銀騎士はシスコン
前回の続きです
「やあ、君か」
「お久しぶりですわ。最近お元気が無さそうで皆さま心配なさってますわよ?【光の騎士】シン様」
彼女たちが消えた後、ゆっくりと彼の側に近寄ればすぐに私に気がついた。彼女たちに向けていた笑顔のままだ。
【光の騎士】。この名は彼の二つ名みたいなもの。光属性の魔法を使う騎士だからという理由で付いたものだったけれど、今ではその実力、見た目、立場全てを含んだものとなっているわね。
彼は聞くたびに顔を顰めるのだけど。面白いわ。
「あはは、【氷鉄の魔女】様に心配されるとは光栄ですね」
む。やられたわ。【氷鉄の魔女】は私の呼び名よ。悪口ね。酷いと思わない?氷のような態度、鉄のような硬い心で魔女のように不可思議な魔法を使うから、ですって。
何よ、他人に対して冷たい態度になっているのは自覚しているわ。魔女のような魔法、っていうのもね。闇と光の複数属性というのがバレないように大変なのよ。だから2つを上手く混ぜ合わせてよくわからないものにしているの。知らない人が見ればよくわからなくてそう思うのも仕方ないわよね。
でも鉄の心って何?私何かした?私のハートはガラスよ、すぐに割れてしまうわ。
酷すぎる。
「……心配しなくて良かったようですわね。何かあるのなら話くらい聞こうと思ったのに」
嫌な顔をしながら私がそう言えば、目の前の騎士は笑顔を曇らせて視線を下げる。少し躊躇う雰囲気の後、話し始めた。
「心配、なんだ。ローズが」
ローズ。やっぱりそうよね。妹さんが心配で。
え?妹さんが心配?ヒロインじゃなく?ああ妹さんがヒロインに変なことをしないか心配、ということね。よくわかったわ。
「そうなの。シン様に妹さんがいるなんて始めて知りましたわ。でもどうして?今まで話にも上がらないような距離間だったのですわよね?」
「今までは気にもしなかった。ただの妹だと。家族として大切だった。でもそれだけだ。……今は、違う。妹で家族だから大切。それは変わらない。でも、今までより一層愛おしくて離れてるだけで辛い。今すぐに会いたい。1日1回は……いや、ずっと一緒にいたい。ローズの笑顔が見たい。ローズの声が聞きたい。声は聞けるか。ローズを貴女に紹介したいな。かわいさにやられる。ああ、思い出すだけでローズに会いたくなってきた。自分からは我慢しようと思っていたけど連絡しよう。もう我慢できない。早く会いたい。まだ小さいんだ、俺の腕の中にすっぽり収まるんだ。抱きしめたい。ああ……会いたい。こんな会えないのが辛いなんて思わなかった。でも成人したらローズから会いに来るって約束したんだ。それまでは俺はここにいないといけないんだ。後1年。後1年だぞ?無理だ、長すぎる。拷問だ。いや試練だ。俺が我慢しないと……無理。会いたい」
…………は?
え?
なん、て……?
