ifの夢
続きです
僕が虐められなくなり数日。
いや、僕がこんな状況になって数日。
僕は未だこのおかしな世界にいた。
もしかすると旅をしていた僕は夢で、こちらの僕が本当の僕なのかもしれないという気もしてくる。
「ノアくんっ!今日こそお昼、こっちで食べよ!」
「何度でも言いますが、昼は先約がいるので。何度言われようと答えは同じですよ」
毎日のようにシーナは僕に声を掛けてくる。
今まで何の関心も持たなかった彼女が、何故今になってこんなに声をかけてくるんだろうか。
「アイツまたシーナちゃんの誘い断ってるぜ、可哀想だと思わないのかよ……」
「シーナより優先するってどういうこと?他に女いんの?シーナよりいい女が?」
シーナの周りにいる者たち(男女問わず)は、盲信的に彼女を慕う。こちらが怖くなるほどに、彼女を好いている。
そもそもここで彼女に敵意を向ける者は誰一人としていない。だから、偶然僕の虐められている所へシーナが現れ『やめなよ!』なんて声をかければすぐにその日の虐めは終わるし、それによってシーナが危うい立ち位置になってしまうこともない。シーナはやっぱり優しいね、こんなのも気にかけるなんて!で終わってしまうから。
「ううん、私何とも思ってないよ!ただ、ノアくんとお話ししたかっただけ。お昼に中庭の噴水で他の女の子と食べてたって気にしないもん」
気にしてる口ぶり。
何故そんなことをシーナが気にするんだろう?僕が誰と昼食を食べようが、彼女には関係ない。
だが彼女の信者たちはそうとは思わなかったようだ。
「噴水で女と!?」
「シーナちゃん可哀想!」
「大丈夫?泣かないで、シーナちゃん!」
「その女連れて来いよ!」
「酷い!シーナの誘い断ってそんなことしてるなんて!」
よくわからない。どうして僕の行動をシーナ基準にしなくてはならないのか。
元々の僕の知っているシーナと、このシーナの違いにうんざりしているのだから彼女にはもう関わって欲しく無いのに、彼女は僕に纏わりついてくる。
何が目的だろう。
「……はぁ。僕もう行きますね」
「ノア抑えてろ!今ダイがその女連れて来てるから!」
「そんな事しないで!私、本当に、大丈夫だから……」
「ちょっと!?離してください!」
男子生徒のそんな声と、シーナの暗く沈んだ声に焚き付けられた信者たちが僕を椅子に押さえ付ける。
ローズを、ここに連れてこようとしているらしい。連れて来てどうするんだろう。
ローズが危険な目に合う?
そんなことさせない。ここのローズが僕の知るローズと違うところがあろうと、ここのローズに救われていた僕がいるのは確かだ。
でも人数差がありすぎてこの場から、椅子の上から動けそうにない。
「離して!辞めてと言っているよね!?ねぇ離してくれないかな!何なの!?」
そうこうしている内に、ダイ、であろう男子生徒にローズが連れて……吊られてやってきた。ダイは大柄で、ローズより相当背が高い。だから彼女の両手を掴み高く上げれば、ローズはダイに腕で体を持ち上げられる状態になってしまう。そんな格好でここまでローズを連れてきたらしい。
腕で体重を支えて爪先が辛うじて床に着くその状態が辛いらしく、ローズの顔は苦痛に歪んでいる。そんな状態が辛くないはずがない。
ローズへの心配よりも、そんなことをした男子生徒への怒りが強い自分がいる。
ああ、僕は本当にローズが、“ローズ”という人物が大切なんだ。好き、なんだ。
「ローズを離してください!彼女は関係ないですよね!?」
「ダイ、離してあげて。私のためにしてくれたのは嬉しいんだけど、私本当にそんなこと望んでな、いん、だから……?」
僕の言葉には動く様子を見せなかった男子生徒は、シーナの言葉ですぐに動きローズを掴んでいた腕を離した。正確に言うと落とした。
落とされたローズは床に倒れ込み、腕を摩りながらシーナを強く睨み付ける。
シーナはそのローズを見て不自然に言葉を途切らせ、固まってしまっている。僕からは彼女の表情は見えない。
「君だね。何の用かな。こんなことまでして。……何、その顔。私に何か付いてる?」
「……付いて、ないよ……です。……何でもないです!ごめんなさい!私ったら何てこと……みんなも謝って……!本当に、本当にごめんなさい!ローズさん、ですよね!ローズさん……いえ、ローズ様。本当に失礼しました……怪我は!?あんな風に吊られてて腕大丈夫ですか!あぁもうなんてこと!赤くなってる!本当に、うちのダイが失礼しました……なんとお詫びすれば良いのか……はっ。そうだ、私の腕を折ってお詫びします!ダイ!私の腕を折って!折りなさい!ボッキリね!」
静寂が教室を包んだ。
これは、“シーナ”だった。
僕の知っているシーナに限りなく近い。いや、本人とも言えるんじゃないか?
