第30話 そうして全ては終わりました。終わった、んです。
なんだか5000字程度だと思っていたのですが8000字いってましたすみません。2話に分けてもよかったのかも……。
「教皇様!?何故!?どうして!誰が!」
地下でまず見つかったのは、胸にぽっかりと穴が空いた教皇の骸だった。
どうして教皇が?と思ったけどもしかするとルスがやったのでは……という気もしてくる。口に出しては言ってなかったけど、脅威だもんね。
「これが、神の罰か……」
教皇見つけてどうして!とか言ってたのに次の瞬間納得したようにうんうんとうなずく肯定派の信者。あ、名前聞いたよ。勝手に自己紹介されたの。ムクだって。
なんか見た目はしっかりしてるthe聖職者、って感じするのにムクって。可愛いって思ったけど口には出さない。
ムクは教皇の前でしゃがみ込み、祈るように目を閉じ頭を下げ、しばらく沈黙した。なんとも言えないから目を逸らす。亡くなってしまったことはわかるけど、悲しめるか?と言われたら悲しめないし。……私が逆にこうなってたかもしれない、し……。
間違っているから死んで当然、とは思わない。人それぞれ考え方は違うから。
「悪い、これでも教皇様は……。教皇様は否定派だった。だからこうなったのか。どうなるんだろうな、ルス教は……」
たぶん終わるんだろうな。終わらなくても中身がひっくり返る。宗教内の全面衝突でしょ。恐らく肯定派が勝つんだろうな。だってこんなことになって否定派は士気下がりまくりだし、肯定派は主張が神に認められてる行動だからやる気出るし。
このまま私の諸々を無しにしてもらいたい。
「終わったかな。行こうか」
ゆっくりしてる暇はないよね。どうなってるのかわからないし、また何か始まってたら困るし。
通路を進み、4つに分かれてたあの道で否定派の所への道を進んでいく。ここさっき通ったな。ルスと行ったところだ。合ってたみたい。
歩いている内に肯定派の仲間を呼びに行っていた人が合流した。大勢連れて。
「いた人だけ連れてきた。これだけいればなんとかなりそうだ」
確かにね。なんとかはなりそう。想定外の何かがなければ。
いやー、なんか静かなんだよね、奥の方。ルスとチャラ男の戦闘に巻き込まれたとか……?そこら辺ルスが何かしてくれてればいいけど、そこまで気にしないかな?どうだろう、私たちとはやっぱり考え方違ったからわからない。
次の角を曲がれば最後に私がチャラ男を見た空間に出る。静かだ。でもなんか話し声が聴こえる……?
「俺が先に行く。ロゼは後から他の連れてきてくれ。いいな?」
「了解」
変に問答して時間食うよりいい。アレクだって実力はあるはずなんだ。だから任せて大丈夫なはず。
「大丈夫なのか?やけに静かだが罠とかじゃないよな?」
「わからない。行ってみないとなんとも」
角からその向こうの空間を覗き込むアレクが不自然に固まる。外的要因ではなく、自分自身で何かに気がついてピタリと止まった感じ。
なんだろう。なにがあったんだろう。何を見たんだろう?悪いことじゃなきゃいいな。
「ねぇ、どうし……」
『なんで逃げるの?君が見たくて会いたくて堪らなかったボクでしょう?』
『ひっ、ひゃっ、やぁっ、あぁ……!』
聞き覚えのある声が1つ。
アレクへと近寄り、そのまま角を曲がる。
目に飛び込むのは白────それがまず1つ目の感想。白なのに、目を離せなくなるような、周りが全て色褪せて見える“鮮やかな”白。
おかしい言葉なのはわかってる。でも、本当に鮮やかでただただ綺麗で……。
白に目を取られ、必然的にその白の持ち主へと注意は向く。白いけれど瑞々しく美しい長髪、水面のような不思議な色合いの瞳。男にも女にも見えない端正な顔を歪ませ、目の前の男へと鋭い目を向けている。
「さっきまであんなに強気だったのは何?奴が消えたから弱気になってるの?」
「ち、ちがっ、おかしかった、馬鹿だったんです、申し訳ございませんっ、許しっ、ひっ!?
