105. もぬけの殻に残ってたもの
石畳の下へと潜っていくと、そこは漆黒の世界が広がっていた。
暗闇は深く、私以外の新世界の人らを不安がらせるには十分だった……と思う。
でも、マリネだけは違った。
彼女はまるで昔その場所に居たように、手際よく研究施設の明かりを付けていく。
そういえば、魔術兵器の製造に関わっていたと言っていたけれど、まさかね……。
そんな埒が明かない事を考えながら短い廊下を抜け、開きかけてもう二度と動かない扉をぬけると、魔術の道具を研究していた痕跡が複数ある大部屋に到着する。
「ひええ、本当にあるや」
「……意外と残っているわね」
てっきり撤収して何もないと思ってたけれども、あるもんだねえ。
「誰も来ないとは思うけれど、見張りお願いね」
「解ったよ」
マリネはセーラちゃんの強化に役立ちそうな物を探すため、他の三人に通路の見張りを任すと、真剣な面持ちのまま周囲に散乱している器材を調べ始める。
既に使われていない研究施設だから、組織の追っ手は来ないし見張りも居ないとは思うけれど……。
あいつらはどこにでも出てくるからな~。
そう思いながら、私は警戒しつつ周囲の様子を窺う。
そしてしばらく時間が経ち……。
「うーん……」
「何かあった?」
マリネは探索が終わると、立ち上がり背筋を伸ばしながら唸る。
「魔術兵器でも旧型アーティファクトタイプの資料と器材ばかりね。セーラちゃんのような新型や生体融合したキメラ型の物は無いわ」
まあそんな都合良くいくわけがないよね。
こればっかりはハーベスタの言うとおりだよ。
不思議で素敵な道具を見つけて、セーラちゃんはお手軽大幅パワーアップ!なんて、フィクションの世界であったとしても陳腐すぎるもの。
「やっぱ収穫なしかー」
「まっ、消耗品で使える物がいくつかあるから、それだけ貰っていきましょう」
こうなる事は予想通りだったのか誰も落胆せず、マリネの指示のもとで使えそうな道具を淡々と回収していく。
そんな中、今まで周囲を見回っていたセーラが、無言のまま部屋のある場所を指差していた。
「ん? セーラちゃんどうした?」
「これ、何?」
その方向には、金属で出来た棒状の物が壁に刺さっている。
私は壁から抜き、棒状の物を見つめた。
「んー……、なんだこれ?」
表面には何やら文字が刻んであるけれど、刻印術で使うルーンではなさそう。
特別エーテルを感じるわけでもないし、かといって部屋のオブジェとも言えない形をしている。
それ以外の事は……、正直解らない。
悪魔になったとはいえ、魔術の道具に関して私はほとんど知識を持っていなかったからだ。
「どうしたの?」
「マリネさん、これなんだと思う?」
私たちの様子に気づいたマリネは、今まで研究施設の使えそうな物品の回収を一旦中断してこちらへ来ると、棒状の物体を様々な角度から見る。
「何かのスイッチみたいね。調べてみるわ」
そう言うと、この施設の入り口を開ける為に使った器具を取り出す。
「これが気になるの?」
「うん? ああ、なんだろなって思ってね」
「魔術がかかっている物を調べる器具ね。いろいろと便利よー」
マリネは器具の中に先ほどの物体を入れて蓋を閉じ、いくつか刺さっている螺子を締める。
すると、今まで錆び色だった器具は淡く緑色に光りだす。
うーん。
あの装置からは僅かにエーテルを感じる。
でも実際どんな原理で動いて、何をやっているかまるで解らない。
いろいろあるんだねえ。
私は、魔術はとても奥が深いなと思いながらマリネの作業を見ていると、大した時間もかからず彼女は鼻を一つ鳴らした後に螺子を緩めて中にあった棒状の物体を取り出し、そそくさと器具をしまった。
「これ、多分扉の開閉用スイッチね」
え、あれだけの事で用途までわかるのか!?
どういうこっちゃ……。
まあいいや、また気が向いたら聞くとして。
今は魔術道具の勉強じゃなくて、そのスイッチがどこに使われているかを知らないと。
「ほおほお、どこのか解る?」
「そこまでは解らないけれど、動かして見たらいいわね。これをこうして、……ほいっと」
ええっ、嘘でしょっ!
そんな軽々しく動かしていいの!?
例えばさ、入り口が閉まったりとか罠が発動したりとかそういうのを考えないのか……?
