123. 未完成
それは突然だった。
ぼろぼろで、今にも死にそうな姫が従者の言葉によって生まれ変わったのだ。
そして、その姫は今までとはまるで違っていた。
光り輝く衣装、明るく艶やかな長い髪、背中に生えた純白の翼。
それはスノーフィリア姫とも、ユキとも、ネーヴェとも異なる存在。
「ルリ、ありがとうね」
銀色の光に包まれた天使スノーフィリアは、瞳に神秘的な光を宿し、光と同じ色の口紅が薄く塗られたくちびるを動かす。
「スノーフィリア様……」
新世界の人らや民衆やサラマンドラすらも唖然としている中、ルリフィーネだけはこうなる事を予想していたのか、酷く悲しい表情をしていた。
「なるほど……、ふふ、そういう事でしたか。全く、あなたには本当に驚かされますよ」
そんなルリフィーネとは逆に、サクヤは天使との遭遇を酷く喜んでいた。
静まり返った処刑場は、サクヤの手を叩く音だけが響いた。
普段は物静かで、感情をそこまで表に出さない彼女の意外な行動に、ミズカとマリネは思わずサクヤの方を見てしまう。
「ならば乗り越えてごらんなさい。この状況を! そして私を!」
そして、サクヤは無数の重火器を一斉に呼び出す!
その様は、天使を迎え入れるための祝砲とは思えない程、狂気と殺意に満ちていた。
「舞い降りよ。主に仕えし剣の達人。煌雪水晶の剣聖!」
サクヤのむき出しの殺意に、天使スノーフィリアは短い詠唱を終えると、二人の間からはかつてアレフィの時に戦った老剣士が現れると、そのままサクヤへと向かっていく。
「はっ!」
本来の老剣士ならば、銃撃程度ならば軽々と避けれるはずだった。
しかし、サクヤが放った無数の弾丸は老剣士の体を容易く捉えて撃ち抜いてしまう。
老剣士は何も語らず、粉々に砕け散ってしまった。
「舞い降りよ。主に仕えし鮮血の支配者。煌雪水晶の紅賢王!」
天使スノーフィリアは、次にホタルと戦った時に呼び出した血を操る紳士を呼び出す。
紳士は現れてすぐに無言のまま、両手を広げるて力を溜めていく。
「あなたの力はその程度ですか?」
だがその紳士もサクヤが呼び出した無数の重火器から発射される弾幕を受け、同じ様に粉々になってしまう。
その様はホタルと戦った時、傷つけられても無限に再生していた者と思えない程に脆い。
「おかしいわね……」
「うん。もう訳わかんない」
「……ミズカ、そうじゃなくてね」
一方的な攻防が続く中、この戦いを静観していたマリネがふとそう漏らす。
ミズカは完全に考える事を放棄したらしく、目を丸くしながら半ば空虚な状態のまま返事をしたが……。
「王女様ってどうみてもパワーアップしてるじゃない?」
「うん。神々しいね」
「それなら、いくらサクヤの呼び出した武器が凄い技術であっても、あんな簡単にやられるなんてありえないわよね?」
「んー、そう言われればそうかもだけど……」
冷静なマリネは、そんな彼女に対して自身の考えを伝えた。
”そう言われればそうなのかもしれない”とミズカは思ったが、やはり考えてもよく解らないので、少し唸った後に下を向いて大きくため息をついた。
「スノーフィリア様……」
二人のやり取りを横目でみつつ、ルリフィーネもこの戦いに参加出来ずただ傍観する事しか出来ずに居る。
それは襲撃を受けて負傷してしまった自分では、今の天使となったスノーフィリアの戦いの邪魔になると思ったからというのもあった。
だがそれ以上に、スノーフィリアとサクヤという浅からぬ因縁を持った二人の対決に、安直に入れないという気持ちが強く作用していたからだった。
そんなやり取りをした後、次の瞬間一行は驚いてしまう。
「舞い降りよ。主に仕えし悲劇の修道女……」
なんと、ホタルそっくりの修道女を呼び出したからだ。
「え、あれって」
「ホタルさん!?」
召喚術は、この世界とは異なる別の世界の生命体を呼び出す。
