66 光泰 仕掛ける
五月十九日、
明智光秀の饗応役の監視が、予定より早く終わり、坂本城に帰ってきた。
これから明智光秀は、亀山城に向かい、
毛利攻めに加わる、準備をするそうだ。
この時準備した兵が、本能寺に向かうのだろう。
僕は、坂本城で留守番なので、暇にしていたら、
戦に必要な兵糧を、坂本城から運ぶ手配を命じられてしまった。
焼き物屋店主が、兵糧を持ち込んでいる。
この兵糧は、武田に始め、相場より少しだけ安くして、多めに売り
浅間山の噴火の混乱に乗じ、かなり安く買い叩いた物である。
兵糧は、戦準備で価値が高騰していたが、浅間山が噴火すると
織田、徳川の早期の勝利は、目に見えていたので暴落して、
利ざやを稼ぐ事ができた。
その利益は、店主と僕とで折半している。
なおこの兵糧は、明智家が負けたら羽柴の物になるので、
城の銭を空にするくらい買い取ってある。
坂本城は、買い付け物資運送の拠点だから出来た。
勿論、担当者に口添えしたのは僕である。
光泰 「解っておるな」
店主 「いよいよで御座いますね」
光泰 「くれぐれも兵糧を安く手に入れた事は、
墓まで秘密にするのじゃぞ」
店主 「勿論で御座います。良い商いが出来て、嬉しゅう御座います」
光泰 「武具も結構有るのう」
店主 「武田の残党が処分した物を、買い取っております」
光泰 「手間が省けて良かったぞ。今から準備したら、五日はかかる」
これで余計な仕事は終わった。
明智光秀や兵達の準備が終わらなければ、本能寺の変は早く起こらない。
儲けたお金は、店主に預けて本能寺の変の、後始末の費用に当てる。
もしもの時は、初菊に渡すよう言っている。
店主 「こちらは、鯛の型で御座います」
光泰 「こんなに要らぬぞ」
店主は、お菓子の型を五つも持ってきた。
店主 「お気に召した物を、お選び下さいませ」
光泰 「残りはどうする気じゃ」
店主 「店に来たお客様に、見せようかと」
光泰 「これを、焼き物の型に使う気か」
店主 「殺風景で御座いましたので、飾りに宜しいかと」
焼き物の販売ルートは二つ有る。
大名などの身分の高い相手の行商と、
店舗にやって来る商人や、地元住人相手の店頭販売である。
光泰 「全部買い取る故、安く致せ」
店主 「それでは、私の分が無くなりまする」
光泰 「どうせ、他にも作っておるんじゃろう」
店主 「若様には、隠し事が出来ませぬな」
光泰 「五つ持ってきたのも、全部買い取らせようと
思うておったのであろう」
店主 「一つで済む物では、御座いませぬと見ましたので」
本当に、抜け目のない商人である。
お菓子のレシピを見せていないのに、使い方を気付いている様だ。
しかも、別の使い方まで考えている。売れるとは思わないが。
光泰 「次は、五月三十日に例の物を持って来るのじゃぞ」
店主 「人手も出来る限り、多めに集めて御覧にいれましょう」
光泰 「その時に、次の計画を全て話す故、詮索はするでないぞ」
店主 「私の想像を、遥かに超える計画を期待しております」
光泰 「あまり期待しすぎると、がっかりするぞ」
絶対、驚くよ。店主には、最も重要な任務をさせるから。
店主が逃げ出しても問題ないけど。
明智光秀「手際が良すぎるな」
光泰 「毛利攻めが近いようでしたので、準備をさせておりました」
明智光秀「そうか、ではこの戦に勝てると思うか」
何を聞いているんだ、この人は。
光泰 「負けまする」
明智光秀「なぜ、そう思う」
光泰 「勝ち負けを聴いているのは、迷いが有るからです。
迷いは戦に、不向きで御座います」
これで、謀反を考え直すとは思わないが、言わずにはいられなかった。
明智光秀「では、迷いを断ち切る用意をせねばならぬな」
光泰 「私に出来る事が有れば、何なりとお申し付け下さいませ」
明智光秀「戦勝祈願に連歌会を開く故、茶菓子を用意致せ」
やっぱり駄目か。謀反を起こす気だ。
光泰 「鯛焼きでも、宜しいでしょうか?」
明智光秀「茶菓子じゃぞ。魚を出したどうする」
光泰 「鯛の形をした菓子です。中身は饅頭で御座います」
明智光秀「鯛の形の饅頭か。それで良かろう」
全く、めでたくも何とも無い。
痛い思いをすればいい。
僕は連歌会に向かう料理人に、鯛焼きの作り方を教えた。
型は、四つ渡しておくか、縁起も悪いし。
料理人 「鯛の菓子で御座いますか、
お祝い事には良い菓子で御座います」
光泰 「程よい大きさに出来たのう」
鯛焼きの型は、両手に治まる大きさにしている。
料理人 「お祝い事には、良い菓子で御座います」
光泰 「勝ってから祝う方が、良いのだがのう」
権兵衛 「毛利など屁でも御座いませぬ」
明智家は、次の戦いで負けるんだよ。
光泰 「戦わぬ者は、気楽で良いのう」
権兵衛 「ボスも、戦わぬでは御座いませぬか?」
一度でも、死ぬ思いをした者にしか解らないか。
光泰 「おぬしには今度、遠い所に使いに出す。
草鞋など準備をしておけ」
権兵衛 「なにやら面白い事をなさるので御座いますか?」
光泰 「そうじゃ、歴史に名が残るぞ」
権兵衛 「歴史?で御座いますか?」
光泰 「失敗したら腹を切れ」
権兵衛 「むつがしい事は出来ませぬが、宜しいのでしょうか?」
光泰 「安心せい、誰でも出来る」
権兵衛は、伝令に使う。戦にはむかないから。
明智光秀が城を離れた時に、行かせれば間に合うかな?
