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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Omnibus Part 始まりから転機へ
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136. 忘れていた愛情の行方 ~ミズカの旅①~

 水神の国、魔術研究所。

 ここでは、多くの魔術師達が新しい魔術の開発に携わっている。

 一部例外を除いて全員が黒いローブを身に纏い、国が主催している魔術師試験を合格し、かつ成績が中級判定以上の者のみに与えられてきた、水竜を模ったバッジを付けている。


 その研究所の一室にて。

「これ、実験に使うからこの物質と結合ね。こっちは攪拌して」

「はい」

 ミズカは試験器の中を窺いながら、他の魔術師に手際よく指示を与えている。


「あの、ミズカさん。この実験の結果なんですが、この現象が出なくて……」

「んー、その現象はこれを入れれば出るよ」

 他の魔術師は、ミズカが作業をしていても構わず質問をするが、それでもミズカは気にせず的確なアドバイスをしていく。


「ミズカさん、すげえな……」

「ああ、俺達の立場が無いな」

 そんな様子を見ていた魔術師達が、ミズカの様子を見てただ驚いていた。


「何でも国内の魔術師試験で高級判定らしいぞ」

「あんな若いのに……」

 ミズカは新世界解体後、魔術研究所へ自ら望んで入所した。

 その時に併せて魔術師試験を受けたのだが、誰もが予想していない結果だった。

 なんと、試験の正答率九十パーセント以上である高級判定を出したのだ。


「まあ、古の魔女の血族らしいし当然だろ?」

「それもそうだが、よくやるな」

 そんな少女に対して、嫉妬する者も当然いた。

 だが、良い試験結果で驕ろうともせず、ただひたすらに魔術へ打ち込む誠実さと熱心さがあったため、彼女を評価する者の方が多かった。



 その日の夜。

 研究所は本日の仕事を終える。

 ある者は浴場へと向かい、またある者は酒場へと向かっていく。


「ふー、今日のお仕事終わりかな」

 実験がひと段落ついたミズカも、大きく背を伸ばすと片付けを始めていった。


「どうしたのくろ?」

「……」

 そんな時、室内に入ってきたくろから無言で一通の手紙を渡される。

 くろもまた、ミズカと同様に魔術研究所への入所を果たし、試験結果も当然高級判定だった。

 だが、元々雷帝として名高い魔術師であったため、彼には純粋な敬意しか向けられなかった。


「手紙? なんだろ」

 ミズカは疑問に思いながらも、手紙を広げて中身を読んでいく。


 ”ミズカへ、お元気でしょうか。

 地図を同封しますので、空いた時にでも行ってみてください。

 あなたが必要としているものが、そこにあるはずです。

                         サクヤ”


