128. 女王の采配
穏やかな日々、ユキ達が勝ち取った日々。
非日常的な現実に投じていた人達に、ごく平凡な日々が始まった時。
組織の長として暗躍し、あらゆる手でスノーフィリアや新世界の人らを陥れていたサクヤは、捕らわれの身であった。
しかし王族に手を出し、それ以外の多くの者を犠牲にしてきた大罪人に対する処遇としては、間違いなく異例である事は誰もが知っていた。
何故スノーフィリアは周囲の意見を無視し、自らの感情を抑えてまでサクヤを生かしているのか?
潔くサクヤを処断しない理由は何故か?
不満、疑惑、懸念。
様々な人々の、様々な思いが錯綜する中、女王は今まさに真意を確かめ、そして迫ろうとしていた。
ここは城内にある牢獄。
因縁浅からぬ二人は、鉄格子を間にはさんで再び出会う。
「ユキ。……今はスノーフィリア女王陛下と呼べばよろしいでしょうか」
サクヤは外には出れなかったが、名門貴族として最大限の礼節をもって遇されていた。
また拷問やそれに類する行為は硬く禁じており、万が一にも破れば極刑に処するという女王からのお触れもあってか、サクヤは怪我一つ無かった。
「ユキでいいよ」
「そうですか。ではお言葉に甘えてそう呼ばさせていただきます」
それでも閉鎖された空間で過ごしてきたせいか。
あるいは別の理由があるのか。
サクヤはいつもと変わらない態度だったが、顔色は心なしかあまり良くはなかった。
「ねえサクヤ。いくつか教えて欲しいの」
「いいですよ。お話をしましょう」
「うん、座るね」
ユキは見張りの兵士が用意した椅子に座り……。
「それじゃあまず一つ目、どうして私を殺さなかったの?」
そして今まで自身が気になってきた事を問いかける。
「あなたがその気になれば、婚約の儀で私を殺す事だって出来たはず」
もしもサクヤがユキの命が狙いだったなら……。
あの婚約の儀で国王や王妃を狙わず、ユキを直接狙えば良かった。
仮にそこで逃した場合でも使用人や修道女をしていた頃は、変身する力を自在に操る事は出来なかったから、審問官のような刺客ともっと早く対峙していればルリフィーネが助ける事も出来ないままやられていた。
「婚約の儀だけじゃない、使用人をしていた時、修道女をしていた時、それ以外だってあなたの力があればどうにでも出来たはず。なのにどうして?」
それ以外の時だって、隙はいくらでもあったしその気になればいつでも命を奪えたはずなのに。
どうして、それをしなかったのか?
「コンフィ公爵の館に匿われている事を知ったのは、アレフィが暴走した時より少し前だったからですよ」
「じゃあ修道女の時は?」
「その時も、あなたの居場所を突き止められなかった。審問官がやられた報を知って、ようやく気づいたくらいですから。だから手が出せなかったですが、それ以前に……」
「それ以前に?」
「私達の本当の目的は、あなたの命を奪う事では無いからですよ」
サクヤは、何ら淀みなくそう答える。
しかし彼女の答えを聞いたユキは、さらなる疑問という雲によって脳内が覆われてしまう。
「それなら、審問官が私の命を狙っていたのはどうして?」
審問官が正教とは別に、ユキの命を狙っていたのは明白だった。
審問官と組織が繋がっているのは最早聞くまでも無かったが、ユキの命を奪う事を是としないならば、何故あの場所であのような行動に出たのかが解らず、つじつまがあわない事に気づく。
「……あなたには目覚めて欲しかった」
「どういう事?」
「あなたに不思議な力がある事は、解っていました」
「敢えて窮地においやれば、私が変身する力を自由に扱えると思ったの?」
「はい」
命を狙うと公言した組織が、何故反対の事を言ったのかについて理由を聞いたユキは、釈然としないままとりあえずは彼女の主張を飲み込み、息を大きく一つ吐いた後に次の質問をする。
「次、どうしてココは二人居るの?」
ジョーカードールとして生まれ変わり、辛辣な言葉でユキを精神的に追い込んだ。
ユキは深く傷つくと同時に、もう二度と昔のココは戻らないと絶望した。
そんなユキの友人が、何故二人居るのか?
しかも、もう一人は兵器として改造されず、生身のまま幽閉されていた。
その事がずっと引っかかっていたのだ。
「生体兵器は、媒体となる人が必要って聞いたけれど……」
「ちょうど似たような体型の少女を手に入れたので、後は整形し新たな記憶を植えつけたのです」
「ココがアレフィに酷い事されたのは覚えていないのは、ココの記憶も変えたの?」
「はい」
「……ねえ。それも私を追い込んで、力を引き出させるためなの?」
「はい」
「ココの嫌な記憶を消してくれた事には感謝するよ。でも、ジョーカードールになったその子に対する責任はどう考えているの!?」
サクヤは理路整然とユキへ打ち明けていく。
その様を見たユキは、彼女のあまりの罪悪感の無さに苦痛で顔を歪めてしまう。
「……じゃあ、私にあんな事したのもそのため?」
次にユキは、胸の苦しみを我慢しながら自分にした仕打ちについて聞いた。
「はい。全ては予定通り……。いいえ、それ以上ですね」
「あなたって人は……!」
ユキが気になっていた事が明らかになっていく。
胸に手を当てながらサクヤの言葉をどうにか受け止めようとしたが、耐え切れなかったユキは涙を流して蔑んだ眼差しを投げかけた。
「私には、どうしてもユキの力が必要だった! あなたが力をつけるならば、私は……!」
「どうして、そこまで……」
サクヤがここまでしたのは、相応の理由があるに違いない。
仮に何の理由も無く、一切意味を持たないままこんな酷い事を出来るなんて思えない。
もしも、今までの行いはただの気まぐれならば……。
サクヤは人間ではないし、国にとって害悪しかもたらさない事が明らかになる。
だからその時は、女王として彼女に極刑を宣告しなければならない。
そんな思いを胸に、ユキはサクヤへ問いかけた。
「それを知れば、……あなたの運命は決まってしまう」
「どういうこと?」
「知りたいですか? 知れば今まで以上に過酷な運命が待っているのですよ?」
その言葉と同時にサクヤの今まで無味乾燥だった表情が、とたんに強張りだす。
そんな彼女の態度の豹変に、ユキはぎょっとしてしまう。
ユキ自身、恐怖はあった。だが……。
「私は……、知りたい」
それ以上に聞かなければならないという、言葉では表現し難い何かを感じながら、サクヤへさらなる真相を尋ねた。
「そこまで言うなら教えましょう」
サクヤの表情が厳しく、そして一層真剣になっていく。
重々しい空気の中、彼女から聞かされた言葉はユキにとって衝撃的であり、一切予想していないものだった。
立場の異なる二人の姫だった少女達の会話は半日続き、そして彼女から話を聞き終えた時、ユキはある一つの決断をする事となる……。




