第19話 私がしてしまったこと。
「やだ、なんでこうなるの……こんなのルートに無かったのに!なんで!なんでこう余計なことするの!あんた悪役だからってしていいことと悪いことがあるのに!ローズちゃんのお兄さん行っちゃったのにどうすんのよ!」
ルート。悪役。この言葉はノアに向けられたもの。どういうこと?
「……ノア?ねえ、ノア?」
シーナの反応から、ノアに良くないことが起こっているとはわかっていた。でも上に乗っかられた状態だからノアの顔は見れない。
私を抱きしめたまま離さないノアの腕の中からどうにか抜け出し、状況を把握する。
ノアの下半身があの木と同じように黒く変化している。黒いモヤが足を覆ってて。
「……え?」
木は成長を止めている。禍々しい雰囲気のまま、その場に鎮座する。その下でノアはぐったりと横たわって。
よくない、これは危ない、ってことはわかる。
「何……どうなって。待って、私が?私のせい?」
ノアは動かない。このままずっと動かないんじゎないか、って気がしてくる。
「ローズちゃんのせいじゃない。ね、とりあえずこいつが泊まってるとこに連れて行こう?それからどうなってるのか考えないと」
恐る恐るノアに触れる。
脈はある。息もしてる。でも意識はない。
「……うん」
「いいかな。私が魔法で運んでも」
私が頷くとシーナはさっきのと同じ魔法でノアの体を浮かせた。
●●
「で、なんか黒い塊が木から空に向かって行ったからめが……ローズちゃんじゃないかな、って思って来たの。そしたら木が黒くなって動いて、2人が落ちてくるのが見えて。慌てて魔法を使って浮かせたんだ。最近使えるようになった魔法だからちゃんとできるか心配だったけど、ローズちゃんの危機だし出来なきゃしん……おっと違う出来なきゃまずいからね。……よくよく思い出せばこいつに木が食い付いてた気がしないでもない。ローズちゃんが無事で良かった」
ノアを運び、1回家に行って兄さんに連絡した後。
シーナにどうしてあのタイミングで来ることができたのか聞いたらこう返ってきた。
ノアの意識は戻らない。モヤがだんだん広がってる気がするし……どうしよう、どうすればいい?
兄さんに連絡したら、『嫌だけどローズのためだからな。ローズを泣かせるわけにはいかない』って言って今日の夜に転移ですぐに来てくれることになった。悪いことしてるな、って自覚はある。
「ローズちゃん。大丈夫、ちゃんとついてるからね、私」
シーナはずっとそういうようなことを言ってくれている。でも、その理由を考える余裕はない。
「ノア?どうしたんだそれ!?」
男の人の声。振り向けば短く刈り込んだ青い髪に青い瞳が。ノアのお父さんだ。
「っ、あの!すみません、私の……私のせいなんです。ごめんなさい、本当にごめんなさい……!」
「君は……シンくんの妹さんだね。闇属性の魔法を使うっていう……。じゃあこれは、君が?」
「違います。ローズちゃんは木を切ってただけ」
頷く私を無視して、シーナが声を挟む。
「木を切ってただけ?ああなんだかこの村の真ん中にある木が真っ黒になってたな。……君、魔法を使って切ったね?」
確か、お父さんも土属性の魔法を使う、ってノアが言ってたな。だからわかるのかも。
「はい……直前に、言われたんです。それはやめた方がいいって。でももう終わるから、って私聞かなくて……。次の瞬間にはもう木が変化して、彼が私の方に飛び付いて……ああ、もうなんで私……」
なんとなくとはいえ、なんで駄目なのかわかっていたのに続けたのは私。馬鹿だ。結果、こうなった。もしノアがこのまま目覚めなかったら?私はどうすればいい?