みんな呆然として、動いているのはシーナだけ。心配そうにローズの赤くなった腕を診ている。僕を抑えていた人たちの力も弱くなっていたから僕は簡単にそこから抜け出し、ローズの元へ近寄ることができた。
「ノア。お昼、食べようか」
「はい。腕は……」
「折れてはいません!はい!お時間取ってしまったこと、誠に申し訳なく思っています!ごゆっくりどうぞ!」
ローズの今日の昼食はつけ麺だった。
それからというもの、シーナはローズへ付き纏いうざがられ、今までの“みんなのヒロインシーナ”は健在だが信者たちの熱はほんのわずかに覚め、その代わりになのかお姉さま護衛隊なんてものが現れ始めた。
お姉さま護衛隊は前から存在していたけれど、密かに行動していたため大きく存在を知られることはなかった、というだけらしい。シーナという害がでてきたから全面的に出ざるを得なかったと。
ローズの周りを固める護衛隊の子たち。後輩の女の子たちが多い。それに対するシーナと信者たち。
「だぁかぁらぁ!お姉さまは貴女の付き纏いにうんざりしているんです!良い加減気が付いて、身を引いてください!」
一番前でそうシーナに言い放ったのはミーシャ。彼女もこの世界に存在していた。
「そんなことない!……ですよね?うん、だって言われてないし!」
シーナはなんと言われようとローズの元へとやってきた。確かにローズの口からシーナを拒絶する言葉はまだ出ていない。
彼女がうざがられているのは誰の目に見ても明らかだし、彼女もそれに気がついているはずだ。
でも、ローズはシーナを嫌っているようには感じない。戸惑ってはいるものの、拒否していないから。
「お姉さまはお優しいので、言えないだけです!なので貴女が察して去るべきだと思います!お姉さまのことを慕うのであれば尚更!」
「そんなこと絶対ない!ていうかあんたたちと私たち、どう違うっていうの!?ローズ様という崇拝対象を同じように崇めてるだけじゃない!」
「違います!貴女のはストーカー。私たちは離れて眺め、愛でているだけ。鑑賞です!崇めてるのではなく、慕っているんです!」
同じでは。鑑賞の方がタチが悪い気がする。
この言い争いを止めるでもなくローズは昼食に持ってきた串焼きを食べているし、僕は居ないものとして扱われているのか完璧に存在を無視されている。
「だったらなんなの!あんたたちだってローズ様に何も言われてないだけで、邪魔って思われてるかもしれないでしょ!考えたらどうなの?」
「私たちは前からずうっとお姉さまを見てました!大体なんなんですか?急にお姉さまの前に現れて!しかも最初はお姉さまを傷つけたっていうじゃないですか!それなのになんで図々しくもお姉さまの前にその顔を晒せるんですか?どんな神経してるんですか?ノアさんをその取り巻きに加えたかったからお姉さまが邪魔だったんですよね?ノアさん連れて消えてください!……いや、でもやっぱりダメです。ノアさんはお姉さまのものですから。貴女には差し上げられません」
僕は誰のものじゃ無いんだけどな。今は。どうするにしろ、彼女たちがいる限り行動には移せない。
僕はローズが好き。それを伝えて、ローズからどう思われているのか知りたい。
「……苦っ」
言い争いの最中、串焼きを食べていたローズがそんな声をわずかに出そうものならすぐ側にいる護衛隊の子たちがすぐさま袋を差し出す。それを普通に受け入れているローズ。
それを疑問に思わない僕。
だいぶこの世界に馴染んでしまっているらしい。
「おーい、どうでも良いけどお前らもう時間だぞ、早く教室戻れー。遅刻は減点だからなー」
「……ちっ、厄介な……この話は後で必ず決着を付けるから!みんな、早く戻ろ?遅刻しちゃうね」
「当たり前です!」
ぞろぞろと戻っていく人たち。最後に残されたのは僕とローズのみだった。
ローズは串焼きの串をまとめて袋にしまっている。
伝えるのなら2人っきりの今、なのかもしれない。
「ローズ」
「何?」
いつもと何も変わらない調子でローズは返事をした。
言ってしまったらこの関係は変わってしまうだろうか?今まで通りには話せなくなるだろうか?