「許すよ。だって君はボクの創造物。仕組みを作って放置しておけば勝手に増えてくれるものの1つでしかない。ただのNPC、自我を持ったNPCだ。生きているだけなら気にもかけない」
「そのっ、手、手、何、光って、ひぃ、命は、命だけは!」
「馬鹿じゃないの?ボクの世界を壊して世界中の人を殺そうとしておいて今更死ぬことが怖いって?ボクと戦っておいて死ぬことが怖い?……ボクが君をおかしくさせた。君への罰はこれだ。この罰を持ってボクは君を許そう」
男へ向けられた手から光が迸る。男は真正面からその光を浴びることになった。
男は、チャラ男。今までみたいに余裕があるような態度ではなく、見たこともないような、というからしくないほどに弱気だった。そしてもう1人の見たことのない人物(人と言っていいのかわからないけど)はおそらく、いや確実に、ルス。あれが本来の姿なんだろう。
そのことを理解してからようやく周りに目が行って、私は気がついた。否定派の人たちみんな倒れてる。
何があったなんて考えなくてもわかる。外傷はない。この空間は荒れに荒れているけどその人たちに傷がないということは、チャラ男とルスの戦闘のあとにこうなったってことじゃないかな。
あのルスが、こうしたんじゃないかっていう考えがふと出てくる。でもなんのため?世界の危機がなくなればルスがここに関わる理由はなくなるし、後のことよろしくって言ったのはルス自身。
「ルス神だ……古書で見たのと同じ……」
「あぁ、祭壇の壁画と全く一緒だ……」
「本物、本物の神……」
肯定派の人たちは揃ってその場に膝をつき、祈るように手を胸の前で組んでいる。
状況整理をしたい。
ルスは、もう無理帰るって言って消えた。ノアが危険な状態だけど、ルス教の残りがどんな行動をするかわからないから私は対処しにきた。ルスがいた。
わかんないや。あれが本当にルスかまだ定かじゃないし。
「あぁ……?あ、ああ、嫌だ、いやだ、いやだ!忘れるなんて、貴方を忘れるなんてそんな……あ、ぅ、ぅう……」
光がだんだんと収まっていく中、チャラ男のそんな声が聞こえ、呻き声を最後にチャラ男がその場に倒れ込んだのが見えた。
これでこの場にいる否定派は全滅……かな?
どうなってるんだ。
人が折り重なり倒れる中、鮮やかな白を振り撒くそれがこちらを向いた。
「ごめんね、このくらいのことしかできなくて。間に合って良かった。彼が不甲斐ない男でよかった」
男性的でも、女性的でもない声。とても不思議な、心地の良い声。
「待って、なんで、本当にルス……なの」
「ふふっ、どうだろうね?中身さえ同じならば同一のものと言えるのか、全く別のものとなるのか。皆捉え方が変わるだろうってことは興味深くはあるけれど…………ま、今は関係のない話だね。悪いね、ボクにとってはこっちの方が優先度が高いんだ。慌てて回復してきたからこれで精一杯。ノアくんの方に行かなかったこと、謝りはしないよ。これ以上の特別扱いはできないから」
ルスだ。ルスなんだ。
これが、本来の神としてのルス。人の姿を取っているのは私たちに合わせているからだろう。ならこの世界のこの地に来るときの、本来のルスの姿、と言った方が正しいかな。
儚げで、現実味のない、けれどただ美しいということはわかるそれ。普通なら恐ろしさや畏敬の念を抱くんだろう。でもなんだかな。ルスとすでに接したからか、恐ろしさはない。神とわかっていて、確かにそれが自分たちとは違う超越した存在だとわかっていても、その姿を見た時になぜか安心感があった。
神が味方と分かっているからかな。このままただ生きていれば、この神が敵に回ることがないと確実にわかってるから。変なことをしない限り。変なことっていうか。世界に手出したり。前の神と手組んだり。
「……ノア、は、大丈夫だから。兄さんが最善を尽くしてくれる、し。私だって…………だから、大丈夫。別に謝ってほしいなんて思ってない。そもそも戻ってくるなんて思ってなかった」
「戻れるとは思ってなかったさ。前を思い出しながら慌ててみただけ。そしたらできた」
ほわりと笑うルス。綺麗、とはわかる。でも性別がわからない。女?男?両性?胸は無い、無いように見える。そうであってほしい。
笑みを浮かべたまま、ルスが近寄ってくる。
「ありがとう、神として感謝するというのはどういう意味かわかるかな?」
わからない。
でも後ろがうるさいな。アレクじゃない、肯定派の信者たちだ。この人たちはわかるってことかな。ルスの信者だし、わかってそう。
「何、わからない」
「だろうね。でも何ら問題は無い。神として、君に感謝を。もちろん君の仲間にも、ね。でも君はトクベツだ。あの魔道具、とても役に立った。ボクにとっても、ね」
私の目の前へまでルスが来た。背が高い。だから少し見上げる形になる。
「お礼だよ。これで君が追われることは無くなるだろう。自由に、笑顔で。この世界を満喫してほしいな」
ルスは私の首へ何かをかけ、そのまま光を放ち霧散して消えてしまった。
一気に辺りが薄暗くなる。ルスが明るすぎたんだ。
首にかけられた何か。
「あれっ」
私がルスに渡したノアの魔道具と、もう一つ見たことのない……これは魔道具?魔法は感じるし魔道具と同じような何らかの効果があることはわかる。でも何か違う、ような……。
「ローズ!何、どうなって、どういうことなんだ!何がなんだかもうわけがわからない……」
「私にもわからない……」
肯定派の人たちが私たちを取り囲み、わーわー言ってる。神の御加護だ!とか、神が見とめたお方だ!だとか。
こんなで今私が闇属性だと言ったらどうなるんだろう。言わなくても、わかるような魔法を使うとかしたら。反応変わるのかな?