それとも、そういうのも全部お見通しなのか?
しかしそんな懸念は、マリネが棒状の物体を手際よく捻ったり折ったりした瞬間に消えてしまう。
「こ、こんな所に扉が!」
今まで壁だと思っていた部分が地面へ沈んでいき、さらに奥へ行けるようになった。
まさか誰もこんな場所に扉があるなんて思っていなかったらしく、全員言葉を失ってしまう。
「さあ、奥へ行きましょう」
「え、本当に行くの?」
「だって、何だか凄く重要そうじゃない?」
いや、確かにこうやって隠しているくらいだから大事な何かがあるんだろうなって思う。
でも何が待っているか解らないわけだし……。
怖くないのか?
「でも何があるか解らないし……」
「その時はミズカとホタルちゃんが任せるわ」
「はっきり言うね?」
頼ってくれるのは嬉しいけど、私だって怖いものは怖いさ!
「ささ、行きましょう~」
「お、おい……」
ああああ~。
さっさと奥に進んじゃうし。
マイペースと言うか、もうちょっと考えて欲しいよなあ、もう。
研究施設の跡地にあった隠し扉のさらに奥にある通路は、備え付けの明かりも無くて、私の力で周囲を照らしながら先へ先へと進む。
最初は浮かれていたマリネの顔も自然と険しくなっていき、やがて誰も声を出さなくなった。
その結果、コツン、コツンと足音だけが通路に響いて、否が応にも緊張感の高まりを感じざるを得ない。
それでも私たちは、何が出てきても大丈夫な気構えをしながら、奥へと行く。
このままずっと続くのではないのか?
そう思わせるほどに長く、分かれ道も無く、景色の変わらない通路を歩き続け……。
「む、行き止まりか?」
私たちは、ついに行き止まりに到着する。
今まで歩いてきて、何も出会わなかったし、何も無かった。
じゃあこの道は?
まさか何の意味も無い?
「同じ鍵で開くかしら、ちょいちょいっと……」
しかしマリネは、ただの壁を目の前に先ほどの鍵を操作する。
すると、周囲を大きく揺らしながら壁は二つに割れてゆっくりと開いていく。
「何か明るいぞ?」
「ここから先は、まだ動いているって事ね」
まさかこんな場所があったなんて。
開いた先の道は、今までとは比べ物にならないくらいに明るくて、温かい。
「おいおい、本当に行くのかよ……」
何だかいよいよキナ臭くなってきた。
跡地と思われていた場所が、まだ動いていて、しかも二枚の隠し扉に守られている!
絶対怪しい、何にも無いわけない。
「私もホタルお姉さまと同じ意見。これ以上は止めとこうよ」
ミズカも私と同じ意見のようで、不安そうな表情をしながらマリネを制止しようとした。
「大丈夫よ」
「でもさ、跡地って信じてきたのにそうじゃないとか、絶対に誰か居るって事だよ?」
「だからこそ行くんじゃない。思いがけない収穫よ」
「もー! どうなっても知らないんだから!」
しかし、それでもマリネは止まらない。
ミズカの言うとおりだ、どうなってもしらんぞ……。
私たちは、先へ進むマリネを放っておくわけにもいかず、しぶしぶ後を追った。
「なあマリネさん」
「ん?」
「この場所って本当に研究施設なのか?」
周囲一面に広がる穏やかな風景。
花は咲き、木々は揺れ、小鳥が囀っている。
まるで昼間の草原に居るように爽やかで清々しい。
ここが地下だなんて、恐らく言われなきゃ気づかない。
「研究施設……では無いわね」
今まで先陣を切って歩いてきたマリネも、流石にこの状況は予想していなかったらしく、腕を組み頬杖をしながら少し困り顔をこちらに見せてきた。
「ま、進んでみれば解るでしょう」
ここまで来たなら、もう引き返すのも馬鹿らしい。
そう思いながら、周囲の心地よい景色に対して警戒しながらも歩いていき、そして遂に私達は見つける。
「お、おい。人が居るぞ!」
それはユキと同じくらいの年齢の、飾り気の無い白いワンピースを着たライム色の髪の少女だった。
彼女もこちらに気づいて不思議そうな表情で見ていたが、私達が”悪い人”ではないと察したのか、優しく微笑んできた。
「セーラちゃん!」
しかしセーラはその少女の笑顔を見た瞬間、腰に下げていた短剣を抜き、彼女に襲い掛かった!




