126. おかえりなさい
しかし、スノーフィリアはサクヤに手を出さなかった。
「ごめんなさい、ここでは終わらせない」
一言謝ると同時に天使の力は消えてなくなり、処刑前の生まれたままの姿へ戻ってしまうと、今までこの状況を見守ってきたルリフィーネはよろめきながらもすかさず主の下へ寄り、近くにあった布をかぶせて裸体を隠した。
「えっ、うそ……」
ミズカはユキがとった行動に、酷く衝撃を受けていた。
「ルリ、みんな、行こう」
「はい」
「おい、どういう事だ!」
「何で殺さないんだ!」
「この役立たずの意気地なしめ!」
だが先に不満を爆発させたのは、ミズカではなく民衆の方だった。
人々はユキがとった行為を酷く批判し、処刑される時と同じくらいに口汚く罵った。
「ユキ、どうして……」
「ごめんなさい。今は引いて」
「とりあえずここはユキちゃんに従いましょう。何やら理由もあるみたいだし」
「でも!」
「ユキちゃんはこの絶望的だった状況を逆転させた恩人よ?」
「だけど!」
「……それに天使の力を持ったユキちゃんに勝てるの?」
「それは……」
ミズカは納得がいかなかった。
誰の目からみてもサクヤは悪だという事が解っており、生かしておいて何ら益が無いのも事実だった。
そんな相手に対して何もしないユキの行動が理解出来ず、一方的になだめられたミズカは、体を震わせ悔しそうにしながら涙を流しつつこの場を去ろうとする。
「ふっ、ふふふ……」
そんな彼女らの言葉に対して、サクヤは何も言わなかった。
去り行くユキらの背を、笑いながら見送ろうとしていた。
その時だった。
「あなたは何も変わっていませんね」
サクヤは、何も無いところから銃を呼び出し引き金に指をかける!
「ユキ!」
「ユキ様!」
ルリフィーネは急いで立ち上がり、ユキの下へと駆け寄ろうとする。
今までの様子を、ただ傍観していたサラマンドラですら、組んでいた腕を解き体を前のめりにする。
そしてサクヤは何ら躊躇いも無く、引き金を引く。
そして銃声がすると、民衆の声をかきけし、処刑場は静まりかえってしまう。
この瞬間、誰もがユキはサクヤの不意の一撃を受け、全てが終わると思っていた。
……。
……。
……。
だが銃弾はユキには当たらなかった。
外れた銃弾は壊された処刑台の残骸へ当たり、甲高い音を鳴らす。
「行こう。みんな」
それらの行為を、ユキは一切動じる事無く見守っていた。
周りの人々は銃撃をしたサクヤと同じくらい、ユキの落ち着いた行動を驚いていた。
「俺達が意気地なしの代わりに!」
「そうだそうだ!」
「俺達の手で処刑するんだ!」
しかし、民衆は納得していなかった。
静かだった処刑場は、再びサクヤの処断を願う声でざわめく。
万策尽き、民衆の敵となったサクヤは満足そうな笑みを見せながら俯き、銃口を自らのこめかみへと当てて引き金を引こうとした。
当然、その行為を止めようとする者は居ない……はずだったが。
「そんな事しないで。私に付いてきて」
なんと、ユキは自ら命の幕を引こうとするサクヤの手を止めさせたのだ。
ユキがどれだけ酷い目にあってきたかは新世界の人ら全員が知っていた。
民衆も、断片的に解っていた。
この場で即刻処刑されなかっただけでも奇跡に近いというのに、これ以上何をするのか?
