そうして世界は
つ、次はローズに戻りますから……!
地下、石でできた円形の広い部屋の中。中央に長方形の台座が置いてある。
壁に一定の間隔で取り付けられた松明の火が反射し、橙の灯りで空間は埋められている。
「ねぇ?処理も、って俺言ったんだけど。上ぐちゃぐちゃのままじゃん、なんで終わらせてないの。こんなんで迎えるなんて……はぁ」
「いや無茶言わないでくださいってぇ。昨日の今日でどうやってあんなの直せって言うんですか。上位土属性の使い手でもない限り無理ですってぇ。……あ、そういえば48番は上位土属性でしたっけ」
「貸さないよ。ていうかもう貸せないよ」
「元からそんなこと期待してませんよぉ」
文句を言いながら、48番を中央の台座に横たえる。その様子を横目で見ながら俺は床に描かれた魔法陣に不備か無いかを確かめていた。
不備があったとして、それが障害になることはないだろう。それでも最善の状態で迎えたい。
「固定具外しますよ?」
「うん、いいよ。他のも全部外して」
姿は違う。けれど、あのひととまた会うことができる。
これ以上に幸せなことがあるだろうか。
「そうだエルピス様、門が乗っ取られたことについて上からもの凄い苦情きてますけど。もしかしてそれもだなんて言いませんよねぇ?流石にぃ……それも、はちょぉっと難しいかなぁ、なんてぇ……」
「ああ、いいよ彼らは我が主が一掃してくれる。美しい世界を穢すもの。なら必ず排除してくれる」
「ですよねぇ……どう対しょ……え?え?俺やらなくていいんですか?本当に?マジ?マジか!」
48番の方を見る。
静かな寝息をたて、強制的な眠りについているそれ。この眠りは機械的なものだ。48番に繋げた魔法的な回路と、体に取り付けた機械で48番を操っている。
口頭での命令に従わない時に使われるものだが、こういった眠りにつかせる時にも使われる。
「あれも外して。起きたら最終チェック。夜の調整でだいぶ自我の混濁が見られたから……消去できてればいいんだけど」
ほとんどの検体にそれはついていない。使う機会がないから。大抵外には出さない。出ているものは忠実に命令を実行する物だけ。じゃなきゃ近くをウロウロさせるとか無理だ。
台座の上、青く長い髪が広がっている。松明の橙がその青に映り、夜空にかかる星の川のように見えた。
「は〜い、完了です。お願いします」
「うん。……ああ、もしもの時に巻き込まれたくなかったら離れておいてよ。別にどうかなってもどうでもいいんだけど」
「いや酷くないですかぁ!?そんなのわかってますけどぉ……」
彼が自分の後ろへ行ったか行っていないかの辺りで、48番が覚醒したのがわかった。
僅かに瞼が動く。それから、ゆっくりと持ち上がって行く。まだ視界ははっきりしていないようだ。
「48番。“起動”直後で悪いけど昨夜の調整が終わっていない。続きを今からしたいん……」
「おま……ぁ…………いえ、了解致し……な、っ……僕、は……48……?ちが……、く…………」
ぼんやりとした視線をこちらに向けながら、意味のわからない言葉を吐く48番。自我が残るとこんなことになるというのは、昨夜の調整でわかっていた。
48番の元の人格は、2属性目の光を押し込み馴染ませる過程で消えたはずだった。それは確かで、俺も確認している。
恐怖一色に染まった48番の瞳を見つめ、そこになにも見えなくなるまでをずっと観察していたのだから。声が出れば最高に楽しい悲鳴を聞かせてくれたのだろうな。薬で奪っていたのだからそれは無理なことだったけど。もったいないことをした。
視覚ではとても楽しませてもらった。抵抗するかのように手足が震えていたんだ。動かせないはずなのに。表情も最高だったね。
「48番。お前の主人は誰だ」
「……っ!……現在の主人は創造主であるエルピス様です」
個体番号を強調して言えば、真っ白にしてから付け加えられた人格が主導権を握ったようで、いつものように感情を感じられない声音でそう伝えてきた。
ただ、表情は駄目だ。
「正解。いくつかテストをしようか。これからお前には我らが主を受け入れてもらうのだから。さぁ、お前は何のために造られた?」
「私はルス神のお言葉に沿わない者を排除するべく造られました。光を広め、闇に……囚われた者を解放するべくエルピス様に使われるために存在しております」
「うんうん。闇はどうする?」
「見つけ次第即刻……排除します。ただエルピス様のお力になるようですので、拘束無力化した上でエルピス様の元へ連行します」
少し突っかかる箇所はあるが、あまり問題はない。これなら完全消去もできそうだ。
「ん。じゃあ、お前のその奥に抱える別のモノ、消せるね?」
「……はい。第4段階目、光魔法の使用許可を求めます」
「どーぞ」
「主の許可を確認。異物消去を行います。【除去】……ぁが……ぅ……ゃだ…………ぼ、くは……僕はぁ!こんな、ことで……!」
失敗。