「!! サクヤからの手紙!」

 手紙の差出人の正体が解った時、ミズカは酷く顔をしかめて手紙を机の上へ投げ捨ててしまう。


「いらないわよこんなの!」

 対してくろは、手紙を拾うと再び渡そうとしたが、ミズカは甲高い声で受け取りを拒絶した。


「……」

「むー、いらないってば!」

 それでもくろは、ミズカへ手紙を渡そうとしたまま何も言わない。


「……」

「どうせ組織の罠とかでしょ? 行っても無駄無駄」

 仮にこの手紙を信じて、地図の指し示す場所へ向かう。

 でもそこには組織の人らが待ち構えていて、新世界に苦杯を飲まされてきた組織の”うさばらしのため”私を一網打尽にする。

 ミズカはそう思い、くろから視線を逸らして手紙の受け取りを拒み続けた。


「……行け」

 普段滅多と喋らないくろが、低い声でそう一言だけ告げると、ミズカはぎょっとしてしまうと同時に手紙をしぶしぶ受け取り。


「もー、解ったよ。研究忙しいのに」

 サクヤの手紙の言うとおりにする事を告げる。

 その様子を見たくろは、無言のまま何の反応もせず部屋から出て行った。


「はぁ……、なんなのもう……」

 ミズカは大きくため息をつき、髪がくしゃくしゃになるくらい掻き毟った。



 それから数日後。

 ちょうどユキ達がブルンテウン地区へ赴いていた時。

 ミズカは数日程休みを貰うと、サクヤの手紙に同封されていた地図の場所へ向かっていた。


「だいたい、こんな山奥に何があるっていうの……。誰もいないし、近くの村からも大分離れちゃったし」

 地図が示す場所。

 そこは水神の国の国境ぎりぎりに位置する辺境の地だった。

 周囲を山々が囲み、木々が鬱蒼とした場所はとても人が開拓し土着するには向かない。


「そろそろ地図の場所だと思うけども……」

 ミズカは山道を四苦八苦しながらも歩いていき、日が傾き始めた頃にようやく指定された場所へたどり着こうとする時だった。


「かすかなエーテルの乱れ……。これって、結界かな……」

 今まで疲れていた表情をしながら嫌々歩いていたミズカは、急に足を止めて緩んだ表情を引き締めると、何も無い所から杖を取り出して意識を集中させる。


「……やっぱ罠っぽいよね」

 魔術の気配を感じたミズカは、いつでも攻撃が出来るよう警戒しながらゆっくりと歩いていく。


「集落……? こんな場所に?」

 そして少し歩くと、地図に印が書かれている場所へ到着する。

 眼下には民家があり、そこから明かりが漏れて煙突から煙が出ている。


「地図の場所はここだよね。組織の罠……なのかな」

 ミズカは警戒しながら、その集落へと歩いていく。


 程なく歩いた時、ミズカは集落に到着する。

 この時は既に夜が訪れており、辺りは暗くなっていた。


「まさかこんなところに集落があるなんてね」

 建物は全て黒く塗られており、窓からの明かり以外は風景より暗く見えてしまう。

 それはまるで、影絵の世界のようだった。


「それにしても、なんだろうこの感覚」

 そんな風景を見たミズカ、どこか懐かしさを感じてしまっていた。


「誰?」

「あっ! 私は水神の国で魔術師をしているミズカという者で……! って何かしこまってるんだろ」

 感傷に浸っている最中、集落に住む人と思わしき女性と遭遇する。

 女性は魔術師なのか、全身黒ずくめの衣装であり、この影絵の集落にすっかり溶けこんでいる。

 ミズカは一人の世界に入りかけていた中で突然声をかけられてしまったせいか、少し慌てながら自己紹介をしたが、それが妙に恥ずかしくなってしまい顔が赤くなってしまう。


「国の人ですか……」

「そうだよ」

「本当ですか? 家出してきた女の子にしか」

「悪かったわね!」

 相手は”魔術師と名乗った”ミズカの事を、ただの家出娘としか思っていないようだ。


「これでどう?」

 ミズカは集落の人に対して、自らの立場を証明するべく、近くにあった何ら変哲の無い岩めがけて杖をふるい、そこから光線をだす。

 光線が岩に当たると、岩は原型を留めず粉々に砕けてしまう。

 一見無意味と思われる行為だが、この魔術は自身にしか使う事の出来ないからこそ、正式な魔術師の証明になると思ったからだ。 


「その魔術は! どうしてあなたがそれを……!」

 しかし、ミズカの思惑を超えた反応が返ってきてしまう。

 村人は胸に手を当てながら数歩後ろへ下がり、ミズカから離れようとする。

 黒い衣装を着こんでも、彼女の驚きと動揺は一目瞭然だった。


「長に話さなきゃ……」

「ちょっと待って! 待ってってば!」

 出会った村人はいそいそと集落の奥へと戻っていく。

 ミズカは声をかけつつも追いかけようとしたが、村人はあっという間に周囲の暗さと同化してしまい、見失ってしまった。


「言っちゃったし、明らかに警戒されてたっぽいし。でも、私を見て襲ってこなかったって事は、組織の人間ではなさそうだけど……」

 どうやらサクヤの罠というわけでは無い。

 だが、自身の魔術によって驚かせてしまった。

 このままこの場所へ居ても、騒ぎになってしまうだけ。


「なんかめんどくさそうだし、もう帰ろ。はぁ~、休みが勿体無い……」

 ミズカはそう思いながら愚痴をこぼすと、何故この場所へ誘われたのかすら考えずに、この場所から離れようとする、その時だった。


「おい、そこの娘」

 ミズカが集落の出口へ体を向けた直後、後ろから男の人の声が聞こえてくる。

 その声に反応し、嫌々振り向く。


「うわぁっ、いっぱいいるし! しかも来るの早いよ!」

 そこには、先ほどの人と同じ格好をした人達が十人以上居た。

 背丈や体格は違えど、全員が同じ格好。

 その様子は今まで魔術を扱ってきたミズカですら、顔をしかめてしまう程だった。


「何?」

「何故その魔術が使える?」

「何故って、昔お父さんとお母さんから教わっただけだよ」

 ミズカが使える物質を分解する魔術は、自身が幼少期だった頃に両親から教わった。

 最初は小さな石ころ程度しか消す事が出来なかった。

 しかし両親を目の前で殺害され、組織打倒のために新世界へ身を寄せてからは独自に練習し、その結果今では金属鎧を着た騎士ですら容易に消滅させられるまでなったのだ。


「この魔術が知りたいの? でも残念だよ、私は絶対に教えないしどんな事されても言わないよ」

 ミズカは、この人達がこの物質分解魔術を狙ってくるものだと思い、杖を握り締めていつでも魔術が撃てるように身構える。


「もしかしてお前、ミズカか?」

 だが彼ら彼女らに戦う意思は無いらしく、手を二度横に振って争う意思が無い事を伝えながら、ミズカの名前を確認した。


「全然聞いてない。……そうだよ、水神の国の魔術師ミズカだよ」

 最初の人に出会った時に、ミズカは名前を名乗った事を思い出しながらも、もう一度自身の身分と名前を告げる。


 すると、今まで話していた黒い衣装の人物はミズカへと近寄り、ぎゅっと強く抱きしめた。

「な、なに……」

 まさか抱きついてくるとは思っていなかったミズカは、完全に不意を突かれてしまい、抵抗する間も無く黒い衣装の人物の抱擁を受ける事になってしまう。


 意外な行為、奇想天外な出来事の数々。

 本来ならばこの場から逃げ出してしまってもおかしくはない。

 だが、ミズカはそれらの言動を受ける度に、みるみる脳内を覚醒していく。


「よく帰って来てくれた。まさか生きているとは思っていなかった」

「……ねえ、まさかここって」

 そしてその言葉を聞いた時、ミズカの中でぶつ切りになっていた今までの出来事が、全て紐付いた。


「ああそうだ。古の魔女の村、お前の故郷だ」

 ミズカは黒い衣装の人物を強く抱きしめ返すと、体を震わせて泣いていた。

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