五月二十一日、明智光秀が亀山城に向かった。
光泰 「よいか、大事な物だから必ず、羽柴様か黒田官兵衛殿に届けよ。
必ず意味が解るはずじゃ」
権兵衛に、両端を縛った小豆袋を渡す。
織田信長の妹、お市の有名な逸話を利用する完璧な作戦だ。
運ぶのが権兵衛なのが心配だ。
服部半蔵の忍者にさせる予定だったが、ちっとも来ない。
天海さんは、何をしているのだろうか。
権兵衛「ボス、これはなんですか」
光泰 「中身を見るな。ただの目薬じゃ」
明智光秀は三日天下だから、六月二日から逆算で
五月二十九日までに届ければよいが、
権兵衛が失敗する事を考えて少し余裕を見る。
光泰 「出来るだけ早く届けるのだぞ」
権兵衛「ボス、畏まりました」
光泰 「成功させれば名を授けよう」
さて次は、茂兵衛と浪士組か。
光泰 「茂兵衛、お主は五月三十日にこの文を上様の小姓、
森蘭丸殿に届けよ」
森蘭丸と茂兵衛は遠い親戚だ。無碍にはしないだろう。
五月三十日に届けば逃げるには十分だ。
茂兵衛「今から届けるには、早いような気がしますが」
光泰 「それもそうじゃな。文は後回しじゃ」
手紙は見られると良くないから、燃やして書き直そう。
少し焦り過ぎてるな。
光泰 「では先に、この銭で足軽を六月三日まで雇え」
茂兵衛「何名ほど雇えばよろしいですか」
光泰 「できるだけ多めに、五月三十日に城に集めよ」
茂兵衛「畏まりました」
足軽を雇うお金は、今までに玩具販売で貯めた全財産を使う。
ただし、明智光秀が徴兵した後なので、たいした数は集まらないだろう。
光泰 「浪士組は、茂兵衛の手助けをするように」
浪士組「「「「「畏まりました」」」」」
浪士組は、特訓のお陰でチームワークが良く出来ている。
光泰 「集めた浪人たちは、三十日に命令を下す」
茂兵衛「戦でも始めるおつもりですか?」
光泰 「戦ったりはせぬと言っておけ。
そうじゃな、手妻(手品)の準備と言えば良い」
茂兵衛「手妻で御座いますか?」
光泰 「じゃから詳しくは話せぬ」
勿論、嘘である。一応、手品の準備もしておくか。
紙相撲を作った時に思い出した、玩具を利用する。
権兵衛「私は、見れぬでは在りませぬか」
光泰 「お主のは、もっと凄い物じゃ。
それより早ういけ。三日以内に届けよ」
権兵衛「三日で御座いますか?」
光泰 「もっと短い方が良いか?」
権兵衛「滅相も御座いません」
権兵衛は急いで城を出ていった。
茂兵衛「権兵衛で、大丈夫で御座いましょうか?」
失敗しそうな君には、任せられなかったんだよ。
浪士組は、監視の役割も持たせてある。
後輩に変な所を、見せられないだろうからな。
光泰 「おぬしの役目は、最も重要じゃぞ。
権兵衛は、届けば良いだけじゃ。
失敗などせぬであろう」
確かに重要だけど、焼き物屋店主にも頼んでいるんだよ。
城に残った兵も利用するから、茂兵衛が期待に答えなくても問題ない。
範熈祖父さんは、留守番させるからいいとして、
あとは、初菊をどうするかだ。
最悪の結果になっても、助かる様にしなくてはならない。
早くアイデアノートに書き終わらねば。