抵抗が強いな。もう少し強い薬を投薬しておくべきだったか。今更だけど。
強い、しっかりとした視線で俺を睨みつけてくる48番。頑張って起き上がろうとしてるけど48番としての意志が残るのか上手くいっていない。
「こんなことでどうしたの。ねぇ48番。お前は、なんだ?」
「僕は48番なんかじゃ……わた、し、は……違う……【除……】やめろ!僕は……がっ……」
あ、うるさすぎて大事な身体を傷つけてしまった。主を傷アリの身体に降ろすわけにはいかない。
治癒のついでに洗脳の魔法を施す。
前より強い抵抗。……あの時は少し弱っていたようだったからな。それですんなりいったのか。
「感謝してよ。光に使われるんだよ?ねぇ、素晴らしいことだよね、48番。……全部全部忘れろ。君はもう要らないんだから。大好きな彼女を傷つけたの、君自身だよ。闇でも可哀想になるくらい泣きじゃくってたなぁ。あ、こっちも悲鳴聞けなかった。もう戻れない。だからほら。消えてよ。役に立ってよ。君の身体はもう君のモノじゃないんだから。早く消えて」
「……、っ!」
後ろで、わぁ〜エルピス様鬼畜ぅ〜なんて声が聞こえたけれど無視。後で後悔させてやろう。
洗脳が効いたのか、言葉が効いたのか。さっきまでの強い拒否の感情は見えない。
今、か。
「48番。神を降ろす。受け入れろ」
「っ…………、了解、致しました」
個体番号で呼び掛ければ、ピクリと反応した後そのまま台座の上で脱力した。
48番が勝ったみたいだ。彼が消えたのかは……わからない。いや、消えてはいないだろう。恐らく奥へと追いやられて出られなくなっただけ。
でもそれでいいか。どうせ主がその身へ降りれば嫌でも消えて無くなる。元の人格があったとしても、身体が主に馴染むために消してしまうはずだ。ヒトの身には負担がかかりすぎるから。精神など即消される。
「さ、行こうか。始めるよ、神を降ろす儀式を」
「は〜い、準備は完了してますよぉー」
●●
「「おおっ!」」
松明の灯りのみが光源のその場で、そんな声が複数上がる。
俺は口元がニヤけるのをどうにか抑えながら、その光景を見つめていた。
鮮やかな白い光が収まったその空間の中央には、ずっと求め続けたものがある。
上半身を起こし不思議そうに辺りを見渡して、ペタペタと身体を触り具合を確かめている。
あの身体では駄目だっただろうか。
「……んーと。…………どんな状況?」
声は48番のもの。だが口調はあのひとのもの。
「神……」
「神よ、我らは貴方からの支配を拒否する。よって今ここで死んでもらう」
「あはっ、何それ。ウケる。……あー。……本気?」
ああ、本当にやる気なのか。
聞かされていたし、同意もした。表面上は。神を殺すと。
……ならばこの瞬間からルス教は俺の敵だ。
主へと群がろうとする敵を押し退け、主の元へと移動する。まさか必要ないとは思うが、人の身はまだ慣れていないだろう。
結界を張り、すでに放たれていた致死の魔法の数々を弾く。
「おや。話のわかる人もいる感じ?ボクさぁ、いきなり落とされて何にもわからないのに攻撃されるなんてこと経験したことないの。どういう状況?」
「申し訳ございません。半分は俺の身勝手です。貴方へ会いたかったのです。もう半分は、貴方の世界を穢す者の対処をお願い致したく……」
紡ぐ言葉は遮られた。地面から生えた木の枝のようなものによって。
「キミはあれか、ボクの世界を褒めてくれた。嬉しかったよありがとう。それでもこうやってはやめて欲しかったな。本当に会いたかったのならボクの教会で強く願えば会えたんだから。後ね、ボクの世界を穢す者が本当にいるのならボクは感知できる。できないとでも思っていたの?この宗教が見当違いな方向へズレてるのはずっっと前からわかってたけど放置し過ぎたなぁ。闇が悪。闇はスパイスだよ!それがあってこそ話が成立するものもこの世界には多く存在する。だからさぁ……」
パリン、と。
俺の張った結界が微かな音を立てて壊れた。
外からの攻撃に耐えられなくなったわけではない。内部からの干渉。そう、主によって壊された。
「勝手なこと、しないでよ。ボクを人の身に押し込めたくらいで殺せると思っているのも笑えるし。……はぁ、すぐには戻れないからなぁ……。ま、とりあえずバイバイ。然るべき処置は取らせてもらいます」
そんな言葉を残し、主はその場から消えた。
守りの消えた主へと殺到していた魔法が俺へと迫るのを視界の端に捉えながら、主が仰られたことを思い返す。何が、いけなかったのか。
「エルピス様!」
勝手なこと。
そうか。主は世界を穢すものはわかっていた。自分で処置するつもりでいたのに、俺が干渉したから怒られた。
なるほど。そういうことか。
迫る魔法を何人か巻き込む形で迎撃し、転移する。
主を探さなくては。
主のためにやってきたのだ。全て準備してきた。
主が囚われるこの世界から、主を解放するために。