それは嫌だ。嫌、だけれど。伝えずだらだら続ける方が嫌だ。僕だって男だ、これくらい怖じけずにいけ!
「ローズ。僕は、」
「だめ」
はっきりと、言葉にして伝えようとした。けれどそれは伝える相手に止められていて。
僕の唇に触れるのはローズの指先。こちらを向いていなかったはずのローズは、今はしっかりと僕の方を見ている。
「それは、私に対するものではないよね。同じだからってそこは間違わないで。わかってるでしょう。君は、ここの人じゃない。ね、はっきりと伝えて?きちんと言葉にしないと受け取ってもらえないよ。それか誰かに先を越されるかもね。さぁ、起きて────」
◼️◼️
「……ア、……おいノア!……ったく、いつまで寝てるんだよ……。……もしかして、また調子悪くなったのか!?おいおい勘弁してくれ……俺の腕が悪いみたいにいっつも倒れやがって……。だいたい、体が悪いのに魔法使ったり動いたりするから治るものも治んねぇのに……まあ少しくらいは使ってくれないと、どこがダメなのかわかんないけども……それに俺もだいぶ変な魔法コイツに向かってかけてるしな。受け切れるってわかってるから……それが良くないのか!?……いやいや、良いって言ったやつ以外もやるからダメなんだよな、ウンウン。俺のせいじゃない。多分……この前の分離魔法か……?」
ぶつぶつとした声。うるさいなぁ……。
……うん?
「……シン?」
「ようやく起きたか!お前寝過ぎ!起き過ぎ!バランスよくしろ!毎回毎回治療する方のことも考えろ!患者が快くなろうとしてないのにどう治せっていうんだよ!俺、何にも気にせずお前に魔法かけられることしか得してないしな!安静にしろ!」
戻ってきた。
いや、夢から覚めた。長い夢から。
ものすごい夢だった。シーナは変わり過ぎだし、ローズの弁当は変だし。シンはローズ第一ではないし、ミーシャは護衛隊の隊長だったし。
でも、楽しい夢だった。良い夢だった。
「すみません。感謝してます」
本心だ。でもシンはそう思わなかったようで、怒って僕を部屋から追い出した。起きたらさっさとどっか行けよ!と。
「ノア。また何かしたの?外まで声聞こえてた」
追い出されたタイミングでそこを通ったらしいローズが、笑いを堪える顔で僕を見ている。
「また怒らせてしまいました。眠ってしまって……」
僕が悪いのはわかっている。でもシンに対して素直になれないのは治らないし、シンだって僕に同じ態度を取っているのだからそれでおあいこにして欲しい。
それよりも僕はしなくてはいけないことがある。
伝えなくてはいけないことが。
「兄さんもノアにもう少し優しくしてもいいと思うけど、ノアもノアだからなんとも言えないな。あ、ナラルさんが、盾のことで話があるとかなんとか。外でやってるって」
本当にそこを通りかかっただけらしいローズは、それだけ言うとそのまま去ろうとする。
去られたら駄目なんだ。手を伸ばし、ローズの腕を掴み止める。
「ん?なに?なんか付いてた?」
「いえ、ローズ。もっと場面があるのはわかってる、でもこれを逃したらきっと僕はもう言えなくなる」
自覚したから。ローズへのこの気持ちを、しっかりと自覚することができたから。
「……ん?なんの話?」
何もわかっていない顔。もちろん僕だってローズの立場なら、今から言われることなんてわからない。
ちゃんと伝えるんだ。
「ローズ、僕は────────」
「……嫌な予感する。私のいないところで嫌なことが起きている!!」(某狂祖様)
(結果、想いを伝えられたのかは神のみぞ知る)(彼らの今いる場所を考えれば自ずと答えは出てきます)
夢だったので数日過ぎてるのも当然だよね!




