第三十八話 ライラの価値
「ごほん」
女王陛下の咳払いでその場の空気が引き締まった。
よく分からない空気になっていたからね。助かります。
「リュカ。今は私がグランデ嬢と話していたのだけど」
「そうですか。では話は終わりましたね?」
リュカ様は女王相手にばっさり切り捨てる。
「ライラは人見知りなのでそろそろ退室したほうがよろしいかと」
「え? 私は別に」
「だよね、ライラ?」
「あ、はい」
こくこく、と頷いておく。
凄みのある笑みに私が逆らえるわけがない。
「じゃあ私はこれで……」
「グランデ嬢。例の話、考えておいてね」
「また後でね、ライラ……陛下は僕とお話しましょうか」
「そうね。私も話があったの」
バチバチと視線の火花を散らす二人。
なぜだか知らないけど、私の心は安堵でいっぱいだった。
はぁ~~~~。
やっと帰れる~~~~~!!よかった~~~~!
とびきりの解放感を感じながら遠慮なく席を立つ私である。
ちら、とリュカ様を見ると、なぜか寂しそうな顔をされた。
(なんでそんな顔するんですか。心配かけたくせに)
なかなか帰ってこなくてどれだけ気を揉んだか。
別に、リュカ様がどこの誰と何をしようと勝手だけどさ……。
元気なら元気で、連絡くれたらいいのに。
◆◇◆◇
「ふふ。くるくる表情が変わる子ですこと」
王族と知り合う絶好の機会をふいにしてご機嫌な子爵令嬢。
弾むような足取りにその心根が現れているような気がして、女王はくすりと微笑んだ。
「あなた、あんな子が好きだったのね」
「ライラはこの世の誰よりも魅力的な女性ですよ、母上」
「そう。それで」
アマンダはエメラルドの瞳に為政者の光を宿す。
「魔法師アリルをどうするつもり?」
「囲い込みます」
即答、だった。
「……ふぅん?」
「母上も分かっているはずです。あれほどの技術を持つ者があんなに可愛らしい女の子だと知られたら、一体どれだけの勢力がライラを狙うか分からない。ライラの価値は無限大です。かといって王家で囲い込むことも出来ない。元平民の血を王家に入れることを貴族が反発するでしょうからね」
「だから、いずれ臣籍降下するあなたが娶ると?」
「それはまだ口説いてる最中です」
「口説いてるのね……」
呆れと感心がないまぜになったように女王は扇子で口元を隠す。
何事にも執着のなかった王子がここまで執着する存在。
確かに性格は良いし、自分も気に入ったのは間違いないが。
「あなたがそこまで大事にするというなら、本物なのかしら」
「というと?」
アマンダは扇子で口元を隠しながら横目にリュカを見た。
「古代魔法」
ぴく、とリュカの眉が動く。
アマンダとて女王だ。
王族に近付く女の素性は調べ上げてある。
「あなたがあの子に執着している理由はそれでしょう。本当に使えるの?」
古代魔法は無から有を生み出す神の業だ。
遥か昔に滅んだ『空の文明』では生命を作り出すことすら出来たという。
ただの魔法を越える超技術──それを手に入れられれば、時代が変わる。
今ですら時代の革命児と言われているライラだ。
魔法師アリルの名を使えば世界を変えることすら可能だろう。
あるいはこの息子は、その武器を手に王位継承を狙っているのか。
試すようなアマンダの視線に、しかし、リュカは肩をすくめてみせた。
「さぁ。興味もないですね」
「……はい?」
「何か勘違いしているようですけど」
リュカは胸を張って言った。
「僕がライラを好きなのは古代魔法とかずば抜けた魔法陣構築術ではありません。裏表のない、彼女の愛らしい性格と無邪気さが好ましいだけです」
「……では、あなたは本当に、子爵令嬢に惚れたと?」
「そう言っているでしょう。魔法師アリルはライラが望んだから作り出したんです。それとも母上は僕が子爵令嬢と婚約することに何か問題が? むしろ、母上には得しかない話だと思いますが?」
「……」
現在、この国は第一王子派と第二王子派に二分している。
武力に秀でているが外交方面に弱い第一王子。
頭はよく回るものの武力では劣り、女関係で不安が残る第二王子。
どちらが真の後継者足り得るのか、評議会は日夜紛糾しているのだ。
彼らのどちらが王足り得るのか。
それを決める要素は彼らのこれからの功績と──婚約者の質。
高貴で魔力に秀でた血を取り入れればそれだけ王家の力が盤石になる。
すなわち、よりよい花嫁を選んだほうが後継者に近くになるのだ。
たとえばリュカがライラと結婚したとして。
その結果。女王としてはどう受け取るべきなのか──
「お釣りが来るわね」
アマンダは即答した。
リュカは予想していたように笑う。
「だろう?」
「えぇ。子爵令嬢だろうが何だろうが、いえこの際は平民でも構いません。むしろあなたの血統が純潔から遠ざかれば遠ざかるほど王位継承権の際に揉めることが少なくなり、臣籍降下が効いてくる。今後、あなたの血族を持ち上げようとする輩も減るでしょう。私たち王族にとってメリットしかありませんわ」
平和な世に後継者問題で内乱を起こすなど馬鹿げている。
元より第一王子推しのアマンダとしてはリュカの格が落ちるのは望むところだった。
実の息子に対しては冷遇ともとれる態度にリュカは不満そうだ。
「母上は僕がライラの能力目当てで囲い込んだと思ってたのか?」
「えぇ。もしそうなら私が貰おうかと思ってたわ」
しれっと告げた母にリュカは額に青筋を浮かべる。
「ライラは誰にも渡さないよ」
「そうね。もうその気は無くなったわ。振られたし」
「?」
女王はそっと息をつき、母としての笑みを浮かべる。
「思いを告げるなら早くしなさい。手遅れになる前にね」




