119. かりそめの秩序を破壊し、混乱を巻き起こせ!
いよいよ作戦決行の日。
新世界とユキら一行は、荷物を整理して今まで隠れていたアジトを引き払い、貧民街から少し離れた林で作戦の最終確認を行う。
「水神の国で人の多い町は全部で三つ。首都アウローラ、港町シブリーズ、国境付近の商業都市トレダね」
マリネは持っていた地図を広げ、指を刺しながら説明をする。
「まずはシブリーズとトレダから、組織の悪評と高官が組織に関わっている情報を流していく」
全員が彼女の説明を、一言も漏らさないよう真剣に聞いていた。
「ある程度時間が経った後に、首都アウローラに情報を流すの」
「時間差をつける理由は?」
「国家の威信に関わる問題だからね、そこに居た人々は可能な限り首都へ向かうでしょう。真実を確かめるためにね」
「なるほど、民衆を一箇所に集めるわけかー」
「そうそう」
首都に民衆が集まって混乱している中で、ユキが存命でかつスノーフィリア姫である事、そして王家の血族が国の指導者として復権する事。
それらを集まった民衆に訴え、人々が受け入れれば新世界の作戦は成功となる。
「じゃあみんな、お願いね」
最後の作戦に集まった新世界の人々は、一切の憂いも迷いも感じさせないまま、各自持ち場へと向かおうとしていく。
「なあ、本当にいいのか?」
そんな風景を見ながらホタルは、マリネへと問いかけた。
「ええ。みんな作戦が終われば、それぞれの日常に戻っていく」
この作戦が終われば、新世界に所属していた人らは本来の生活に戻っていく。
ある者は商人として、ある者は農夫として、ある者は官民として……。
「で、帰る場所の無い人らは首都へ向かうってわけか」
「そうね」
それでも帰る場所の無い一部の人らや幹部だけが、これから誕生するであろう”女王スノーフィリア”を支えるため、共に首都へ向かう手はずだった。
「今までありがとう。みんな……」
ミズカは少し涙ぐみながら、今まで苦楽を共にした仲間達へ別れを告げると、他の新世界に所属していた人達も名残惜しそうな顔をして、この場から去って行った。
「さて、行きましょうか」
「うん」
仲間達の背中を見送ると、残った人達も地図をしまい荷物を持って出発する。
彼ら彼女らには寂しさもあった、名残惜しさもあった。
それでも全員はこれからの事を考え、最後の作戦の第一歩を踏みしめた。
組織の長が居なくなったせいか、道中は隠れなくとも一切の妨害も襲撃も受けずにすんだ。
それは新世界の幹部らも勿論、港町で殺人の容疑がかかっているマリネもそうだった。
あのまま手配書が出回ってもおかしくない筈なのに、全くの無警戒なんて。
そう不審に思いながらも、一行は先へ先へと進んでいく。
そして首都アウローラに到着した一行は、遠くにある王宮を見上げる。
ほんの少し前までネーヴェの呪いで氷漬けだったのが、嘘の様に元通りの美しい姿だ。
「それで、他の町で騒ぎを起こしたらどうやって知らせるんだ?」
「周りが騒ぐから、それで解るでしょう」
「まあ、そうだね」
「今私達に出来る事は、町に潜んでいる組織の連中にばれないことよ。さあ隠れる場所を探すわよ」
最初に港町と国境の町で騒ぎを起こす手はずとなっており、一行はそれまで落ち着ける場所を探した。
そして裏通りにある人気の少ない宿を見つけると、各自は偵察の為に数名を町へ送る以外は作戦決行まで大人しくする事に決めた。
そして新世界の人達が解散してから一日半が経った時。
「おい……、聞いたか?」
「ああ、トレダの町で……」
近くの酒場では、商人達が声を小さくして話している。
「シブリーズで裏ギルドと高官が繋がっているって……」
「ああ、大騒ぎに……」
また別の場所では、農夫らが道の隅で誰にも聞かれないように話している。
「国と繋がっている裏ギルドってあの秘密結社……」
「しーっ! その名前を言うな、殺されたいか!」
普段は真面目かつ寡黙に町の警備をしている兵士ですら、同僚達と内緒の話をしている。
ありとあらゆる場所でこそこそと声が聞こえてくる。
明らかに町全体が浮き足立っており、一部の人々は顔を赤くして王宮の方へと向かっていく姿が見える。
勿論、水神の国の首都内を偵察していた新世界のメンバーはそれを見逃さない。
「マリネさん」
「おかえり、収穫はあったかしら?」
「実は……」
メンバーの一人がマリネへとその事を告げると、彼女の顔つきがより一層厳しくなった。
「ついに来たわね」
「はい」
「私達は広場から見守っているわ。ルリちゃん、セーラちゃん、後はお願いね」
「かしこまりました」
いよいよこの時が来た。
新世界のメンバー全員はすかさず荷物を片付けてた。
マリネらは広間へ、そしてユキ達は王宮へと向かう。
王宮のテラス下にある広間には、既に無数の民衆が押し寄せていた。
ある者は怒号をあげ、ある者は泣き叫び、またある者は混乱に飲み込まれ一言も発せずに居る。
「おい! どうなっているんだ!」
「元老院の連中が裏ギルドと関係しているって本当なのか?」
「この国はそんなやばい組織と手を組んでいたのか!?」
