奇跡の体現者
『だ、だから──には会いたくな──だ!────しとけよ!』
『はいはい、じゃーね』
『ほんと────ないし、理解ができん。言語が───なんてあり得ない』
『言語、ね。最近遊んじゃったからだと思うなぁ。もういいからさっさと消えてよ』
気配のある方へと手を振ればそれはすぐに気配を消し、この場にはボクと、ここに居れるはずのない人間のみが残った。
“椅子”を模したものに座らせて待機させていた彼は、未だ状況を飲み込めないらしくキョトンとした顔でボクを見ている。
「今のは、あなたたちの言語……のようなものですか?全く理解ができなくて。音……があったのは確かなんですが……」
『理解しようと……ああ』
そのままノアくんに話しかけてしまった。理解できない音を向けられたノアくんの表情は、キョトンとしたまま変わらない。
言葉の切り替えって大変なんだよね。
特に最近はボクの世界の言葉と、神たちの言葉とも言えない意思疎通の手段を交互に使っているから、どっちがどっちだかわからなくなる。
神たちとの交流なんてほとんどしないから、少し自分の世界で遊んで言葉に慣れて仕舞えば本来の言語を理解できなくなる。だからさっき来ていたどこだかわからない世界の神の言葉が一部ボクには理解できなくて、おそらくボク自身話していると認識している言葉がごちゃ混ぜなんだろう。そのために相手にも同じように言葉を理解してもらえなかった。
地球のと遊ぶときは別だけどね。
アレは、ボクをボクとしてきちんと立たせてくれた存在だ。他の何とも違う、言うなれば“絆”のようなものができている。だから何を言おうと相手の言いたいことは理解できるし、相手にも伝わってくれる。
「理解しようとしない方がいい。コチラはボクの管理が行き届かない、システムの外……じゃなくてわかるので言うと……そうだね、ボクの領土の外だから。頭がおかしくなっても直せなくなっちゃうかも」
「え」
そう伝えれば、顔を顰めて頭を振るノアくん。
今はまとめておらず、顔の横に落ちる長く青い髪が頭につられてサラサラと揺れている。うん、いいね。きちんと手入れされた長い髪は不潔感もなく綺麗だ。ノアくんはがっちりした体型でもないし、今のろくに動けない状況で少し痩せたみたいだ。だから余計に長い髪が似合う。
今ここにどうして彼がいるかと言えば、答えは簡単。ボクの管理できる権限で彼の身体の時間を戻し、元に直してあげようかなと思って……というのは建前で、本音を言うとボクの記憶のカケラの回収が目的。
人間の生の、ほんの僅かな時とはいえボクではないところにボクの記憶があるのはあまり良い気分がしない上に、ボクはいつ足を掬われるかわからないのだから、心配の種は芽吹く前にきちんと拾っておくに限る。
まぁやった事ないから失敗しちゃうかもだけど。そのまま記憶だけを抜き取るんじゃなくてわざわざ時間を戻すのは、もうシンくんが治療を進めたおかげでノアくんの、“現状が最善の状態”と固定化決定されちゃったから。ボクでも弄りようがないんだよね、こうなると。
そうしてってシンくんに言ったのはボクだ。確かにあの時はそれが最善だった。でも状況は刻一刻と変化していく。
「さーてと。どうするかなぁ、意識があって平気なのかどうなのか……とりあえずやってみよう!」
現状をうまく理解できていないノアくんの手を握り、安心させるように笑顔を作り笑いかける。うん、なかなか良い感じに作れたかな?
