話はここまでだ。今日は祝おうではないか、お前の帰還を」
長は少し唸りながら立ち上がると、近くに居た従者へ視線で合図をすると、今までの暗い雰囲気を吹き飛ばすように勢いよく宴の準備を始めていった。
――それから数日後。
「じゃあ、またね」
「ああ、また来るといい」
故郷での穏やかな生活を満喫したミズカは、食べ物や衣服が入った袋をかかえ、再び水神の国の都へ戻る。
生きていた仲間達との別れを惜しんだミズカは大きな瞳を潤ませたが、それを見せないように早々と去った。
「……長」
「なんだ?」
「本当によろしかったのですか?」
ミズカの姿が見えなくなり、集落の入り口には住人しか居なくなった時。
住人のひとりが、不安そうな表情をしながら長へと話しかける。
「これでいいのだ」
「真犯人は、魔術研究所に努めている魔術師だって事を教えなくても――」
「もういい。それ以上は言うな」
そして住人は、自分らを苦境へ追い込んだ犯人の正体を言うと、長は声を荒げて言葉を遮った。
「我々はここでひっそりと過ごせられればいいのだ。それとも、またここが戦火に晒される事を望むのか?」
「それは……」
「……ミズカが手に入れた新たな居場所を踏み躙る事は出来ん」
仮にミズカに正体を言えば、彼女は間違いなく復讐に出る。
そうなれば、折角手に入れた居場所と安寧の日々から追い出されてしまうのは、ここに居る誰もが容易に想像出来た。
「ミズカは未来だ。我々は過去だ。過去を振り返るのも大事だが、囚われれば歴史の流れが滞ってしまう」
「はい。解りました」
「すまないな」
集落の人々は世捨て人でなり、ごく小さなコミュニティで生きる事を受け入れた。
しかし、ミズカにまでそれを押し付ける理由はなかった。
だからこそ長は、新たな世界へ羽ばたこうとしている”未来”に対して、真実を言う事が出来なかったのだった。
「ミズカ……、古の魔女の血筋を受け継ぐ者よ。強く生きろ」
長は拳をぐっと強く握りながら、ふとそう漏らす。
彼の視線の先には、無限の可能性を持つミズカが通った道があった。