「ロー……ズ?ロゼじゃ……えっ、女!?」
ムクだ。驚いた顔。いや、女だけど。なんで今?なんでわかったの?あ、一人称で私って言ったから?でも私って一人称、男でも使うよね。
ていうかそんなに驚くって私男っぽいってこと?待ってコイツ今胸見て確かめたよ。最低。男と女の判断基準別にそこだけじゃないよね!?
「そうだけど。女で何か問題でも?」
この言葉前にも言った。ここに来る原因になったあの彼に言った言葉だ。
「銀髪で……女……それに、ローズ、って確か……いや、いやいや。まさか。だって神が加護まで与えてるんだぞ。ルス神が、光の神が。まさ、か、なぁ……」
名前、知れ渡ってたんですね。偽名使ってて良かった。どうする、言う?いずれバレそうだよ。
めちゃくちゃ困惑した顔でウンウンと唸るムク。私はこれからのこと、ルスのしてくれたことによる影響、全部考えてこう答えを出すことにした。
「何を言いたいのかよくわからないんだけど……。こんなことをしているよりすることがあるんじゃないのかな。枢機卿ともう2人、否定派なんでしょう。捕らえてある。全て引っくり返す機会、今しかないよね。動くべきだと思う」
騙してるわけでもないからね。恐らくもう銀髪の女が闇属性だ、と追われることは無くなると思う。だったら今その女だとバラしていいことはない。
言わないで、適切にこの肯定派の人たちが動いてくれることを願うだけだよね。それとなく言って動かしはするけど。
「いや……ああ、うん。そうだな。そうだよな。今の混乱してる内に済ませるべき、だな。教皇様も亡くなられてしまったし……」
さてはてどうなるか、って感じだよね、教皇居なくなって大丈夫だったのかな。ルス教が無くなるのは別にいいんだけどさ。
私は、隠れることも性別を偽ることもなく生きていきたい。ノアとナラルさんと旅をして、笑ってただ生きていければそれでいいな。そう戻ってくれれば、いいな。
●●
それからを話すと長くなる。
戻るのが遅い私とアレクを心配してヴェリテから戻ってきたシーナが飛んできて(例えではなく実際に猛スピードで来た)、信者に囲まれてる私を見て襲われてると勘違いして戦闘になりそうになったのを止め(なりかけで済んだけどシーナはなぜか残念そうだった)、ここであったことを話した。
『そっか、ふむふむ。そっかそっか……ふぅむ……よしっ、シンは動けそうにないからね!動いてもらったら困るんだけどね。私、頑張るよ!とりあえず今のルス教なら……うふふ、ふふ、ふふふふふ……』
怖かったな、シーナが。『ローズちゃんは戻って青いの……ノア、の、側にいて』って言われたからその後何があったのかはわからない。少し遅れてやってきたルフトにシーナは任せ、アレクと一緒に戻ったから。
ノアが心配だった。戻って、って言うシーナの表情が良いものでは無かったから。ノアのことを話す時のシーナはいつも絶対に苦いものを噛み潰したような表情をする。嫌だけど仕方がない、みたいな。けどこの時は違った。
今私は兄さんと、その同僚さんたちと一緒に暮らしている。兄さんと同僚さんたちだけで4人しかいないのに大きな家を借りていて、なんでも『すんごい いい家見つけたからもう契約してきた!なんて言って全員の許可無しに借りた阿呆がいて、しかもその家の料金が自分たちで払えなくない値段なのが憎くて、問題はデカイだけだからっていって結局継続して借りてる』らしい。だからナラルさんも一緒。
ミーシャは一旦実家帰りしている。一緒に行きます!って言ってたけど流石に止めた。もう戻ったって問題ないから。でもちょっとね……セネルが暴走してしまいまして……。
『それっておかしいわ!ミーシャ、悪いことしてないもの!それに私たちだって闇属性ってだけでしょう?何も悪いこと、してないわ。なのになんでミーシャが、私たちが悪いみたいに……!大丈夫よ、ミーシャ。何にも悪いこと、してないもの。いいえ、私が無かったことにするから。街の人たちも何にも覚えてないわ?』