そんな思いが充満し、当事者以外の全員が困惑してしまう。
「今はまだ処罰しない。サクヤにはいろいろ聞きたい事があるから……」
それでも、ユキには何やら思うところがあるのを察していた一行は、各々不満はあれど、ユキの意見を尊重して誰一人反対を出さなかった。
そしてユキは処刑場から去る前に、不満が募る民衆達の方を向くと。
「今回の事は必ず責任を取ります。だから、今は私のわがままを聞いてください」
そう大声で言い、頭を大きく下げた。
それに対し、民衆は誰一人と反対する意見を言わなかった。
十歳前半の少女が、自らを犠牲にする覚悟でぼろぼろになりながらも、この場にいる人達すべての命を救った。
組織に追われ不幸な人生を歩まされた、悲劇の姫君の願いを、誰も無碍には出来なかった。
「ありがとう」
こうして民衆の不満を抑えたユキは、新世界一行と打ち破ったサクヤと共に入城を果たした。
長かったサクヤとの因縁に、ようやく決着がついた瞬間だった。
ユキは自室へ戻ると、拷問によってつけられた無数の傷が何故か回復し元通りになっていた事と、髪色が水色に戻らず銀色のままである事に疑問を感じながらも、女王として相応しい服装へ着替えなおしていく。
その間、他の仲間の手によって別の牢獄で捕らわれていたホタルとセーラ、新世界の仲間達を解放すると、一同は賓客を迎える為の部屋へ集い、今までの出来事を話し合った。
そして部屋へ着替えなおしたユキが来ると、全員が感嘆した。
「やっぱユキはそういう格好が一番似合うな!」
「ホタルちゃん、もうスノーフィリア女王陛下よ」
「いんや、ユキはユキだ。私の可愛い妹だ」
「ありがとうね。ホタルお姉さまも、ずっと私のお姉さまだよ」
「へへ……」
女王となったユキを、ホタルは特別扱いしなかった。
そんな何気ない言動が、ありのままの自身を受け入れてくれたと思ったユキは、胸のうちを温かくしながらお礼を言うと、ホタルは頭をかいて照れてしまった。
「……サクヤの処遇、聞いたよ。本当にいいのか? ユキの人生を滅茶苦茶にした張本人だぞ?」
しかし、ユキのサクヤへ対する処遇は納得がいかないらしく、その事をユキへ確認する。
「私はいいの。それよりも、サクヤには聞かなきゃいけない事があるから」
「まあ、ユキがいいって言うなら止めないけどさ……」
ユキは”大切なお姉さま”にそう言われても、自身の考えを変えることは無かった。
それに対してホタルは、ユキが何か思うところがあると察してそれ以上は強く言わなかった。
「マリネ、私達の目的、達成したね」
「そうね」
「でも、これからが大変よ。ユキちゃ……スノーフィリア女王陛下を押し上げて、組織と関わりのある高官を追い出すのはいいけれど、彼らが居なくなっても政治の運用は滞っちゃ駄目だからね」
「うん」
全員は改めて高級なドレスを身に纏ったスノーフィリアを見ると、深く息をはいた後に新世界の作戦が成功した事をかみ締めながらそう言った。
「陛下。これからもずっとついていきます」
ルリフィーネは、頭を下げて主君への忠誠を誓う。
「私はずっとユキと一緒」
セーラは表情を変えずユキを見据えながら、同じく主君へずっと付き従う事を告げる。
「二人ともありがとう。これからもよろしくね」
この二人は、私の立場が変わってもずっと側に居てくれた。
仮に世界の全てが敵に回ったとしても、ルリとセーラちゃんだけは味方で居てくれる。
そうスノーフィリアは思い、胸の中を温かくさせながら感謝の意を伝えた。
「ホタルお姉さまも一緒――」
「あー、それなんだけどさ」
そしてスノーフィリアが”ホタルお姉さま”も一緒に居てくれる事を確認しようとした時、不意に言葉を遮られてしまう。
「私、やっぱ修道院に戻る事にするわ。国の高官なんて務まらないしさ」
「お姉さま……」
「今までありがとうな、ユキ」
前にホタルと別れる時に言ってくれた言葉を、今回は聞けなかった。
この時スノーフィリアは、今まで他の二人と同様に理解しついて来てくれた仲間の別れを確信した。
「お姉さま!」
「よしよし、ユキは甘えん坊だねえ」
スノーフィリアは、呼び止めようとも考えた。
女王の権限を使って、ずっと側で仕えるように命令する事も、一瞬だが頭によぎった。
だが、今までホタルは自身の意思を尊重してきてくれたのに、ここでそんな仲間の意思を無視するのは間違っていると思うと、スノーフィリアは何も言わずホタルへ抱きついた。
「時間が出来たら修道院へおいで、いつでも待ってるからさ」
「うん……、うん……」
ホタルは抱きつく妹を優しい眼差しで見つめながら頭を撫でようとしたが、その手は少し迷いながら最終的には背中におかれた。
「新世界のメンバーは残留するわよ」
「まー、他に居場所ないからねー」
「ありがとう……」
マリネやミズカ、ロカやくろ、他新世界の人々もスノーフィリアと共に行く事を決める。
元々行くあての無い人らであり、新たな女王と共に国を運用していく事が必然だったが、それでも彼ら彼女らの気持ちが素直に嬉しかったスノーフィリアは、ホタルから離れると目を潤ませながらお礼を言った。
こうして、スノーフィリアの長かった旅は一つの区切りを迎える。
優しいお姫様は厳しい物語を経て、かけがえの無い絆と力、そして心を得たのであった。




