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第三十六話 王女様からの誘い

 

 これまでも王城に登ったことは何度かある。

 子爵令嬢になって社交界デビューの時とかエドワードに呼ばれた時とか。

 元々夜会とか舞踏会が苦手な私はそのたびに緊張していた。


 煌びやかな装飾品、廊下に敷かれた真っ赤な絨毯。

 何もかもが私と住む世界が違うようで、お金のかかり具合に眩暈がした。


 でも、今日ほど緊張したことはなかった。


 だって……女王陛下に呼ばれているなんて初めてだもん。

 妖精女王と名高いメルキデス様は諸外国にも轟くほどの賢王。

 私なんかがおいそれと近づいて良いわけないのに、どうして会わなきゃいけないんだろう。間違いなく魔法師アリル関連なんだろうけど、場違いにもほどがあるよ……ほら、今も城を歩いてる人が私をちらちら見てるし……


「あれは誰だ? 見たことない顔だけ」

「えっと……なんとか子爵の娘じゃなかったかしら」

「社交界ではお会いしたことありませんわね……影が薄いのかしら」


 王城に入ってからずいぶん長く歩いているけど、視線が痛い。

 やたら廊下が長いし、目的地に着くまですごく注目されてる……。

 目立つことが苦手な私としては、針の筵に座らされたみたいな気分だった。


「あの、やっぱり今から帰っていいかな……」

「女王陛下の意に背く覚悟がおありなら」

「あぅ……そんな覚悟ありません……」


 ふ、とルネさんは目元を緩めた。


「ご安心を。女王陛下も人間です。取って食いやしませんよ」

「そうだけどさぁ……」


 そりゃあ、ルネさんは公爵令嬢だから慣れてるかもだけど。

 私なんて子爵令嬢とは名ばかりの平民ですよ。


「こちらです」


 ルネさんは有無を言わさず私を導いていく。

 さすがは公爵令嬢と呼ぶべきか、王城の中を我が家のように歩くルネさんだった。私の代わりに呼び出し受けてくれないかな……


「着きました」


 お城の中にしつらえられた大きなガラス庭園。

 魔法で温度管理が徹底されたそこは色とりどりの花々が咲き誇っていた。

 私は専門外だけど、たぶん貴重な薬草も植えられているんだろうな……


「──あぁ、来たのね」


 花壇にしゃがんでいた金髪の貴婦人が立ち上がり、にこりと微笑む。

 視界に飛び込んできたあまりの美しさに思わず息を呑んだ。


 ──わぁ。


 ルネさんも大概綺麗な人だけど、この人は別次元だった。

 ルネさんが冬空の中に咲く一連の花なら、この人は花畑に咲き誇る黄金樹。

 金色の輝きを身に纏い、青空の瞳ですべてを見透かすのだろう。


「今日はいい天気だから、中庭でお茶をしようと思って」


 ルドヴィナ王国第六代女王。

 アマンダ・フォルトゥナ・ウル・ルドヴィナ様。

 別名、妖精女王メルキデス。

 空色の瞳が私を捉えて、柔らかく細められた。


「あなたがライラね。会えてうれしいわ」

「は、春の息吹が訪れんことを。女王陛下」

「妖精の加護がありますように。そう固くならないで」


 アマンダ陛下は微笑んだ。


「茶菓子を用意してあるの。好きでしょ?」

「は、はひ」


 侍女の人が運んできたケーキは私の好みのものばかりだった。

 初対面の人に自分の好みを把握されている事実に身震いする。

 ルドヴィナの女王様。賢者と名高いこの人に、私は何を言われるんだろう。


「今日はいい天気ね。そう思わない?」

「は、はぁ」

「ルネもどう?」

「わたくしはライラ様のメイドですので。発言は控えさせていただきます」

「相変わらず真面目ねぇ」


 なんか、一緒の席に座ってるのが恥ずかしくなるくらい絵になる人だな……。

 私みたいな一般人が喋っていい人じゃないでしょ、この人。


 高そうなカップを持ち上げる

 たぶんめちゃくちゃ高級な茶葉を使われてるんだろうけど、まったく味が分からない。ぷるぷる震えて何か粗相しないか心配になる。もう帰りたい……。


「緊張するなって言っても無理な話かしら」

「は、はい……無理です……」


 正直に頷くと、女王陛下はなぜか目を丸くした。

 何が琴線に触れたのか、くすくす笑って喉を転がす。


「あ、あの……?」

「ごめんなさい。あまりにも正直だったものだから」

「も、申し訳ありません……慣れていないもので……」


 そう言うと、陛下はまた笑ってしまう。


「グランデ嬢は本当に貴族らしくないわね。そんなことを言うと弱みにとられるわよ?」

「えっと、弱みを握られて困るような地位はありませんから……」


 所詮は子爵令嬢だしね。

 この国じゃ成り上がり貴族の居場所なんてないんだよ。

 貴族に執着したいわけじゃないし、出来るなら平民に戻りたいくらい。


 女王様は満足したのか、レモンケーキを勧めて来た。


「……!」


 あ、美味しい!

 口をつけると、ほのかなレモンの味が口いっぱいに広がる。

 甘いチーズの中に酸っぱさがあって、さっぱりしていた。


「ん~~~~~~!」


 あぁ、幸せ……!

 これを食べに来ただけでも王都に来たかいがあった……!


「気に入ってもらえたかしら?」

「はい!」


 まだまだ緊張はするけど、ケーキが肩をほぐしてくれた。

 やっぱり美味しいものは正義だよ。

 権力とかお金とか食べられないものより食欲満たせたら幸せだ……。


 目の前の女王様をすっかり忘れてケーキの味に浸る。

 そんな私に。アマンダ陛下は微笑ましそうにつぶやいた。


「権力に無関心で純粋無垢、言動の裏を読む必要のない、肩の力を抜ける相手……ふふ。あの子が夢中になるのも分かる気がするわ」

「え?」

「ねぇ、グランデ嬢。いいえ、こう呼んだほうがいいかしら」


 アマンダ様は空色の瞳を細めて言った。


「魔法師アリル」

「……!」


 思わず背筋が伸びた。

 リュカ様と同じ空色の目だけど、纏う空気は違う。

 それは王の目だ。

 私の真価を見定めようとする王者の風格を纏っている。


「……私を、どうするつもりですか?」

「あら、誤魔化さないのね」

「わ、私なんかのこと女王様は調べてて当然なので……」

「純粋であっても愚かではない。ますます気に入ったわ」

「え、気に入った?」

「そうよ」


 アマンダ様はころころ笑う。


「最初はね、国を賑わせている魔法師アリルが危険思想を持っていないか確かめようとしたの。ほら、魔法って便利だけど危ない使い方も出来るじゃない? だから他国と内通していたり野心がある子なら知識だけ搾り取って飼い殺しにしようと思っていたのだけど」


 ひいいいいい。


「でも気が変わった。あなたはいい子だから」


 アマンダ様は扇子を閉じる。

 頬杖をついた彼女は扇子の先を私に向けて、


「ライラ・グランデ。あなた、私のものにならない?」

「……………………はい?」


 そう、言ったのだった。



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