あるいは別の世界の生命体の精神や魂を呼び出し、仮の肉体へ一時的に憑依させる。
魔術に知見のあるミズカやマリネはそう思っていたし、それが常識だと疑った事は無い。
だからこそ、この世界に存在する生命体を呼び出した事に、ただただ愕然としてしまう。
そんな考察の中、呼び出されたホタルは一際大きな雄叫びを上げると、かつてスノーフィリアと対峙した豹の姿へと変身してサクヤへと襲い掛かる。
サクヤは弾を撃ち切った重火器を捨てると、すかさず新たな銃を呼び出し引き金を引く。
呼び出されたホタルは、先の二体と同様に避ける事も防ぐ事もしないままサクヤの銃撃を受けてしまい同じ運命を辿ってしまう。
「舞い降りよ。主に仕えし冷徹の暗殺者……」
それでもスノーフィリアは召喚を続ける。
次に召喚したのは、同じく仲間であるセーラそっくりの少女だった。
少女は呼び出されると、サクヤを方をぐっと強く見据えた後、短剣を握り締めて真っ直ぐ突撃していく。
「次はセーラちゃん……?」
「ね、ねえどういうこと! 召喚術なのにこの世界に実在する人物呼び出すって!」
「し、知らないわよ! でも……」
サクヤはホタルを仕留める為に使った弾切れの銃を投げ捨て、新たな銃を呼び出しセーラを迎撃する。
セーラの本来の速度ならば避けれるはずだったが、今回も今までと同じく放たれた複数の弾丸が直撃し、無残に砕け散ってしまった。
「でも?」
「意外と効いているかもね」
一見無為な行為と思われたスノーフィリアの召喚術。
それら全て退ける事に成功したサクヤに、ある異変が生じる。
「くっ……!」
今まで涼しげだったサクヤの表情が歪む。
汗が流れ、息づかいが荒く、どう見ても疲労している。
「効いているって、もしかして消耗しすぎたの?」
「でしょうね。サクヤのあの武器を呼ぶ術は相当疲れるみたいね」
考察が的中したのか、サクヤは目線を一瞬だけマリネへと向ける。
その事を見逃さなかったマリネは、伏せながらも口笛を一つならし少し誇らしげにした。
「舞い降りよ。主に仕えし豪腕の使用人……」
辛そうなサクヤとは逆に、スノーフィリアは涼しい表情のまま、さらに召喚術を発動する。
次に呼び出したのは、ルリフィーネと全くそっくりな少女だった。
「私……ですか?」
「そういえば、ネーヴェだった時もルリさんそっくりだった人呼び出してた」
しかし、今の呼び出したルリフィーネはネーヴェの時とは異なり、純白のメイド衣装を纏っている。
それがどういう意味を成すのかは、誰も解らなかった。
「ふふ、ふふふ……。ならばこれは耐えられますか?」
呼び出されたルリフィーネは構えをとって相手の攻撃に備えると、サクヤは苦しそうな表情をしたまま、笑いながら大きく両手を空へと上げる。
そして大した間も置かずに形容し難い圧力を感じた一同は空を見上げ、恐怖した。
「なにあれ……」
なんと、宮殿程の巨大な物体が落ちて来るのだ!
「も、もしかして、爆……弾?」
「そうですね。ミサイルと言うみたいです」
「ちょっと! あんな大きい爆弾が落ちたら、この町どころか周りの土地全部吹き飛んでしまうわよ!」
爆弾と呼ばれる道具はこの世界にもあり、魔術の原理を利用するものが主流であった。
しかし、壊れれば回収し素材の再利用が可能になる他の魔術兵器と異なり、貴重な素材を使い捨てにする都合上、コスト面で不利なため実戦では多用されなかった。
また、扱いに難しく人の手におさまる程度の大きさしか作る事が出来なかった。
それ故に規格外な大きさの爆弾と対峙したマリネは、体を震わせ畏怖してしまっていた。
「さあ、受けてみなさい」
サクヤの呼び出したミサイルはゆっくりと広場へと降下していく。
今までの戦いを見つめていた民衆は必死になって逃げ惑い、マリネとミズカはただ呆然としたまま落ちてくるミサイルを眺めるだけだった。




