第28話 呆気なさすぎではないですか?
結果だけお伝えします。
例の武器は、見つからなかった。
ルスは、最善を尽くした。
世界は、守られました。
ノアは。
●●
青の光が迸り、後を追うかのように呻き声みたいな低い音が聞こえてきた。
発生源は教会の方。
「……ローズ」
兄さんが私の手を掴む。その手を握り返し、兄さんと目を合わせる。
もし世界がこれで終わるのなら、1人より誰かと触れ合っていた方が良い。ルスが負けたなんてことは思ってないけどさ。
光がだんだんと収まっていってる。音は聴こえなくなった。
誰も言葉を発しない。街の方向からの喧騒も聞こえてこない。
「まさ、かね……」
ルスが負けた?みんな居なくなったのかと怖くなって他の人を探す。大丈夫、みんないる。生きてる。
そのまま誰も何も言わない時間が過ぎていき、教会の光が完全に消えた時だった。
「やぁ〜、危なかった。最後の最後でフルムの奴が出てきて。ま、一回負けたんだから結果は見えてたよね。はいっ!ボクの完全勝利!ただいま!今回も世界は救われました!」
ルスが転移してその場に現れた。
「ルス……!?じ、じゃあ、もう……」
無傷、ではない。笑顔だけど左手で右の脇腹を抑えてて、そこから血が流れているのが見える。1番大きい傷はそこなんだろう。
服はボロボロだし髪もぼさぼさ。細かい傷は数え切れないほど。
「うん。もう安全。彼は止めたよ。ボクの敵も完全に消え去ったのをちゃんと確認したし。そうだ、探しに行ってくれてるんだよね。大丈夫って伝えないと。後、悪いんだけどね、」
話している内に細かな傷は消えていった。ルスが治しているらしい。でも脇腹の傷は治る様子がない。血はだくだくと流れ続けて、ルスの顔色が悪くなってきているのが目に見えてわかる。
「わかってる。話すな。……ノアは、戻るんだよな?」
ルスが詳細を話すことなく、言葉の先を理解したらしい兄さんが、ルスに近寄り抑える脇腹へと優しく触れる。温かな光が傷口の辺りを包み、癒していく。
自分の力では治せないものだったのかな。兄さんの力を借りないと治せないほど弱ってる、とか?
「ん。それなんだけど。…………努力は、したんだ。でももう、ノアくんを感じられない。戻らない、かもしれない」
「は……?」
治癒の光が消える。傷は治ったようだった。
弱々しい笑顔を浮かべ、ルスがその場に座り込む。
「ボクもね、ノアくんを維持するのでだいぶ持ってかれて。これ以上ここに留まるのは厳しいかな。今回は色々おかしなところが多かったから。あの武器を神の身で創り出し、使ったのも原因かな。シンくん、魔力は回復した?ボクが消えても治癒は続けていて。ローズちゃん。ルフトくん、出してくれる?」
まだ理解ができていない。
世界は、無事だった。ルスが勝った。でもノアが、戻らないかもしれない……?
影の中からルスの近くにルフトを出す。
「ありがとう。最後にこれだけはしないとと思ってね。管理オプション、該当個体の外部操作ロックを一時解除……解除成功、生命値の上限を解放。管理者コードぉ?えっと……──、─────、─。上限を最高に設定、固定状態を解除。……うん。大丈夫だ。じゃあ悪いんだけど、これでお別れ」
「あの、え、待って。ねぇノアは……」
「信じて。諦めないで。ボクができることは全てしてしまったし、言えることはこれだけ。…………元から弱りすぎてたんだ。普通でも神の依り代になれば自我なんて消え失せる。神が去った器は朽ち果てるだけ。それなのにノアくんは消えなかった。弱っていたのに、消えなかった。凄いことなんだ。それだけでも、もの凄いことだから。戻れなかったとしても誰のせいでもない。治癒不足だとか、魔力が足りないだとか。武器を見つけていれば、とか。思ったら駄目だよ。強いて言うならボクのせいだね。ボクがノアくんの体を使ってしまったから。ボクが彼──エルピスを狂わせてしまったから。ごめんね、ごめん。ボクの介入で君たちをこんな形で不幸にさせるなんてしたくなかった」
本当に申し訳なさそうな笑顔を私たちへ向け、ルスは言葉を続ける。
「ノアくんは、生きたいと。そう強く思っているよ。ノアくんを感じられなくても、ノアくんの力はまだ残ってる。わずかだけど。希望は、ある。ふふ、その希望を使ってしまったボクがそんなことを言うのはおかしいかな?シンくん、ノアくんのこの体、ちゃんと治してあげてね。彼のせいじゃないんだから。ローズちゃん、この宗教の残党はまだ沢山いる。ボクを良く思ってないそこの彼らも、ボクを信じる者たちも。良くも悪くもノアくんの立場は危険だ。シンくんは治癒で手一杯だろうから、ローズちゃんが力を尽くしてね」
呆気ない、というのは違うだろうけど。
世界をかけたにしては呆気ない終わりだし、ノアが危険だというにはルスの態度や言葉だけで実感がなく呆気ない。そんな簡単に消えてしまうもの?無くなってしまうもの?
