騎士の日常
「……にい、さん、なんで……」
やってしまった、という顔で俺を見つめるローズ。
なんでと聞きたいのは俺だ!なんでこんな危ないところにローズが?なんでその男と仲良く笑顔で話している?なんでその男は笑顔で俺を見ている!
「ローズ、どうしてここに。家にいるんじゃなかったのか。買い物か?ここでは何も買えないぞ。ほら早く出るんだ、こんな危ないところ!」
俺もわかっている。ローズが俺に黙って冒険者として依頼を受けていたのであろうことくらい。
ルアにも言われたのだから、自主性は尊重したい。けれど信じたくない、許せない!という思いが強い。
「わ、私違いますぅ〜!!人違い!」
とりあえずここから出るために、腕を掴んで連れ出そうとしたが、俺の腕はローズを掴むことなく空を切った。なぜなら一瞬でローズの姿は目の前から消えてしまったからだ。影の中へ入り込んだらしい。
人違いだなんて。俺がローズを間違えるはずがないのに何を言ってるんだ。それに自分で兄さんって言っていたじゃないか。
「おいローズ!くそっ」
影の中へ入られたらどうしようもできない。移動されたらどこにいるかわからないし、魔法を使って影に干渉することだってできない。そもそもローズの影に干渉したことないからできるかもわからないしな。
「シン?そろそろ戻って来ようか。君を連れてきた意味が無くなってしまう」
「団長、すみません!俺早退します!」
仕事中で申し訳ないが、ローズの方が大事だ。これくらい許されるはずだ。
一刻も早く探さなければ。
「だ〜め。戻るよ」
許されなかった。
◼️◼️
団長にずっと腕を掴まれ、そこから抜け出すことはできずに用事が終わるまでいることになってしまった。
腕折れるかと思った。治癒魔法かけ続けてなきゃ折れてた。
「よし、じゃあこれで分担は終わりだな。じゃ、解散ってことで。なんかソイツもさっさと終わらせたいって顔してるしな」
「ごめん、女の人に逃げられてしまったようで。もしくは男?恋愛も良いけど仕事はしてほしいものだね」
「終わりですか?俺行っていいですか?離してもらってもいいですか?」
早く家に帰ってローズがちゃんといるか確かめたい。いるのならまぁよしとしよう。その後で戻ってきてさっきの男の職員には然るべき罰を与える。
いなかったら?考えるだけで恐ろしい。この国ひっくり返してでも見つけて見せる。
「明日もちゃんと来てね。覚えてるよね、」
「わかってますここに最初から来ればいいんですよね早く離してください」
「はいはい。では、お疲れ様」
腕を離されるなり俺は走って組合から出た。ここから家までそう離れていない。俺が走って10分と言った所か。
いや転移しよう。屋根の上に行けば見えるだろうから代償もない。ローズにも怒られない。
思いついたら即実行。
屋根の上まで跳躍し、家の方向を見る。よし、見えた。そのまま家の屋根へ転移。
屋根から降りて、家の中へ入る。
「ローズ!ローズはいるか!?」
「おや、シンくん。今日は早かったね。ローズなら部屋に────」
「ありがとうございます!」
部屋か。
すぐにローズの使っている部屋まで行き、ドアをノックする。少しの間の後、中から返事があり、ドアが開く。
「誰?うわっ、兄さん!?」
「うわってなんだうわって。でも良かった、国ひっくり返す(物理)とこだったよ……」
家にいた。ならよしにしよう。さっきそう決めたからな。
どこか引いた顔のローズの頭を撫で、撫で、撫で、しっかり堪能してから手を離す。よし、満足だ。
着替えよう。
「……へっ?えっ、終わり……?」
「ん?もっと撫でて欲しいのか?俺はいつでもどこでもどんなでも撫でてやるからな!でもちょっと待て、先に着替えてくるから」
「あっ、ちがっ」
ローズが騎士服で撫でて欲しいというのならこのままにするけど、隣の部屋に入る俺を止める様子はない。別にそういった要望はないらしい。
それにしても珍しいな、ローズからおねだりなんて。俺嬉しい。ものすごく嬉しい。
そうだ体洗ってからにすべきか?俺汗臭くないか?兄さん臭い!やだ!なんて言われたら立ち直れないからな。でもあまり時間かけるのもあれだし、汚れ浄化するだけにしとこう。
ついでに騎士服もやっておこう。動くし、訓練もこのままだから匂ってたら辛い。男だらけで気にしてなかったけど、ローズいるからな。他のやつの匂いも気にしとこう。
家が臭くて帰りたくないとか思われてたら……もしかしてそれで暇を潰すために依頼受けてたのか?
