第二十七話 魔法師アリル(後編)
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【魔法界の新星現る! 魔法師アリルとは何者だ!?】
星暦七九三年。長きにわたる魔法界の歴史もついに転換点を迎えた。
『これほどの人物が今まで隠れていたことに驚嘆を禁じえないよ』
ウィリアム・オルネスティ侯爵はインタビューの中でそう語った。氏はアリステリス家の後援者の一人で優れた魔法師として名を馳せた収集家である。御三家には及ばないまでも縁の下の力持ちとして多くの人に慕われている人物だ。
さて、そんな氏が今回驚嘆を受けたのはある魔道具を購入した時のこと。
魔法界の最先端の情報を取り扱う幣新聞社の賢明なる読者の皆様のことだ。
アリステリス家の後援システムはご存知であろうから、その説明は省くとする。
オルネスティ侯爵が驚嘆した件のシステムに基づき売られたある魔道具だった。
ティーポットである。
ただのティーポット? いやいや、侮ることなかれ。
なんとそのティーポットは触れるだけでお湯を最適な温度で生み出す魔導具なのだ。さらに驚くべきは何度使っても一定の量が生まれ、魔石の交換が必要ないこと。
確かに、水を生み出す魔導具は存在する。
だがそれは大掛かりな装置で生み出されるもので、何の変哲もないティーポットが水を、いやお湯を生み出すことなど誰が想像しようか。この魔道具の賞賛すべき点は最小の魔力、最適な大きさで、魔力を扱えない人間であっても魔道具を扱える、驚くべき汎用性にある。
平民や棄民でも扱える魔導具。
その価値と危険性は読者の皆さまなら分かるだろう。
ともあれ、魔法師アリルの正体が気になった侯爵はその調査に身を乗り出した。
しかし、出自や性別すら分からなかったという。
彼ないし彼女についてアリステリス家は頑なに口を閉ざしている。
『魔法師アリル。ぜひとも会いたいよ。妻が喜んでたんだ』
愛妻家のオルネスティ侯爵の話はさておき。
その後も、魔法師アリルの作品は一日一つのペースで売り出された。
購入者の誰もが口をそろえて言う。
『魔法師アリルは天才だ』と。
もちろん私たちも魔法師アリルの正体が気になった。
侯爵に負けじと調査に当たったが、しかし、一向に尻尾を掴めない。
まぁオルネスティ侯爵がその糸も辿れなかったのだからさもありなん。
だが気になる。余計に気になる。
そこで相談だ。
読者の皆様。彼ないし彼女の情報が分かれば教えてほしい。
何か一つ。出自一つでも分かれば情報を頂きたい。
魔法師アリルこそ、次世代を担うべく生まれた魔法界の新星なのだから!
筆者:ドーマン・ハウル
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魔法新聞の見出し一面は王都中を震撼させた。
かのアリステリス家が認めた才能。
そして辛口で有名なオルネスティ侯爵が手放しで褒めるほどの逸材!
