第28話 やっぱりおかしいよね、シーナって。
やった!
『駄目だ、絶対駄目。あんな奴にローズを預けられない。なんで父さんと母さんは止めなかったんだよ……。俺は反対だからな!ユーラ!俺明日休む!今から村に帰るわ!伝えといてくれ!ローズ、今行くから。考え直せ。わかったな?』
「ちょっと待って、お願い、大丈夫だから。ノアは旅慣れてるし私前から旅したいって思ってたの」
兄さんが戻ってきたら大変なことになりそう。
『前から……?え、だからいきなり書庫に通い出したのか?あの時魔物にふらふら近寄ったのももしかしてそれが理由……なの、か……?』
その通り……ですね。魔物はただ魔法を試したかったんだけど、普通旅してて魔物見かけたら逃げるよね。向かって行くわけないか。
でも書庫に行ってたおかげでたくさん魔法を使えるようになったし。世界のことも少しはわかったんだよ?
「そう……かな。私、この世界を見たいの。自分の目で見て回りたい。この村の中だけじゃなくて、色んな人とも話してみたい。言葉は通じないかもしれないけど、たくさんのことを経験したい」
『ローズ……。制限するつもりは、ないんだ。でも……少し、考えさせてくれ。村を出るのは、その後にしてくれ。家族として、兄として。ローズのことが心配だから』
家族として、兄として。
こんなに嬉しい言葉はない。私が“ローズ”のまま何も変化なく過ごしていれば一生聞くことなく終わっていた言葉。
“ローズ”が悪いわけじゃない。
“ローズ”は正しいことをしていた。“ヒロイン”を魔法で傷つけたのは良くなかったけど、地球でだって男に浮気されたらとんでもない報復する人いるし、“ローズ”だって傷ついていた。
この世界の“ローズ”はまだ魔法を使って“ヒロイン”に害を与えていない。
だから兄さんは、兄さんのまま。
大丈夫、“ローズ”は幸せになる。
「わかった。本当に本当に反対なら、私がちゃんと村の外でもやっていけるって見せるから。兄さんを安心させてみせる」
私の言葉に兄さんは笑うと、通信を切った。
●●
「あれ?帰るんじゃないの?」
「やめた」
「へぇ。いつも理由付けて帰りたがるくせに、帰らないの?妹さんでしょ?」
「……ローズが村を出て旅したいって言うんだ。村に来てた旅人が2人いてさ、親子なんだけど」
「うん」
「その親子に誘われて、旅するって言って。心配なんだ、村を出るなんて。……俺、重いかな。嫌われてないかな。ローズを縛ってたいわけじゃないんだ。ローズが自分から何かしたい、って言うならやらせたい。それが1人じゃ厳しいことなら手伝いたい。でも、いざ俺の手を離れるってなるとなんだか……それが他の男ってのももっとなんかさ……」
「よくわかんないけどさ、シンに連絡してきたんでしょ?いい?って聞きに連絡したんでしょ?なら嫌われてなくない?嫌いなら連絡せずに勝手に行くでしょ。僕みたいにさ。あーあ、僕にも可愛い妹いたらなぁ」
「そっか。そうだよな!……でもローズが出て行くのは変わらなくて……はぁ。心配だ……」
「幸せだね、妹さんは」
「……一回帰ってみたらどうなんだ?歓迎されるかもしれないだろ」
「あはは、歓迎されるのは僕が金づるになるからだよ。邪魔者扱いしかされてないのに、今更帰ったってねぇ。僕は今シンたちといて幸せだよ。これを壊したくないんだ」
「そう、か」
●●
次の日。
復活したノアと私は、あの黒くなった木の下で旅に必要なものの最終確認をしていた。決めた日から【収納】を使って必要なものを片っ端から突っ込んでたんだけど、何か足りなかったら大変だし。入れすぎて家の中じゃ全部出せないから外に来たんだよね。ちゃんと下に布引いてるから大丈夫。