止める間もなく魔法を使ってしまったし、止めると思ってたエスペラールだって止めないし、ミーシャはセネルちゃんが私のために……!なんて感激しちゃっててその場の誰もそれが悪いことだ、とは言わなかった。
セネルは街の人のミーシャに対する認識を以前のもの(私が闇属性だとバレる前)に戻すような魔法を使ったらしかった。それ以降の記憶を消した、というか記憶を消したわけじゃないらしいんだけど、ミーシャ個人に関するものを変えたって。よくわからなかったけどミーシャが生まれ育った街で、ミーシャがまた普通に胸を張って歩けるようになったってことだよね。
まあ、悪いことなんだよ?悪いこと、なんだけど私もミーシャには嫌な思いをしないで変わらず過ごして欲しかったから……。黙っておくことにします。
私関連で迷惑をかけたことは、ミーシャのご両親にもちゃんと謝って、許してもらえた。ミーシャはお姉様のせいじゃないです!あのクソ男がいけないんですから!って言ってくれた。
セネルとエスペラールは領地に戻った。長いこと空けすぎてるからね。領主だし、一応。すぐに会いに行くわ、って言われた。領主だよね?
シーナたちはアルカーナに残っている。ルス教改革だ!とか言って。おかげで私が追われることがなくなったのには感謝している。ただ私をルスに愛されし乙女だとか素晴らしい女神だとか広めていることは許せない。別の意味で追われる。
まだ私に迷惑がかからない範囲でやってるのでまあ、まぁ、いいとしておきましょう。今のところは。シーナのおかげでルス教信者に追われなくなったんだし、感謝しなきゃ。
ルス教はあれからだいぶ変わったらしい。シーナはルス教を取りまとめ、言葉巧みに肯定派の人たちを取り込みトップに立ったって。教皇とは違うって言ってたな。いずれ自分で新しい宗教作るつもりたけど今は予行練習なの!とか言ってた。世界的な宗教のトップで予行練習とかすごいね。
連絡用の魔道具を渡したから、頻繁にルフトから連絡がくる。しーちゃんがこんなことを始めたの。しーちゃんが馬鹿なの。しーちゃんが人を殴って改心させちゃったの。しーちゃんが人体実験に使われていた人たち、気合でどうにかしなきゃ……とか言ってるの。しーちゃんが本当に気合でどうにかしちゃったの。しーちゃんが……。
苦労してそう。申し訳ないけど頑張って、としか言えない。
兄さんは騎士としてまた働いている。何もなく普通に戻れたみたいで良かった。
ナラルさんはこの王都の鍛冶屋を手伝っているらしい。上位土属性の魔法を使えると言ったらすぐに雇ってくれたよ、と嬉しそうにしていた。
私は兄さんに内緒で冒険者としてランク上げしてる。バレると辞めさせられそうだから。いつかラクス抜かしてやる!って思いと共に。兄さんが居ない昼間にしかできないからあんまりできてないんだけどね。王都周辺の魔物は弱いのが多くて、夜型の魔物の方が強いから、夜に動けないのなら王都でランク上げのための功績を挙げるのは難しい、って言われたし。
「早く強くなりたい、って前にルフトがそんなこと言ってたなぁ。なんかわかる気がする。今の自分は無力だ、って周りと比べちゃうの。周りの人と比べたら私なんて何にもできてない。迷惑かけてばっかり。強くなりたい。色んなことができるようになりたい。ねぇ、ノア……私、ノアのために何にもできてないの。ただね、大丈夫、ノアは大丈夫って祈ってるだけ。起きてー、無事に回復してー、って。それだけしかできてないんだ。そんなんでノアのこと心配して、今日も起きないんだ、って悲しくなって……許されるのかな……」
寝台に横たわるノアへと声をかける。青白い顔をしているってこと以外はただ寝ているだけみたいにも見える。
ノアは目を覚ましていない。