いや掃除はしてるし、ていうかノアが結構そういうの気にするらしく前よりなんか家の中明るいし、そんなことは無いはずなんだけどな……。ノアも男だし、気になってない匂いがあるかもしれない。
たまにシーナを呼ばないとダメだなこれは。いやアイツはうるさいし大雑把っぽいからミーシャかな。いいや、家の匂い浄化すれば済む話か。
脱いだ騎士服をシワにならないようかけ、着替えて部屋から出る。
ローズは部屋の戸を開けたさっきの状態のまま固まっていた。
「ローズ、家臭いか?」
「……はっ。えっ?いや、そんなことないけど……」
「気を使わなくていいんだぞ。臭いなら臭いって言ってくれ。浄化する」
臭くないならなんで組合にいたのかわからないしな。
「本当に臭くないよ?」
じゃあなんで組合に行ってたんだ。ただ依頼受けるだけか?もしかして、渡してる小遣いが足りないのか?不満だから自分で稼いで?金なら言ってくれればいくらでも出すのに。
でもローズがそんなに散財するような性格でないのはわかっている。ならなんで。
「そうか?ならいいんだ。さ、おいで〜、とことん甘やかしてやるぞ〜」
「あっ、そ、それは大丈夫!大丈夫だから!」
「遠慮しなくていいんだぞ、ほら」
ローズを抱え、撫でながら持ち上げる。このまま居間まで行こう。あ〜ローズの匂いだ。この腕にすっぽり収まる感じがすごくいい。抱き心地がとてもいい。
「ちょっ、兄さん離して!恥ずかしい!」
「身内しかいないって」
誰に見られるでもないし、ナラルさんとノアくらいしかこの時間はまだいないだろ。
だから恥ずかしがることもない。
俺の背を叩いていたローズだが、俺が離さないとわかったのか少しすると大人しくなり、運ばれるがままになった。
居間までは誰にも会うことなく済み、そのままソファへ座る。ローズを腕の中に収め、首元へ顔を埋めてみる。あ〜、いい。素晴らしい。
「兄さんくすぐったい!離してよ……」
「んー、もうちょっと……もうちょっとだけ…………ん?なんか獣の匂いが……」
びくりとローズの体が揺れる。
うわこれ言ったら駄目なヤツじゃないか!?女の子に獣臭なんて1番駄目なヤツだろ!失敗した!最悪だ、これで嫌われたら……。
「あ、あ、気のせい、気のせいだな!ローズはいい匂いだよ」
「……へ?それはそれで複雑なんだけど……兄さん、怒ってる……?」
うん?怒る?俺が?
ローズに怒ったのって、村で魔物に近づいた時とアルカーナで残って待ってろって言った時くらいじゃないか?後者はほとんど頼みだし。
なんで俺がローズに怒るんだ。
「怒ってないけど……あ」
組合でのことか。俺は村で魔物関係で怒ってるし、同じように怒られると思ってるんだな。
この王都から出るな、とも言い聞かせてるし。
でも組合でのことは、いいってことにするとさっき決めたんだ。王都周辺の魔物は弱いからローズに何かあるってことはないだろうし。
まさかでっかい依頼受けてるとかもないだろうし。魔物の倒し方とか話してたけど、本当に王都近くの弱いヤツだろ。
「お、怒ってる、よね。ごめんなさい、今まで黙ってて……」
「怒ってない。ローズもずっと家にいるのは退屈だろ?今まで旅してたんだし。少しくらいいいよ」
首元を満喫しながら、そう答える。ローズはそれで安心したのか、ふー、と息を吐いた。
そんなに気にしてたのか。
まぁ、まさか俺が組合にいるだなんて思って無かっただろうし、びっくりしただろうな。あの時話してた職員……アイツ……!
「ローズ!」
首元から顔を離し、ローズの顔を真っ正面から見る。
「あの男は誰だ!ずいぶん仲が良さそうだったじゃないか!どういう関係だ!」
「ヴァルツさん?そう!ヴァルツさんね、闇属性の魔法使いなの!だから色々教えてもらってて。あ、これあんまり公にしたら不味いんだけどね。冒険者は実力主義な所あって、しかもここアルカーナからだいぶ離れてるでしょ?闇属性は確かに忌避されるけど、ヴァルツさん信用されてるし、上の方の冒険者は結構知ってるんだ。普通にみんな接してる。なんか不思議な感じ」
色々犯罪臭がするシ(スコ)ンをもう少しだけ見守ってください……。




