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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Fifth Part. 玉座から処刑台へ
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121. 濁る少女

 姫には、夢があった。

 それは世界の支配する女王になるのでもなく、全知全能の力を得るものでもない。

 ただ家族や大切な人と一緒に、平穏で不自由のない日常を過ごすというごく当たり前の夢だった。


 しかし、その夢が叶う事は無かった。

 姫は宮殿地下にある、特別独房と呼ばれる極悪犯罪人を収容する場所へ監禁されてしまった。


「いやああああっ!!!」

 姫はそこで待ち構えていた拷問官に、大切な友から貰った服を無残にも引きちぎられてしまった後、拷問を受けた。

 その内容は、十代前半の少女がうけるにはあまりにも過酷で、苛烈で、そして一切の情けがなかった。


「やめて……。許してお願い……」

 姫は、苦痛のあまりそう何度も拷問官に乞いた。

 自らの尊厳を捨て、誇りを失い、気高い姫の心を忘れて助けを求めた。

 しかし、その願いも叶う事は無かった。


 拷問は連日連夜続いた。

 また、まともな食事を与えられていないため酷く衰弱した。

 拷問官の趣味ではなかったのか、性的な行為は強要されなかった。

 だが、それでも日々の耐えかねる痛みは姫の精神力を削り続けた。

 その結果、表情からは生気は一切消えて、優しい光を宿していた瞳は濁りきり、来た時とはまるで別人となってしまった。


「お願い……、もう私を殺して……」

 やがては、苦しみのあまりに自らの命を絶つことを望んだ。

 それでも、姫が苦しみから解放される事は無かった。



 処刑日当日。


「これより、水神の国に不穏をもたらし、民衆に危害を加えた新世界一味の処刑を行う!」

 処刑場として用意された町外れの広場には、多くの人が集まっていた。


 まず処刑場に現れたのはマリネ、ミズカ、ルリフィーネの三人だ。

 彼女らは衰弱こそはしていたが、ただ監禁されていただけなのか目立った外傷もない。

 だが特殊な拘束具をつけられ、それは豪腕の持ち主であるルリフィーネであっても解く事は出来なかった。


「罪を償え!」

「この悪党共め!」

「死ねー!」

 その場に居た民衆は、今回の水神の国で起きた騒動を起こした人物らが来ると、憤りや怒りを三人へぶつける。

 ある者は口汚く罵り、またある者は落ちていた石ころを投げつけた。


「不思議ねえ……」

「……どういう事よ」

「民衆が完全に私達の敵になっている」

 そんな絶体絶命の状況の中、マリネがこの状況の違和感に気づく。

 かつてサクヤの言ったとおり、組織の力で民衆の意識や認知を変えたにしては、あまりにも変わりすぎていたからだ。


「もうどうでもいいよ……」

「……そうね。正直詰みよ」

 しかし、ミズカの一言でマリネは思考を止めた。

 ここから逆転出来るなんて都合のいい事は起きないし、そんな可能性は全く無い事を解っていたからだ。


 各々が絶望の渦中に居る中、民衆が一際大きな声をあげる。

「おおおお!」

「首謀者が来たぞ!」

 三人に遅れて、スノーフィリアが広場へと現れたのだ。

 だが、姫の変わり果てた姿を見た三人は絶句し、酷く彼女を憐れんだ。


「そんな……」

「ひどい、なんてこと……」

「スノーフィリア様……、ああっ……」

 悲劇の主役には、かつて慕われてきた民衆の声は聞こえず、共に行動してきた新世界の人らの姿が見えず、最愛の人であるルリフィーネの存在すら気づかない。

 三角木馬に括り付けられて下を向いたまま、断頭台へと運ばれていく。

 この時、姫はどことなく笑顔だった。

 それは拷問具の影響なのか、苦痛から解放される喜びからなのか。


「うおおお!」

「よくも騙してくれたな!」

「死ね! 死んで詫びろ!」

 民衆の言動と感情の発露は、スノーフィリアが出た瞬間最高潮に達する。

 飛び交う物の数も増え、中にはこの時の為に用意したのか、腐敗した食料や家畜の死骸を姫へと投げた者も居た。

 それらの一部が処刑台へ向かう姫に何度も当たると、姫はよろけて落ちそうになる。

 本来ならば蔑まれるべき下品な行為も、”国家を転覆させるほどの一大事を成そうとした張本人”へ向けてすれば民衆は感嘆し、半ば英雄のような扱いを受けるほどだった。


 そんな民衆の心無き行為に晒されながら、四人は断頭台がある場所へ到着する。


「いやあ! 離して! 死にたくない!!」

 ミズカは最後の最後まで必死に抵抗した。

 スノーフィリアと対して年齢の変わらない少女は、この理不尽な状況を克服しようと必死だった。

 しかし、兵士達に何度かぶたれて動きが止まると、問答無用で首と腕を固定されてしまった。


「人生三十年と少し。短かったわね……」

 マリネはこれまでの人生を振り返っていた。

 研究者として成功しながらも、変わった風体から他の貴族達には腫れ物扱いをされてきた人生。

 辛い事も多かったが、楽しい事や幸せだった事もあった彼女は、満足そうに自ら首と腕を台の上へ置いた。


「スノーフィリア様、ごめんなさい。私が力不足なばかりに……。ごめんなさい……」

 ルリフィーネは後悔していた。

 主君を守られなかった事を酷く悔やみ、自らの無力を嘆き、ぼろぼろになった姫へ涙を流して何度も何度も詫び続けながら、兵士達に首を腕を台に固定された。


 三人の処刑の準備が終わり、いよいよ首謀者として仕立て上げられたスノーフィリアの番となった時。

 姫は拷問具の上から乱暴に降ろされる時も無言だった。

 ミズカの叫び声も、マリネの諦めたに満ちた声も、ルリフィーネが許しを乞う声も、今の姫には聞こえない。

 何の抵抗もせず、何の言葉も発せず、暗い眼差しのまま首と腕を処刑台へ取り付けられていく。


「あなたには失望しました。もう期待しませんので、そのまま永遠に眠ってください」

 今回の処刑の立会人であり、新世界の人々をこの状況へ追いやった張本人であるサクヤは、そんな姫を冷たい眼差しで見下していた。

 彼女が最後に、何故その様な事を告げたのか。

 何を期待していたのかは言った本人以外は解らなかった。


 そしてサクヤは目線で合図を送ると兵士は手を上げ、勢いよく下げる。

 取り付けられたロープは切られ、四人を処断する刃が次々と落とされていく!

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