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第二十三話 デートの作法

 


「その前にやることがあります、ライラ様」

「ほえ?」


 勢い込んで出発しようとした私にルネさんの待ったがかかった。

 首を傾げて見れば、ルネさんは目をきらりと光らせる。


「まさかデートにその格好で行くつもりじゃありませんよね?」

「……ダメですか?」


 私が今着てるのは平民の服装をちょっと飾り付けたくらいのデザインなんだけども。

 普通に街に歩く分には問題ないと思うんですけども。


「確かに、普通に街を歩く分には問題ありません」


 心を読めるのっ?


「ですがこれはデート。デートには作法がございます。女の戦場ですから」

「大袈裟じゃ」

「何よりわたくしがライラ様にお化粧をしたいです」

「絶対それが本音だ!?」

「それでは行きましょう。さぁ、お早く」

「あぅ……はい……」

「僕たちは竜車を用意して待ってるねー」


 ルネさんに連行されて化粧室へ連れて行かれる私だった。

 そういえば、リュカ様の前でお化粧するのは初めてだっけ。

 私がお化粧しても何も変わらないと思うんだけどな……。







 ◆◇◆◇





 鏡の中に知らない人がいた。

 黒真珠みたいに艶のある髪に蒼薔薇の髪飾りが映えている。エメラルドの瞳はパッチリ開いて、きょとんとしていた。レースをふんだんに使った白いドレスは深窓の令嬢のよう。ふさぁ……窓から入った風が彼女の髪を揺らすと、花のいい香りが漂った。


 私と同じ髪に同じ目をしてる癖に、すごく可愛らしく見える。

 まるで貴族の令嬢みたい……いや、私も一応子爵令嬢なんだけどさ。

 ぺたぺた、と頬を触る。不思議と彼女も同じ動きをした。


「お綺麗ですよ、お嬢様」

「ルネさん……」


 いつも無表情のルネさんがご満悦な顔をしている。

 振り返ると、しゃらん。と髪飾りが揺れた。


 ……やっぱりこれ、私なの?


 鏡の中に居るのだから当然なのだけど、未だに信じられなかった。

 ブサイク、本の虫、クマ女、さまざまな暴言が頭に過ぎる。

 私がどれだけ着飾っても、エドワードは見向きもしなかったっけ……。


「それでは、殿下のところへ参りましょう」


 ルネさんと一緒に一階へ降りる。

 普段着ないようなドレスだから、ちょっと歩きづらかった。


「お待たせしました、リュカ様」

「──」


 なぜかその場にいる全員が固まっていた。

 お父様は「カトレア……」とお母さんの名前を呼んで泣いてしまってる。

 みんな大袈裟すぎでしょ……ただお化粧しただけなのに……


「ライラ」


 リュカ様が我に返ったように近づいて来た。

 目の前に立ったリュカ様は大きくて、ちょっと委縮しちゃう。

 え……いきなり膝をついてどうしたの。


「綺麗だよ、僕の女神」

「ぴっ!?」


 リュカ様はスカートを持ち上げて口付けた。

 エメラルドの瞳は息を呑むほど甘い熱情を孕んでいる。


「ライラ・グランデ嬢。あなたの隣を歩くことをお許しくださいますか?」

「め、女神だなんて……普通に歩けばいいじゃないですかっ」

「それは結婚承諾ってこと?」

「耳が腐ってんじゃないですかっ?」

「ふふ。まだまだ腐らせないよ。君の声を聞けなくなるからね」

「~~~~~っ」


 顔が真っ赤になって髪をいじいじしてしまう。

 この人はもっとこう、普通に褒められないのかな。

 ちら、と見て、呟いた。


「変……じゃないですか?」

「女神様かと思った」

「大袈裟な……」

「ほんとなんだけどね」

「……もう」


 まぁいいや。変じゃないなら。

 エドワードみたいに何の興味も持たれないより、全然嬉しいし。


「ほら、早く行きますよ。ランチが私を待ってます」


 そう、今から食べ放題。食べ放題なのである。

 他人のお金で、めいっぱい、遠慮なく。


「早く行きましょう、リュカ様!」


 玄関を出て振り返ると、リュカ様はきょとんとして、ふっと笑った。


「綺麗だね」

「……?」


 私はリュカ様の視線の先を追った。


 確かに、綺麗な景色だ。

 子爵家は丘の上に立っているから村の全貌が丸わかりだ。

 緑豊かで山の向こうから登った太陽の光は、世界をめいっぱい照らしている。


「そうですね、ここの景色、好きです」

「そうじゃないんだけどなぁ」




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