そこにはあるのは民衆を模った、様々な激情が入り混じった爆発寸前の危険物だった。
役人もこの事態を重くみたのか、国の騎士達を使って民衆を帰らそうとしたが、状況は余計に悪化してしまう。
そしてこの状況は、新世界のメンバーにとって好ましい状況だった。
「いい感じね。じゃあ、やりましょうか」
「うん、私とくろの最高傑作いくよ!」
マリネはそう言いながら目線で仲間達へ合図をすると、くろとミズカを筆頭に魔術の心得がある者は人気の無い路地裏へ向かい、それ以外は混乱を拡大するために広場へ留まった。
「お、おい! 見ろあれ!」
広場で民衆に紛れていた新世界のメンバーが、大声で空を指さす。
その場に居た人々は、その声につられて次々と上を向いていく。
空には、秘密結社トリニティ・アークが今までしてきた非道な実験の風景や、非合法な行い、そして目を背けたくなるくらいに残虐な行為の数々が映し出されてゆく。
その直後、宰相オルクスを催眠にかけて聞き出した、国王暗殺の手引きと議会の決議内容の漏洩を自白した時の様子が映し出される。
「酷い……」
「何てことだ……」
「あんなのと高官が一緒だと……」
それを見た民衆は絶句し、ある者は涙を流し、またある者は気分が悪くなりその場でうずくまってしまう。
水神の国の官民は不祥事も無く、ほぼ満足な政治運営が行われていただけに、民衆達の衝撃は計り知れないほど大きい。
「どういう事だ!」
「俺達を何だと思っている!」
失意や混乱が、憤りや怒りになるのにそう時間はかからなかった。
その場に居た新世界のメンバーが焚きつける必要もなく、民衆は激怒しその場に居た国の騎士を八つ裂きにせん勢いで迫る。
騎士もこの状況で迂闊に武器を振るい、民衆を傷つけるとどうなるか理解していたため、盾を構えてどうにか押し返そうと試みた。
だが鎧を着て武器を持っているとは言え、数で圧倒する民衆側に勝てるわけも無く、騎士らは広場から押し出されてしまった。
「皆さん! どうか静かにしてください!」
そんな暴動一歩手前の最中。
テラスから一人の少女の声が聞こえてくる。
「なんだ?」
「何で村娘が居るんだ?」
「どういう事?」
間も無くテラスには、普段着のユキが現れる。
高官が騒ぎを鎮めようと現れるのを予想していた民衆にとって、ただの少女の登場はあまりにも意外だったらしく、全員が一時の怒りを忘れてユキの方を見ながらざわめく。
この時ユキは、雪宝石のペンダントをしていなかった。
自らの正体を明かすために錯覚の魔術が不要だったからだ。
だがこの段階ではユキの正体に気づく者は居なかった。
それは、遠方に居てはっきりと見れなかったという事と、民衆は死んだはずのユキが、まさかこのタイミングで現れるとは思っていなかったからだった。
「私は、水神の国の王女スノーフィリア・アクアクラウンです!」
だがそんな民衆の思い込みは、ユキの一言で吹き飛ぶ。
ユキは自身の本当の名前を言った瞬間、ざわめきはさらに強くなっていく。
「スノーフィリアって……」
「あの亡くなられた王女殿下が?」
「何故生きている?」
民衆は困惑していた。
国から直接崩御の発表があった姫が、何故か村娘の格好をして宮殿のテラスに居るからだ。
「私は組織の手によって命を狙われ、国を追われてきました」
ユキは伴侶の家に使用人として匿われた事、辺境の修道院でシスターとして身を隠していた事。
風精の国へ行き魔術師として、組織の存在を知った事。
新世界のメンバーと共に組織を打倒しようとした事。
これらを簡潔に話していった。
ユキの旅路を聞いた民衆は、最初こそざわめいてはいたが次第に静かになっていき、話し終える頃には誰も言葉を発してはいなかった。
それは、姫が自身の命すら脅かされる程の苦境を、幾度も潜り抜けてきた事を理解したからだった。
「やむをえない状況だったとはいえ、皆様にご心配をかけたことをこの場で深く謝罪します」
ユキは玉座を今まで空にしてきた事と、そんな高官らに国を任せていた事を、深く頭を下げて謝る。
そんな姫に対しても、民衆は誰も何も言わない。
「そして、今ここで宣言します」
ユキは少し視線を下へと向けて、呼吸を整えると……。
「私、スノーフィリアが水神の国の王となって、秘密結社トリニティ・アークとかかわりの無い国を作っていきます!」
自らが国の長になる事を、民衆の前で高らかに宣言した。
その時の”女王”の表情は、可憐な少女のものではなく、強い決意に満ちた一人の大人のものだった。
「おー!」
「うおー!」
「スノーフィリア女王陛下万歳!」
今までの国家に対する不満や憤怒が、歓喜へと変わっていく。
民衆は声を上げ、強く握った拳を突き上げ、こみ上げる感情を発散させた。
新世界の作戦は成功した。
これで、誰もが組織の脅威に怯えなくてすむ。
ユキは民衆の喜ぶ姿を見て、緊張を解き胸を撫で下ろした。
その時だった。
「ん? なんだあれ……?」
民衆は新たな指導者の登場を喜び沸きあがっていた最中。
マリネが用意していた過去の記録を映す魔術と似たような物が、再び民衆の頭上へ映る。




