132. スノーフィリアの旅 ~傲慢編③~
慌ててユキ達は、バルディヤ卿の邸宅へと向かう。
そして、現地に到着し彼女らを待ち構えていたのは……。
「これは……」
バルディヤ卿の、物言わぬ姿だった。
その姿を見たユキは、慌てて駆けつけた使用人の青年の言葉が本当だった事に気づく。
「ねえ、誰がやったの?」
全身に切り傷や、打ち身の痕がたくさん残っている。
とても素手だけで、行われたとは考えられない。
そうユキは思いながら、胸に手を当てて近くに居た住民へ話しかけた。
「小汚い格好をした男らが邸宅へ入るのを見た者が……。恐らくは野盗か何かかと……」
犯人を目撃した住民の一人がそう言うと、他の者も今回の事件は”卿の不運なめぐり合わせ”と思った。
「これでは、もう孤児院は……」
「ああ……、志半ばで倒れるとはさぞ無念だったろう……」
「誰がこんな事を……」
住民らは心を痛めていた。
惜しい人を亡くしたという重い現実を憂いでいた。
「ユキ」
「うん? どうしたのサクヤ」
「あなたなら解っているよね?」
そんな中、サクヤは冷静な表情のままユキへと問いかける。
「やったの、あの人らだよね。直接じゃないけれど、誰かに頼んでやって貰った」
反対派の人らも一見悲しんでいるように見えるが、ユキには彼ら彼女らの気持ちがまるで伝わってこなかったのだ。
「反対派! あの話し合いでバルディヤ卿の話に終始否定的だった! あいつら……!」
「待って!」
サクヤとユキのやり取りを横で聞いていた使用人の青年は、目を血走らせながらそう言いつつ反対派の住民らに詰め寄ろうとする。
確固たる証拠もないまま住民に詰め寄れば、主人を失った青年が不利になるのは当然であり、万が一にでもここで暴力沙汰が起きてはまずい事を解っていたユキは、当然彼を止めようと声をかけた。
「おやめください」
だが彼は一切話を聞かなかったので、今まで静観していたルリフィーネが腕づくで彼の動きを抑えた。
「どうしてだ! あの方はとても良い方だった! それなのに……、くそっ!」
生前、余程良くされてきたのだろう。
握った拳と肩を震わせ、歯を食いしばっている。
「このまま放っておいてもかわいそうだよ。まずは卿をちゃんと眠らせてあげないと」
犯人探しも大事だ。
しかし今やるべき事は、卿を弔う事と思ったユキは使用人の青年を説得して、彼もどうにか怒りを静める事に成功する。
彼はその場で泣き崩れ、しばらくの間伏せたまま動かなかった。
こうして、バルディヤ卿の葬儀が行われた。
急だったとはいえ、卿の最後には国外や遠方の知人らが数多く来たことから、まだ出会って日の浅いユキにですら信望が厚い存在だったという事が解った。
――数日後、ユキらが滞在している宿にて。
三人は今回の出来事について振り返る。
「実行したのは金で雇われた野盗。依頼したのは反対派の住民でいいよね?」
「私もそう思います」
全員が首謀者を確認しあう中、サクヤは何の反応も返さず視線を落として考え込んでいる。
「ん? ああごめんなさい。少し考え事してたの」
「何を考えていたの?」
「ちょっとね……」
そう言うとサクヤは再び考え込んでしまう。
彼女が何を考えていたのか、これから何を思うのかは聞けずじまいだった。
「でもこのままじゃ反対派の住民を捕まえる事は出来ない。証拠が無いから……」
「女王の権限……、使われますか?」
「それは駄目だよ。私の正体がばれれば混乱しちゃうし、独断と憶測で裁くなんて出来ない」
「そうですね。失礼しました」
ユキが女王として振舞えば、疑わしい者を裁く事は容易だ。
