第三十七話 女王様の溺愛、彼との違い
温かな空気は一瞬にして凍り付いていた。
極寒の吹雪の中、何の防寒具もないままに取り残された気分だ。
私は女王陛下の凍てつく吹雪に晒され、みっともなく身体が震えてしまう。
「女王陛下のもの、って」
「言葉通りの意味よ」
女王様は獲物を狙う蛇みたいに目を細める。
とても優しくて美しいのに、空恐ろしい笑みだった。
「私専属の魔法師にならないかってこと」
「専属……そういうのもあるんですか?」
「あら。リュカから何も聞いていないの?」
「……」
「ふぅん。よっぽどあなたを大切にしているのね」
「どういうことですか?」
女王様は肩を竦めた。
「だって、あなたが欲しいだけなら王子の特権を使ってあなたを宮廷に入れればいいじゃない? 魔法師の任命権は持ってるんだし、あの子にはそれだけの力がある」
思わずぞっとしてしまう。
いつもの軽い言動で忘れそうになるけど、リュカ様は王子様だった。
そうか、あの人がその気になったら私なんてどうとでも出来るんだ……。
「そうしないってことは」
女王様の言葉で我に返った。
「あなたの意思を尊重してるのよ。あなた、貴族が苦手でしょう?」
「……はい」
「世渡りが苦手そうだものね」
「あぅ……」
まったくもってその通り。
思ったことはすぐに顔と口に出てしまうからね、私は。
「私もあなたを大切にするわよ?」
女王様は楽しそうに笑う。
「あなたが望むだけの報酬をあげる。既に魔法師アリルとしての特許がすごい額になってると思うけど……宮廷魔法師としての栄光もあげるし、名誉が要らないなら研究だけに専念できる環境もあげる。どう、良い条件だと思わない?」
「……でも私は子爵令嬢ですし」
「関係ないわ。能力がある者には相応しき地位を。私の名において誰もあなたを馬鹿にさせない」
「……」
女王陛下の目は真剣だった。
リュカ様がたまに見せる時と同じ、嘘のない目だった。
ぎゅっと、膝の上で拳を作った。
「なんで……二人とも、こんな私を」
「あなたが気に入ったから。それではいけない?」
「……もし陛下の提案に頷いたら、何を望みますか?」
「そうねぇ。たまにこうしてお茶を飲んでくれたら嬉しいわ」
「……」
魔法陣目当てとかじゃ、ないんだ。
アマンダ陛下も、リュカ様も。
二人とも言ってくれることは同じで。
「……私はどうすればいいんでしょう」
「それを決めるのはあなたよ」
今までずっと流されて生きて来た。
「辛いことがあったのは知ってる。でも、今はそうじゃないでしょう」
「……」
お父さんの言うとおりに、時には領民たちに望まれて。
それでよかった。それでいいと思っていた。
私自身がどうしたいかなんて、選んでる余裕もなかったから。
だけど、リュカ様も陛下も、それはダメだって言う。
ちゃんと私が望み、私が選べって言ってくる。
「そろそろ、前に踏み出していいんじゃない?」
「陛下……」
「私もリュカと一緒よ。あなたが気に入った。だから、あなたの手助けが出来たら嬉しいわ」
「……」
もしも、同じように救いの手を差し伸べてくれるなら。
私は……。
「──母上っ!!」
突然、声がした。
慌てて顔をあげると、見慣れた白金色の青年が走って来た。
「ぁ」
(リュカ様……)
「何事ですか、王子。今、わたくしが会談中で……」
女王様の言葉を無視してリュカ様は私の足元に膝を突く。
「ライラ、平気かい?怖いことされなかった? 痛くないかい?」
「あ、へ、平気、です」
「帰れなくてごめん。身内の馬鹿共に時間を取られて」
「馬鹿って」
「僕とライラの邪魔をする奴は誰だろうと許さないから安心して。もう懲らしめて来たから」
リュカ様の後ろを覗くと、兵士に介抱される高貴な男性がいた。
あの人って、確か第一王子様じゃ。
なんかの式典で見たことあるよ。何してんのこの人……
「それで、母上とは何をしていたんだい?」
「お。お話してただけです」
「お話ね」
リュカ様はようやく女王陛下に向き直った。
「私の婚約者に何をするつもりだったんですか、母上」
「婚約者じゃないけどっ?」
びっくりした。
どさくさに紛れて何を言ってるのこの人!?
慌てて突っ込んだ私にリュカ様が不思議そうに振り返った。
「あれ? 婚前挨拶しに来たんじゃないの?」
「違います! ただ女王様に呼ばれただけです!」
「そっか。じゃあ結婚する?」
「何が「そっか」ですか話が繋がってないんですよっ!」
「大丈夫。僕からライラを盗ろうとしてた兄上は懲らしめた。父上は母上の言いなりだし、あとは頭の硬い女王を説得すれば済むよ」
「さっきから失礼すぎませんかっ?」
もうダメだこの人どうしようもない。
諦めの境地に至った私が天を仰ぎ、視線を戻すと、
「あ、あれ?」
「…………」
なぜか女王様はぽかんとした顔をしていた。
ううん、陛下だけじゃない。
周りの執事や侍女たちも私とリュカ様を交互に見て呆気に取られている。
「あの人、誰……?」
「え、リュカ様? 顔が同じだけの別人じゃなくて?」
「誰にも笑ったことがないリュカ様があんな風に笑うなんて……」
リュカ様、普段どんな顔してるの。
なんか珍獣を見るみたいな目で見られてるけど。
「……あの、この空気どうするんですか」
「そうだねぇ」
リュカ様は首を傾げる。
私の肩に手を回して、顔を覗き込んで微笑んだ。
「とりあえずキスする?」
「誰がするかっ!」




