とある街の教会にて
オチも何もない
他人視点。ルス教も関係ない。
あの子は初めから、どこかおかしかった。
初めて会ったのはそう、数人の大人たちに連れられてこの教会にやってきた時。
なんでも両親が亡くなり、親戚もいない、葬儀は近くの家の人たちが協力してくれたおかげで出来たものの、引き取り世話するまでの者はいなかった。そこでこの教会にやってきたという。
この時すでに9つか10くらいの年だった。やってきた時にすでに最年長組の仲間入り。1番上の子で18の子もいたけれど、彼は仕事ができて要領がいいから置いている。いずれこの慈善事業も彼が上に立って教会とは独立していくでしょうね。
あの子の最初の印象は、気の弱くて影の薄いその辺にいそうな子。そのままでいてくれれば良かったのに。
それは全く違うと気がついたのはすぐだった。
同じ立場の子供たちに受け入れられたからなのか、それとも自分の立場を実感したからなのか、日に日に気の弱さは感じられなくなり、生意気で意志の強いあの桃色の瞳で私に反抗するようになっていった。
『何遊んでるのですか!掃除の時間でしょう!?』
『ぜーんぶ終わらせました〜。よって今は自由時間です。よろしいですか?』
『また勉強サボってる!罰として今日の夕飯は……』
『もう理解してるんだけど〜。あ、問題出してもらってもいいですよ?』
気に食わないのは、確かに言われたことは全て完璧に終わらせているし、勉強だって教えたことは理解できている。私がいくら注意しようと、憎たらしい顔で『終わってまーす』『わかってまーす』と返してくる。
細かい指摘さえ全て潰してくるものだから最後の方は私怖くなってしまって。あの子絶対子供じゃなかったもの。子供の面を被った化け物。
それに時々誰もいない所でニマニマしていたのも怖かった。
私はあの子を売った。
18の彼を抜かせば最年長になっていたから。早い所出て行ってもらわないと経営が成り立たなかったの。それにあの子のせいで子供たちがおかしな知恵を付けてしまって悪影響になっていた。
あの子と同じことができるのならどうぞやって頂戴、けれど掃除も勉強もできないのに同じことをされると仕事が増えるの。
何度泣いたことだろう。私が。お願いだからじっとしていてと頼んでも、年下の子たちを連れて街の外へ行ってしまうし、知らぬ間に稼いだお金で食べ物を買ってきて子供たちを餌付けしてしまうし。この子ここにいなくても暮らしていけるでしょう、絶対。
私の薬草を採って来てという最後の言葉への返答は、なぜだが『ありがとうございました』だった。
何がありがとう、なの。何もしていないしむしろ出て行ってくれてありがとう、だった。少し、ほんの少し売ってしまったという負い目はあったが、これまでの迷惑とこれからの子供たちのしつけの手間を考えたらそんな負い目なんて消えてしまった。
「じゃあ、これでお別れですね。いやぁ、寂しくなるなぁ」
「何おかしなことを。すぐそこなんだから会えるでしょう」
それもそうなんですけど、という言葉に私は苦笑し、目の前の彼の頭へ手を乗せる。
随分と背丈も大きくなって、今じゃ私よりも高い。それでもきちんと届いた手に安堵し、ゆっくりと撫でていく。
今日、この慈善事業は彼に引き継がれ場所を変え、今までは貴族からの支援だったものが国からの支援に代わり、新しい体制で始まる。
「いつもシスターの怒った声が聴こえる場所から離れるんですよ、それが無くなっただけでも充分寂しいよ」
体を屈めながら本当にそう思っていそうな声で彼は言った。全く、いくつになっても子供なんだから。
「いつもは怒っていません。そんな理由ならよっぽど居なくなってくれてスッキリだわ」
新しい場所は、ここよりも街の中の方にあるから安全だし、何より広く大きな建物を国が用意した。だからみんないい暮らしができるでしょう。
ちら、と心に影を見せるのは売ってしまったあの子のこと。今頃どうしているのやら。悪くて死んでいるだろうけど、まさか、そんなはずはないと思いたい。だってあの人攫いたちは質の良い奴隷を売るからと言って貴族からの評判が良い。いい主人に買われていればいいけれど。負い目とは違う感情が浮かんでくる。
まあ売ってしまった自分がこんな心配をするのはおかしなこと。あの子には散々な目に合わされてきたんだから。
「うん……また、すぐに会いに来ます、シスター。さぁ、みんな準備は終わっているかな。行きましょう。見送ってくれますよね?」
「もちろん」
彼に手を引かれ、教会の外に出る。
「きたー、レンにぃ!シスターも!」
「お待たせ。みんな揃ってる?」
「うん!」
教会の外には、背に小さな荷物を背負った子供たちが揃って並んでいた。
みんな笑顔でこちらを見ている。
「……あの子も」
どこかで笑えているのかしら。
どうして売るなんてことをしてしまったのか、今考えてもわからない。あんまり酷いから、それに対抗するような気持ちになっていた……にしてもやり過ぎだったと思う。
それにあの子の最後の言葉。『ありがとうございました』って。まるでその後起こることを知っていたかのよう。最後まで子供らしさはなかった。
「大丈夫ですよ。ここだけの話、あの人攫いのアジトはあの後すぐに壊滅してるんですよ。ちょうど彼女……シーナを行かせたすぐ後。あの子のことですし、絶対どこかで呑気に暮らしてますよ」
子供たちには聞こえない大きさの声で彼が伝えてくる。
「本当なの?」
「ええ、見に行きましたから」
そうなら確かにどこかで生きているんでしょう。
心配損かしら。
「さぁ、みんな最後にシスターにご挨拶をしよう。できるかな?」
「「はーい!」」
元気な声が響く。この声たちともさよならね。長年聴いて来たものが無くなるのはあまり実感がない。
「シスター、
「「ありがとうございました!!」」