「……えぇーっと?妹さん、ですわよね?ローズさん。妹さんに会えなくて辛い、心配だ、と?妹さんが大丈夫なのか心配なのですか?」
「ああ。近くに良くないのが3人もいるから。ローズを捨てた男に、自業自得だけどローズに色々言われてきたのに近寄る女。なぜかローズに構う男。大丈夫だろうか……。アレクには言い聞かせたから問題無いと思うがあの女……なんでローズに近づくんだ?悪意が無さそうなのが余計に不思議だ。害は与えないだろうな。あんな良くできた髪飾りをあげるのにそれはない。一番危険なのはノアだな。あいつはなんだ。何がしたい。……待てよ、ローズを連れて行くつもりじゃないだろうな……許さない、ローズは連れて行かせない。ローズと旅するのは俺だ。あいつじゃない。…………いや、ローズがあいつと旅したいって言ったらどうしよう……。自主性は尊重したい。ローズの好きなことをやらせたい。でもあいつは気に入らない。……あいつのこと別に嫌いじゃ無さそうだったしな……どうすればいいんだ……」
ほとんど独り言のその言葉を私は絶句しながら聞いた。
どういうこと?ヒロインはどうなっているの。ストーリーが完璧に破綻しているわ。
なぜこの騎士は重度のシスコンになっているのかしら。何がどうなったらこうなるの。ヒロインが駄目なものでもこんなことにはなってないわ。
ああ、現地で見たい。悪役として出てくるのにローズという女の子はかっこよかったのよね。後半でヒロインにしたことは良くないけれど。リアルで見たいわ。
「い、妹さんは幸せですわね。シン様にそんなに思ってもらえて」
「そう思う?ローズがいるだけで俺は幸せなんだ。ローズも幸せなら嬉しい。……んっ!?わっ、ローズ!」
疲れたような笑顔を私に向けたあと、彼は突然懐に手を入れて小さな魔道具を取り出した。薄い箱型で、上の方に黄色の石がはめられている。彼がその石に触れて魔力を流し込むと淡く光り出して声が聞こえてきた。
「ローズ!どうした!」
『兄さん……?』
「そうだ、兄さんだよ。どうしたんだ。何かあったのか?大丈夫か?」
声は女の子の声。わかるわ、聞いたことあるもの。ローズね。でもなぜかしら。とても泣き出しそうな声。
『あの、あのね。これを使ってこんなこと兄さんに言うのは間違ってるってわかってる……。でも、ごめんなさい、助けて、ノアが私のせいで……っ!私、私っ!』
ローズってこんな弱さを出すような声出してたかしら。それにごめんなさいなんて絶対言わないわね、ゲームのローズなら。それに話し方もなんだか違う気がするわ。
……このローズは転生者なのかもしれないわ。だからシスコンの兄が誕生して、ローズに贈り物をするヒロインが生まれる。
「ノア……?あいつがどうしたんだ」
『ノアがっ!私を庇って、足がおかしくなって!意識が無いのっ!私が木を魔力で切ってたから木がおかしくなって……!木が黒くなって動いてノアが……兄さん、どうしよう、ノアが、ノアが私のせいで……!』
ほんと今にも泣きそう。
魔力に、黒くなった木、ね。なんとなくわかるわ。私もやったことあるもの。闇魔法の試しがてら家の庭に生えてた雑草を刈ってたら草がおかしくなったのよね。真っ黒になって動いたのよ。調べる前に使用人がやってきて『申し訳ございません!今すぐ刈らせます!なのでおやめくださいませ!』なんて怒られてしまったから調べられなかったのだけど。
おそらくノアには闇魔法が当たったのね。
彼もそれがわかったらしく、渋い顔をしながら大丈夫、夜に行くからそれまで待ってろと答え通信を切った。便利な魔道具ね、それ。電話みたい。私でも作れそうだわ。後で作り方教えてもらいましょう。
……夜に、行く?
「今から出ても夜には着かないのでは?」
「ああ、大丈夫だ。よしっ、午後もがんばるぞ!夜にはローズに会えるんだからな!」
待って、もしかして彼、転移魔法を使う気なの?というか、設置してしまっているの?下手したら反逆罪で捕らえられるわよ?光魔法の使い手だから死刑にはならないでしょうけど平民だし、隷属魔法をかけられて自我も何もかも制限されてお終いよ。その魔法の才だけいいように無理矢理使われるの。最悪の人生ね。
バレたらどうするつもりなのかしら。
それを聞く前に麗しの銀騎士はじゃあまたと言うと輝く笑顔で私の前から去っていった。
……まあ、面白いことに変わりはないわね。
ここまで変化しているものは初めて。攻略対象がシスコンだなんて。ヒロインも普通じゃないわね。会ってみたいわ。
村は気になるけれど、乙女ゲームの恋愛模様はこの世界どこでも繰り広げられているのだし。遠いのだから仕方ないわね。彼の雰囲気でどんな具合か察することにしましょう。
ああ本当にこの世界、退屈しなくて楽しいわ。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマもありがとうございます!




