第30話 いっぱいいっぱいです。
『後始末は私に任せて!綺麗サッパリ跡形もなく消すから!今日の女神はいつも以上に素敵だった!』
もう私を名前で呼ぶことをせずに気絶している2人をルフトと一緒に引きずり、シーナはとびっきりの笑顔で去っていった。
シーナのことだから浮かせて運ぶなんて簡単に出来るんだろうからこれはわざと引きずってるな。
「……帰ろ」
悲しさもあるけど、シーナで全部吹っ飛んだ。これは感謝なのかな……。
「お姉様……もう、大丈夫ですか?」
泣き止んだミーシャは、まだ私に抱きついている。悪い気はしないからいいんだけどさ。
「大丈夫。ありがとう」
でも大丈夫じゃないんだろうな。
今まで周りを見てなかったから気がつかなかったけど、ほら。私たちの周りに人だかりができる。耳をすませばヒソヒソと話す声が聞こえてしまう。
少し前に私の手を離していたノアは、周囲に目を配りながら厳しい顔をしていた。
「ノア」
「……ローズ。早めにこの街を出た方が良いかもしれません。この街に今、ルス教の大司教が信者を大量に連れて滞在しているようです。もし彼らがやって来れば面倒なことになる。ルス教は信者数が多い。見られる前に移動しましょう」
ルス教は、光の神であるルス神を崇める宗教だ。この世界では宗教は信じる人のみが信じるだけで、無宗教の人も多い。けれどそこそこの信者がいるのがこのルス教。
その大司教がいるらしい。
大司教とか言われてもわかんないや。とりあえず偉い人だよね。
「わかった。……ミーシャ。今日は本当にありがとう。楽しかったし、嬉しかった。またいつか会えれば」
「はい……はい!私も、楽しかったです!お姉様と出会えて良かったです!絶対に、また会いましょうね!」
大丈夫かな、“闇属性”の魔法を使う私がミーシャにこんなこと言って。ミーシャの立場が悪くなったりしない?
「行きますよ」
◼️◼️
辛かった。
ナラルさんが既に荷物を持って宿の外にいて、さあ行こうとした時に宿のおばさんが出てきて『この悪魔っ!お前のせいでもうここは潰すしかないよ!』って言って水をかけてきて。
できるだけ人目のない所を行ったんだけど、すでに噂は広がってるみたいで道行く人が怯えたような感じで大きく離れて行ったり、遠くから罵ってきたり。
街の門を出る時も大変だった。
他の人は何もなく行くのに、私たちだけ止められて。『青のワンピースを着た銀髪の女は止めるように言われている』って。
まあ聞いた途端にノアに抱えられて走って逃げたんだけど。私1人抱えてるのに早くって。追いかけてきた兵を撒くのはあっという間だったんだけど、撒いた後もしばらく走ってたから後ろから着いてきてたナラルさんがキツそうな声で『ノアっ、まっ、ちょ……』って言ってて。私はそれよりノアに抱えられているという事実でいっぱいいっぱいだったんだけど。
大変だったのはナラルさんと私の心の中だけか。
そして今。
休まず移動を続けて、真夜中。まだ歩いてます。
なんか、ルス教って闇属性の魔法の使い手に対する執着がすごいんだって。だからできるだけあの街から離れたいって。
そんなでミーシャ、本当に大丈夫なのかな。何かされてないといいけど……。
「……おや。ええ、大丈夫そうです。ここでとりあえず休みましょうか」
少しひらけた場所に出た時。ノアが立ち止まりそんなことを言った。
「ああ。そうだな。大丈夫そうだ」
どんな基準で大丈夫なんだろうか。
荷物を置いて、【収納】の中に入れておいた木の枝を取り出す。山みたいに置けばナラルさんが火をつける。
もう、いっぱいいっぱいの1日だった。服から始まって。
「何かあるといけない。今日は僕が結界を張るのでローズはしないでください」
いつもは私がしてる。土属性はそういうのが苦手らしくて。大丈夫かな?
心配は杞憂に終わり、普通にノアは戻ってきた。あんなことがあって結界無しなんて絶対ないだろうし、ノアが自分から言ってしないなんてありえないからちゃんとできたんだろうな。
寝る前にこのワンピース着替えたい。せっかくミーシャから貰った服だもん、大事にしたいけど……もう着られないかな?
「ローズ、シンくんに連絡しなくて大丈夫か?」
「忘れてた……」
すっかり忘れてた。今まで忘れたことなんてないのに。それほど今日の出来事が濃すぎたっけことかな。
ていうかこんな遅くにして大丈夫かな。兄さんだって仕事あるんだし、もう寝てるかも。
「結構遅い時間だから明日にする」
「確かにそうだな。ローズが大丈夫なら朝にでもすればいい」
この時私は特に何も考えずナラルさんの言葉に頷いていた。これでルス教全体を巻き込んだ大変なことになるとは知らず……。




