9. 少女達の休息
「このまま真っ直ぐ歩いていけば、村に到着するよ」
近隣の村へ通じる下り道を、ユキとココは手を繋ぎながら降りてゆく。
その様子は特別変わったところなんて無く、普通だったら取るに足らないただの日常だろう。
けれどもユキは、逆境の中で知り合った自身を理解し助けてくれる少女と、共通の事をするという幸せを感じる特別なひと時だ。
「ねえココ、これからもずっと一緒だよね?」
「勿論だよ、ユキ」
ココも同様に、心の通じ合う少女と共に歩むだけで幸せだった。
道中、お互いは目と目を合わせてはにかみながら、ココの画家としての夢の話やユキが姫君だった頃の話をしながら麓の村へ向かう。
「あ、スウィーティとリメッタ」
「ふーん、あんた達も来たんだ」
穏やかな気持ちのまま村へ到着すると、女使用人として同居しているシトラス三姉妹のうちの二人、スウィーティとリメッタが入り口のところに居た。
この時二人はいつも仕事の時に着ているピナフォアではなく、普通の町娘のような格好をしていた。
「あれ? ココは今日お気に入りのワンピースじゃないんだ」
「うん、今日はピナフォアのままでいいかなって」
みんなは何を言っているんだろう?
ココとこの二人の仲はよくないのに。
ユキはそう思いながら、ココの方を見ようとした時だった。
「あははっ、ばっかじゃないの? そこの馬鹿女がピナフォアしか無いから、気を使っている事くらい解っているんだよ!」
「ココ、かわいそう。くすくす……」
スウィーティとリメッタの真意が理解出来た瞬間、ユキは心中は悲しみに染まって胸が苦しくなってしまう。
ユキは目から溢れ出る涙を止められず、その場でしゃがみこむ。
「さあリメッタ、こんな馬鹿達は放っておいていこう。どっちにしろその馬鹿女は給金もまだ貰っていないから、買い物も出来なくて結局ミジメになるだけだからね」
そう捨て台詞をスウィーティが言うと二人は、ユキをあざ笑いながら村の中へと入っていく。
彼女らにとってのはさも呼吸をするかのように発せられた暴言は、ユキの温かかった心の温度を確実に下げていった。
「気にしないでねユキ」
「ううっ、ごめんなさい……、ごめんなさい……」
泣きじゃくるユキを、ココはいつも通り優しくなだめようとする。
しかし、そんな気遣いが余計に申し訳ないと感じたユキは、あふれ出る涙と声を抑えられずにいた。
それでもココは自身の胸を貸し、ユキの頭を撫でて気持ちが静まるのを待ち続ける。
「さあ買い物に行こう?」
「うん……」
しばらく時間が経って何とか平静を取り戻したユキは、ココに手を引かれて村の中へ入っていく。
ユキは泣き止んだが、たくさん泣いたせいで目は真っ赤になり、いたたまれない気持ちが消えたわけではないので、道中のような元気は少しも出せなかった。
「今日はあたしの絵を描く時に使う画材と、……んーと。あとはいろいろ見に行くの!」
それでもココは盛り上げようといつも以上に明るく元気に振舞い、貴重な休日をユキと過ごそうと試みる。
そんなココが意気消沈のユキを連れてきた最初の場所は、日常で使う雑貨やらが無造作に積まれている店だった。
「ここは画材もあるから、よく利用するんだよー」
王女時代は欲しい物があれば使用人が買ってきてくれたし、稀に自らが店へ赴く時も専ら高級店だった。
だからこそ、この店の古びた外装や内装、埃がうっすらとかかっていて商品がどうかも怪しい品物、水浴びを数日はしていないであろう小汚いが愛想はある店主、それら全てがユキにとって新鮮であり、その衝撃は先程の悲しい出来事をほんの一時的にでも忘れさせるに十分であった。
「お、ココちゃんいらっしゃい。今日はお友達も一緒かい?」
「は、はじめまして。ユキです」
店主は笑顔をユキへと向けてきたため、ユキは驚きを隠せないまま挨拶をかえす。
「うーむ、どこかで見たような……。気のせいかねぇ? まあいいや。ゆっくり見ていってくれよ!」
「はい」
かず数え切れない程の力仕事をした結果であろうごつごつとした手や、シミやしわを今まで一度も気にしていないと思われる顔から察するに、店主は決して若くは無い。
故に、直接の出会いは無くとも”プリンセス・スノーフィリア”の事を知っていたのだろう。
しかし今のみすぼらしい”使用人のユキ”の格好であったから、まさかこんな所に元とはいえ一国の姫君が居るとは店主も想像がつかず、たまたま気づかれなかったのかもしれない。
「じゃあ、これとこれと……、これも下さい」
「あいよー。全部千百ゴールドだけど、ココちゃんはいつも来てくれるから千ゴールドにしてあげよう」
「ありがとう!」
ココは絵を描くときに使うであろう道具を、乱雑に物が置かれた店から手際よくとっていき店主へと持っていくと手早く会計を済ませる。
店主とのやり取りから察するに、ココはこの店をかなり利用しているのだろうとユキは思った。
「またどうぞ!」
目当ての品物を買ったココは、今まで見たことも聞いたことも無い世界に放り出されて呆然としているユキの手を引き、店を出ようとする。
ユキはココに手を引かれながら、笑顔で手を振る店主に軽く会釈をしてその場を去った。
「次はここだよ」
次に到着したのは先の雑貨屋からさほど歩かずに到着した服屋だった。
やはりここでも雑貨屋と同様にユキが今まで知っていた服屋とは大きく違っていたため、同じ様な衝撃を受けてしまう。
「いらっしゃいませ」
「んー、どれがいいかなー?」
ココは店の中へと入り、何のためらいも無く服を選んでいく。
ユキはそんな彼女をただ後ろで見守る事しか出来ずに居る。
「こっちも似合いそうだし、これも悪くないし」
ココが服を選んでいる最中にユキはふと、この村に入ったときのやり取りを思い出す。
使用人の貴重な休日、おめかしをして村へと遊びにいく、私は服を持っていない、……ココは私を気遣ってピナフォアのままで来た。
「これにしよう! すみませんー、これくださいな!」
「はい、お包みしますね」
ほんの少し前のやりとりがユキの頭の中でフラッシュバックしていく。
ユキはエプロンの裾を強く握り、目からあふれ出る涙を留めようと歯を食いしばった。
我慢すればする程に心中は悔しさと、もどかしさと、情けなさがとめどなく湧き出してきて……。
「あ、大丈夫です。ここで着替えていきます」
ユキは今にも泣きそうだった。
私は大好きなココに迷惑しかかけていない。
そう思っていても、どうする事も出来ない。
そんな気持ちのせいか、ユキはココの背中すら直視する事が出来ずにいた時だった。