それにノアのお父さんになんて言って謝ればいいの?謝って済むことじゃないよ、これ。どれだけ怒鳴られたって済まないこと。
「……そう、か。ふむ。あの状態になった木は見たことがあるが、人がこうなるのは見たことないな。……うーむ。おーい、ノア?ノアー?」
怒るそぶりがちっともないノアのお父さんは、少し考えた後にノアの肩を揺すり始めた。
そんなので起きるわけない……。
「ノーアー。起きろー」
「……ん、…………ぅぇ……親父、かよ……」
嘘、起きた。
「悪かったな、女の子じゃなくてジジイで。どうすんだ、それ。もうそろそろ出発したかったんだが」
「えぇ……いや、気合いでさ」
「なんないだろ。動けんのか?」
「無理」
親子の会話は、とても軽い調子で続けられていた。蚊帳の外の私たちは黙って聞いているしかない。
「触るぞ?ホレ、感覚あるか?……ってなんか硬い」
「ない。……うわ、感覚ない。なんかすごい。すごいけど気持ち悪い」
躊躇うことなくモヤに覆われたノアの足をお父さんが触れている。硬い、らしい。
「えーっと?これはあの、どういう?」
耐えられなくなったのか、シーナが2人に声をかける。
「うん?ああ、怒られると思ったかい?いやね、旅してるとこういうこと結構あるんだよ。思わぬ怪我みたいな?いちいち腹立ててもなぁ。1番やばいな、って思ったのはそう、あれだな。人喰いの習慣がある村の人が仕掛けた罠に嵌って逃げられないように両足切られてさ。あ、切られたのはノアなんだけどね。切られた足とノアを抱えて命がけで逃げ出して。切り離されてもそんなに時間経ってなければ回復魔法でくっ付けられるんだよ。あの時はやばかった。なぁ?」
「右足と左足反対に付けられたんですよ。もう一度切り離して付け直して……あんなこと、もう2度としたくない。それよりはマシです。木に登ったのも僕の判断ですし、もっとキツく言わなかった僕のせいでもあります。だからそんな顔しないで」
優しく微笑むノア。
そんなこと言われてもこれは私が引き起こしたことであって、そっか、いいんだなんて思えるわけがない。
「……ごめんなさい。兄さんが、今日の夜来てくれるから。本当に、ごめんなさい」
「待って、お兄さんが?どうやって?一昨日戻ったばかりでは……」
転移魔法のこと言っていいのかな。でも言わなきゃ兄さんがこんなすぐに帰省できる理由がわからないし。
「ここだけの話にしてください。転移魔法を使ってくるんです」
明日も朝から仕事みたいだから、すぐに帰ると言っていたけど。転移魔法は設置した場所から場所まで一瞬で来ることができる便利な魔法。光属性の魔法の使い手しかできないことらしい上に、勝手に設置するといけないもの。変に利用されると困るから。
光属性の魔法を使う人しか起動させられないけど、利用方法はたくさんあるし。
そんなものを兄さんは勝手に……いいのか。
「……聞かなかったことにしておこう。いいな、ノア」
「もちろん」
この親子、ものすごく気楽というか……ノアの下半身を覆う闇は一目見て悪いもの、良くないものってわかる。
それなのにちっとも焦る素ぶりがないのは、それほど今までの旅での経験があるからなのか。
「なんで……またなの……はぁ……」
シーナはまたブツブツ言い始めてる。周りの空気がいつもと変わらないようなものになってきているけど、私はこの状況を引き起こしたという罪悪感でいっぱいだった。
「ローズ、僕はこれがローズのせいだとは思っていません。ですが、そこまで気に病んでいるのならお兄さんが来るまでの間、僕の側に居てお世話をしてくれますか?」
「……それで少しでもノアのためになるのならなんでもする」
この罪悪感は消えないと思うけど、消したらいけないものだけど。ノアのためならなんだってしたい。推しで好きだからじゃない。自分の罪悪感を消したいからじゃない。ただ、私がしたことの責任を取りたい。
「はは、これはおじさんは居ない方が良さそうだなぁ。さ、君も一緒に退散としよう」
ノアのお父さんがシーナと一緒に出て行こうとする。でもシーナはそれを嫌がってここに残る、と言い出した。
「私ローズちゃんについてる、って言ったんだもん!離れるわけにはいかない!」
そんなことも言ってたな。
もう、大丈夫なのに。ていうかヒロインに心配される悪役ってほんと何なの……?
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