「管理オプション。……いや」
時間の操作はわからない。他の神だと普通に扱っているらしいけど、ボクにはわからない。理解できない。できるということしかわからない。この世界にも時間の魔法は入れられていない。だってわからないから。
唯一できるのは、止めることだけ。ごく一部の経過をそのまま保存することしかできない。
今できないことをシステムで実行できるかわからない。できたとして、その後原理が理解できなければ何かあった時に対処することもできないだろう。
「だったら……」
“以前”のように。強く想像するしかない。願えば叶う、じゃないけれど。それなら何かある、なんて心配も無くなるし、これが実行できたのなら何かあってもまた同じようにできるはず。
いくつもの奇跡を起こし、ここまでやってきて。
長い時を過ごす内に忘れてしまっていたけどボクは、有り得ないことを経験して、有り得ない位置で今存在している。
「今までできたのだから、今できないなんて事はないよね?ボクは、人間の身から神にまでなったんだ。ボク自体が奇跡だ」
奇跡が奇跡を起こせないはずがない。
「────記憶の、回収を始めよう」
◼️◼️
「……あれ?」
いつ寝たのだったか、僕は部屋のベッドで目を覚ました。寝る前の記憶がない。何をしていたんだったっけ……。
窓から刺す明かりで現在の時刻がすでに昼近くであろうことが想像できた。
慌てて飛び起き、シンに整理された服たちの中から適当に手に取り、着替える。多分大丈夫、おかしいとは言われないはず。
寝過ぎたからか、やけに体が軽い。気分も良い。
最近は足に掛けられたシンの呪いに懲りて、ずーっとだらだらしていたからかな。動いても足は痛まない。
とりあえず顔を洗おうと、部屋から出る。
「お。珍しく寝坊した…………」
第一遭遇者は休みだったらしいシン。僕を見るなり上から下まで視線を送り、言葉を途中で切ると部屋の中に押し戻された。
「なっ、何ですか!変じゃないはずです!残ったものしか着てないんですから!」
「上か下脱げ。上下お揃いの色はな、確かにおかしくない時もある。でもな、今のそれはダメだ。おかしい。……おかしい。何で俺はお前にこんなこと……い、いやとにかく。それ変えろ」
僕よりか遥かに服についてわかっているシンが言うのだからそうなんだろう。黙ってシャツを脱ぎ、シンが渡してきた代わりのシャツを着る。
「鏡だ。この部屋鏡置いた方がいいな。お前金まだあるだろ。全身映るやつ買ってこい。足りなかったら言え。残り出すから」
「そんな全財産使いそうなもの買えるわけ無いじゃないですか。今の状態じゃ稼ぐ手段だって反対されるからほとんど無いのに……」
「……それもそうだな。でもお前剣がどうのこうの言ってただろ?魔法をあまり使わないくらいならあれは……ん?……お前……うん?」
急にシンが僕を凝視したかと思うと顔に手を伸ばしてきた。何が何だかわからない僕は後退りして離れようとするも近くにあった椅子に足が当たり座り込んでしまう。
「な、何ですか。気味が悪いです」
「俺だって普段ならこんなことしたくねーよ。お前いつ治ったんだ?何も無かったみたいに絡まりが解けて……光も、消えてるし」
「……え?」
治った?
僕が?僕の身体が?
シンは椅子に座ったままの僕の身体をペタペタと触り、魔力を流し、何やら調べている。
「うーん……治ってんな。おかしなとこも何もないし……ま、俺が確認して治ってるって事は事実だし、もう面倒見る必要ないって事か。お、それに土だけに属性が戻ってるわけだし、依頼も受けられるな。金、稼げるな。鏡買え。いいな?」
「は、はい」
強い言葉に押され、思わずそう返事をしてしまう。シンはそれを聞くと満足したように部屋から出て行った。
「なおっ……た……?」
そういえば確かに体の調子はいい。今まで悪かったわけではないけれど、やけに今日は体調が優れている気がする。
治った。ぐちゃぐちゃに弄られ、自らの力であるはずの魔法でさえ使えず、誰のともわからない記憶が混ざっていたこの身体が。
「やったぁ……なの、か……?」
あまりにも突然すぎて実感がない。つい昨日まで『行動範囲はこの家付近。それ以上は報告する事』とシンに何度も言われ、少しでも破ろうものならすぐにバレて連れ戻されていたと言うのに。
もうそれも守らなくて良い?依頼を受けると言う事は、この家近辺だけでなく王都からさえ離れた場所に行くと言う事。
ああ、本当なのかもしれない。
治ったんだ。僕の身体は。元のように戦え、旅にだって出られる。
だんだんと出てくる嬉しさを実感していると、廊下を走ってくるドタバタという音が聞こえ、勢いよく部屋の扉が開きシンが戻ってきた。
「だからってローズと一緒なんて許せないからな!俺が行きたいのに!お前はお前1人で依頼受けろよ!ダメだからな!」
前半部分で終わらすつもりが上手くまとまりませんでした。
ブクマや感想ありがとうございます。