シーナに戻って、と言われ兄さんのところへ戻った時、兄さんの周りには壊れた魔道具が散乱してルフトに倒された時以上にぐったりした幹部3人が倒れていた。ナラルさんは疲れた顔をしてノアの手を握っていて、あ、魔力が足りないんだってわかった。だから私もすぐに魔力を譲渡して使ってもらった。
『危ない所は越した。後はノア次第だ。もちろん、このまま放り出したりしない。目が覚めるまで付いてとことん治療してやる。ローズに悲しい思いをさせたんだ、嫌でも起こさせてやるよ』
魔力がすっからかんになってからようやく兄さんがそう言って、ナラルさんと一緒に王都まで連れてきた。ナラルさんが何か言う間もなく、って感じであっという間に。もちろんそうしますよね?俺じゃなきゃ治せないし、放り出すようなことしないし。あ、住む場所は心配しないで下さい、ありますから。ちゃんと責任もってノアの面倒も見ますよ。はい、いきましょ、けってーい。って具合に。
付きっきりで治癒しなきゃいけないようなところは越したらしい。それでも兄さんは帰ってきたら1番にノアのことを診に行ってるのは知ってるし、休日はノアに付きっきりだ。
ノアは、目を覚まさない。
兄さんが手を抜いているとか、誰かが悪意を持って妨害しているとかじゃない。そんなわけじゃない。
原因はわからないまま、ノアは眠り続けている。
「……そろそろ行かないと。もうすぐナラルさんが帰ってくるから」
ナラルさんだって悲しいはずなんだ。たった1人の息子がこんなことになってしまって。私たちの前では絶対にそんな素振りは見せないけれど、ノアの前で項垂れていたのを私は、開いていたドアの隙間から見てしまっている。
私のせいでもある。だからそれを見て余計に悲しくなって。こんな風に思う権利がないのはわかってる。被害者ぶるのはおかしいもん。被害者は、ノア1人。
「やめやめ、こんなぐるぐるネガティブ思考、間違ってる。こんなことやってるから起きないのかも。よしっ、一狩り行くかな〜。今月中にノアのランクは越すからね」
悲しいことばっかり考えてても良くないしね。
とりあえず今は目標を作って、それに向かってひたすら進もう。他のことなんて考えなくて済むように。
ノアのランクは確かC……か、Bだった。ラクスの時に上げてたから。今の私のランクは1番下から1つ上がってD。CからBに上がるのは時間かかるだろうから、さっさとCに行かなきゃね。
「私に抜かされたくないのなら、さっさと起きないと。私、待ってたりしないんだからね」
座っていた椅子から立ち上がり、ノアを上から見る。
長い髪が広がり、元の顔立ちと今の白さが相まって本当に女の人みたい。
「早く起きてね、眠り姫さん」
眠り姫ならキスで目覚めるよね。でも王子はいないからノアが目を覚ますことはない。兄さんが頑張ってるから兄さんが王子かな?……絶対キスなんてしないけど。
ふと、魔が刺した。
窓から差し込む光がノアの顔を照らしている。首へと私がかけた、あの青い魔道具が光を反射して煌めいている。
上から顔を近づけていく。私の髪が天蓋みたいになって、ノアの顔に影を落とした。
「……兄さんにバレたらノア、もう治療してもらえないかも」
今まで散々ドキドキさせてきた仕返し。このくらいは、許されるよね?
いつかノアが起きたらそれまでにあったこと、たくさん話すんだ。話して、笑って。それからまた、ナラルさんとノアの旅にお邪魔する。笑いながら時々、ノアのふとした仕草にドキドキして。
ミーシャの住む街に寄って、セネルの治める地にも行く。アルカーナに行ってシーナの様子も見に行くんだ。もちろん毎日夜には兄さんと話す。
そうやって世界の色々なところを、ノアたちと見ていきたい。
変わらない日々を迎えられるよう、ただ祈ってる。
とりあえずこれで本編完結になります。小話は書きますので投稿は続きます。とりあえず明日か明後日には……!