そんな逸材が未だどの派閥にも所属していないというのだ。
宝石の山が野ざらしで放置されているようなものである。
「魔法師アリルの痕跡を探せ! どんなことでもいいから見つけるんだ!」
「アリステリス家に出入りした人間を調べろ。御者でもいい!」
「あんな才能の塊を迎え入れたら我が家は安泰だ! 何としても子供の伴侶に!」
派閥に引き入れたい魔法師、専属職人にしたい商人たち。
貴族としての力を強めたい貴族や、好奇心だけの野次馬達まで。
さまざまな者達が魔法師アリルの正体を探り──何も掴めなかった。
正体不明。
いつしか魔法師アリルにそんなあだ名がついた。
未だに調査を継続する者はいるが、多くはほとんど諦めている。
なにせあのアリステリス家が沈黙を貫いているのだ。
魔法師の正体は語らない。その態度こそが答えだった。
だからこそ、その頑なまでの態度が民衆の野次馬根性を刺激する。
魔法師アリルについて様々な憶測が飛び交った。
「あんなすごいものを作るんだ。さぞ名のある魔法師の弟子に違いない!」
「貴族なのは間違いないね。魔法を学ぶには資金も必要だし」
「魔法師アリルは金持ちだ! アリステリス家と繋がるほどの財力を持ってるんだ!」
貴族、あるいは有力商人の娘だという説。
「魔法師アリルは男だよ。あんな素晴らしいもの女に作れるはずがない」
「あら。あそこまで繊細な魔法陣を描けるのは女性以外にあり得ないわ」
「あれほどの腕を持つんだ。魔法で性別を自由に変えられるはず」
魔法師アリルの出す作品を買おうと風の箒は前日の深夜から大行列が出来た。
しかし、売り出されるのは一つだけ。時には魔法師アリルの商品を巡って争いになることもあり、近隣住民の苦情が相次いだ。終いには騎士団が出動する事態になってしまい、女王の耳にも入ったとかなんとか。
そうして風の箒に行政命令が下され、魔法師アリルの作品はオークションに懸けられることになった。謎が謎を呼ぶ正体不明の潜在価値は天文学的数字となる。彼ないし彼女が作る作品は、とんでもない高値で売却された。
もはや一つの社会現象だ。
持っていることこそが、一つの権威の証となる。
貴族の誰もがオークションに駆け込み、指を掲げて熱狂に興じた。
その栄光を手にした者は舞踏会を開き、鑑賞会を開いた。
もはや簡単に手に入れることは不可能。
そのプレミア的価値を羨み、平民たちはうわさ話に興じるしかない。
そしてここにも、その栄光を手にした者が一人──
「……………………………………なに、これ」
ナディア・プラトンは魔法師アリルの作品を見て愕然としていた。
何の変哲もない木盤である。
材質も大して珍しくもないスギの木で、安価とすら言える。
だが、その内部に刻まれた魔法陣だけは話が別だ。
「何なのよ、これは!」
円環の中にある二重螺旋。
それは先日、ヴィルヘルム伯爵令息が発表した論文に酷似していた。
いや違う。あの魔法陣の──発展形とも言える形。
未だ理論が発表されたばかりの新型魔法陣なのに『螺旋魔法陣』を完璧なまでに再現、さらに発展させた神の所業のごとき芸術品。
「なぜこの理論がこれに使われて」
穴が空くほど魔法陣を見つめるナディア。
魔法師にとって先人が遺した遺産の観察こそ学びの場だ。
じー、と魔法陣を眺め、ハッとした彼女は木盤を手に取り顔を近づける。
魔法師Alilのサインが刻まれた木盤。
それ逆にして読んだとき、記憶の海から会話が浮かび上がる。
『なんだ、ライラ』
『あ、あの。それ、私の』
『何のことだ?』
『だから、魔法陣の……』
そう、ライラ、ライラだ。
あの時、あの夜。
エドワードに近付いて来た、ライラという少女。
「ライラ、ライラ……アリル……ライラ……」
口の中で何度の名を転がし、
「──ぁっ!!」
ナディアは慌てて紙を用意して文字を描き殴る。
アリルとライラ。
それを書いた時、彼女は確信を得た。
この二人を逆から読めば──
Alil
↑↓
Lila
「そうか、そういうことだったのね……!」
こうしてはいられない。
一分一秒を惜しむ彼女は侍女に身支度を命じ、執事を呼び出した。
「セバスチャン! セバスチャン! 今すぐ出かけるわ! 竜車を用意なさい!」
「は? ですがお嬢様、今はこんな夜更けで」
「お馬鹿!今よ、今しかないの。男爵家の存亡がかかっていると知りなさい!」
「は、は! 今すぐ支度いたします!」
ナディアは身支度をしながら唇を噛む。
「待ってなさい……ライラ。いいえ、魔法師アリル」
ナディアはその瞳に執念の炎を燃やす。
「あなたには聞きたいことが山ほどあるんだから!」