信じられない、信じたくないというのが、私の思いなんだろう。
何処かでノアは絶対に大丈夫だと。普通に戻ってくるものだと。根拠もなく思い込んでた自分がいるから。
「そんな……もし、本当に戻らなかったら……」
「大丈夫、ノアはそんな柔じゃないよ。俺がここまで育てられたんだ。きっと、大丈夫だ」
「ナラルさん……」
ナラルさんにとってノアはたった1人の息子。心配しているのはナラルさんも同じ。そんなナラルさんが信じているのだから。
ルスも言っていた。信じて、諦めないで、と。
だから、そう。希望はある。ルスの言葉を信じて、ノアを諦めないで。私はするべきことをしよう。
「うん。いい顔だ。とても助かったと、ノアくんに伝えてね。では、さようなら。またいつか……本来の姿で会えたら、いい……な」
優しげな笑み。穏やかな表情。ノアが浮かべていたのと一緒。
掠れる声、閉じていく瞳。ゆっくりと体が横に倒れ、動かなくなる。
呼吸は浅く、短い。
「ローズ、悪い、渡した魔道具全部出してくれ。魔力が足りなくなりそうだ」
「う、うん」
ルスが去ったノアの様子に取り乱す間もない。そんな時間はないのだと、兄さんのいつになく真剣な様子から察することができた。
魔道具を全て兄さんに渡す。そうだ、私なんてなんにもしてないんだから魔力なんて有り余ってる。使ってもらわなきゃ。
「兄さん、私の魔力使って。持っていって」
「ああ、何も無くなったらな。今はあっちだ」
ゴゥッ!と、その空間を熱が満たした。
アレクだ。
いつの間にか拘束を抜け出しこちらへと手を向ける幹部3人へアレクとナラルさんが対峙している。
「全て失敗した。だけど闇は見逃せないし、そこの空の神の器も回収しないと。エルピスは負けたんだろう?教皇様を迎えに行って、次の策を練らなくては」
魔法が吹き荒れる。兄さんとノアの周りに結界を張り、加勢すべくアレクとナラルさんの元へ向かう。
離れて結界を張るのは苦手だけど、そんなことを言っている場合じゃない。
「ローズ、吸収するとかは……」
「もう見られてるので対処されると思います……。でも、一度吸収してるから。そこまでの脅威じゃないです。魔力の最大値、減ってるはずです。私たくさん吸ったから」
ナラルさんの攻撃なら少しは手間取ってくれるだろう。初見で対処されるのなら他の方法を試すしかない。
でもそう、私、ダイ◯ン使ったから。前より断然弱体化してるはずなんだ。吸収で吸い込むものは指定できる。この人たちは魔力の最大値、つまり貯められる容器自体を小さくさせたようなものだから、弱くなってる。
そこまで苦戦せずいける。
「本当にそうかな?今こうして立っているわけだし、力はある。次のことを考えられるだけの力があるってこと。わからないかな?次のことを考えるということはこれまでと同じようなことを実行できるだけの力は残ってるってことになるんだけど、わかんなかっア”ッガッ……!?」
「話が長いの、隙を見せてるのか何かの時間稼ぎって思われるか。どっちかだってわからないかなぁ?僕は隙だらけだって思ったよ。長く話すなら手も動かすんだよ?僕みたいに。……話が長いしまとまってないし、同じこと繰り返してるし。一回お医者さんに診てもらった方がいいよ。それか言葉の勉強をすべきかも?」
次話か、その次で本編完結します。