しかし、民と共に政治を作る体制になろうとしているのに、今ここでただ一人の権力者の手で生殺与奪を思いのままにしては、いざと言う時に信用を得られない。
その事をユキは解っていたため、そうルリフィーネへ説明し、専属使用人も女王が誤った采配をしない事を喜びつつ頭を深々と下げて謝った。
「だから、せめてバルディヤ卿の意思だけでも継ごうと思う。それでいいかな」
「はい」
「ええ」
そして、今自分が出来る最善の手を二人に伝える。
その言葉を聞いたサクヤは軽く頷き、ルリフィーネは笑顔で主君の決断に同意した。
――翌日。
「我々は今回の件を、女王陛下にお伝えし采配を仰ぎます」
ユキ達は再びブルンテウン地区の住民を全員バルディヤ卿の邸宅へ呼び出し、今回起こった出来事とバルディヤ卿の意思を女王へ届けることを伝えた。
「我々の意思はどうなる!」
「無視をするな!」
「孤児院なんて物が出来たらおぞましいザマス!」
「こうなったら自警団を作るしかないのか……」
当然、反対派の意見も強く出た。
しかしユキは、彼らの言葉に対して何も返答をせず、卿の邸宅を出て行った。
――宮殿へと帰る道中にて。
「そういえばサクヤ。ずっと考えていたけれど、何か気になる事でもあったの?」
ユキは、サクヤが殺害された後に何を考えているかが解らず、その事について問いかける。
「福祉行為は、社会的地位を向上させるとして歓迎されるはず。それなのに、どうしてあそこまで孤児院設立を拒んだのかなと思ったのよ」
「うーん、どうしてだろう……」
孤児院が出来たところで治安の悪化につながるとは思えない。
反対派の主張してきたような事は起きない。
全ては彼らの勝手な思い込みだと、ユキ自身も思ってきた。
「何かもっと、他の別の要因があるのかもしれないわね」
「例えば……?」
「あくまで推測だけど、孤児院設立を良しとしない第三者が居る」
「その第三者が、住民を扇動をしているの?」
「そうね」
他の要因。
反対派以外に孤児院設立を拒む他の派閥……。
仮にそんなのがあるとするならば、どうしてそんな事をするのか?
民衆を煽って、その派閥に何の利益があるのか?
そうユキが考えていた時、茂みから男達がゆっくりとこちらへと近寄り、逃げられないよう取り囲んでしまう。
「あなた達は何者ですか!」
「へっへっへ……」
「女三人だけで旅とは危ないねえ」
「全員美人じゃねえか……」
伸びきった髪や髭、よれて数日間は洗っていない服、使い古された武器。
どうみても彼らは野盗だった。
「このお方を誰と心得ている! この方は――」
「駄目だよルリ」
「ですが!」
大国を統べる女王の前に立つには、あまりにも礼儀知らずであると察したルリフィーネは、主人の前へ立ちはだかりユキの正体を言おうとしたが、寸前のところで遮られてしまう。
「ねえ、あなた達がバルディヤ卿を殺したんだよね? 誰に頼まれたの? 答えて!」
この時ユキは、バルディヤ卿を襲ったのは野盗であるという目撃情報を思い出し、彼らへ強い口調で問いかけた。
「答えて! だって、可愛いねえ」
「へっへ……、三人とも生け捕りにしろ。解るな?」
「俺はあの黒髪を貰うぜ」
野盗から見れば人数的に圧倒しており、ましてやこれから襲おうとする相手は力の弱い女しか居ない。
容易で実入りのいい仕事であると、彼らは確信していた。
そんな思いが出たのか、ユキの質問に対してまともな回答をせず、半ば馬鹿にした振る舞いをする。
「……ルリ、お願い」
「かしこまりました」
平和的な方法で解決が不可能と察したユキは、少し悲しげな表情をしながら野盗達への視線を外し、冷たく自身の従者へ命令を下すと、ルリフィーネは一つ返事をして単騎で野盗の群れへ、臆する事無く歩いて行った。