【収納】は、ついにブラックボックスと化した。どれだけ入れてもなんでも入っていく。その分魔力が使われている感はあるんだけど、微々たるものだ。私の魔力量、だいぶ多いみたいだから大したことない。いつか中に入ってみたい。
「便利ですねぇ、収納。どのくらい入るんですか?」
「大抵のものならなんでも」
「食料とかもですか?腐りません?」
腐らないなぁ。この前、2週間前くらいに生卵を入れてたのを慌てて思い出して取り出したんだけどなんともなかった。食べた。普通に美味しかった。なんで私、卵入れたんだろう?3つも入ってた。
取り出すのは簡単。中に入れてるものはなんとなくわかるんだよね。頭に浮かぶっていうか。何がほしい!って思えばすぐに出てくる。ほんっと便利。
「大丈夫。生卵2週間保った。……保存食でも入れる?」
「2週間。中は時間が止まっているんですか……?どうせなら保存食ではなく、保たない物を入れてください。保存食って、飽きるんですよ。固くって味が濃くて。覚えてる?まあだから保存食なんですけどね。食べ物はいくらあっても困りませんよ」
一回食べさせてもらったけど、ほんと固かった。たくさん噛むとお腹いっぱいになるよね。すごい噛んだ。噛むと味がどんどんして……確かにあれずっと食べてたら飽きるね。
「わかった。母さんに頼んどく」
作り置きなんて普通しないし、食料がそんなに余るなんてあり得ないけど、少しくらいならいけるはず。今日出発するわけじゃないんだ。ちょっとずつ作って溜めていけばいい。兄さんからの返事もまだだしね。
母さんで思い出したんだけど、一回ノアとノアのお父さんを呼んできなさい、って言われてるんだよね。親同士で話したことはあるみたいだけど、旅に着いていくって決まってからはちゃんと話してなくて。
「ねぇ」
「なんでしょう?」
いい顔で私を真っ直ぐに見るノア。これからずっと見ていく顔なのか……耐えられるかな。
「母さんが、空いてる時にでもノアとノアのお父さん呼んできなさい、って言ってたのを思い出した」
「ああ、確かに一度こちらからも話さないといけませんよね。何も無しに行くのは非常識だ」
「そうそう、非常識!ローズちゃんを誑かして連れ去るなんて非常識!」
「なんでいるの……」
いつものように突然現れたのはシーナ。……暇なのかな。
「ローズちゃん、考え直そ。こいつについて行ったらダメ。危ない。ね、やめよう?」
シーナより危なくないと思う。ていうかシーナ、ノアのこと目の敵にしすぎじゃない?推しだからちょっと悪く言われるのは……。
「君にそれを言われる筋合いは無いよ。旅が危ないのはわかりきっているし、もしそれで死ぬのなら自分のせい」
「死ぬっ!?やだ!絶対死ぬなんて嫌!死んだらダメっ!」
「いや……死ぬ気は無いけど……」
詰め寄るシーナの迫力がすごい。なんだこれ、いつもただおかしい女の子の迫力じゃないよ。
私とシーナの身長差はほぼない。私の方が少しだけ高いかな。それで触れ合うほどの距離。もう少しで顔と顔が────。
「やっ、わっ、ごめっ、ごめんなさい!私、私ったらローズ様にこんなっ、こんな距離に!申し訳ございません!」
近すぎる距離に気がついたシーナが顔を真っ赤にして勢い良く私から離れて土下座した。……シーナってよくわからないけど純粋なのかな。いや、あり得ない。男の扱いを心得てた。だからアレクは落ちた。
でもこれはなんだ。ていうかローズ“様”って何。
「いや……気にしてない。……あの、立ってくれないかな」
「ああ!心が本当に広くてお優しいお方!ですがこのままでは私が私を許せないので!…………はっ。やだ、私何口走ってるの……え、ろ、ローズちゃん。これは、えーっと……あの。その。違くて。いや違わなくて」
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