その男が心酔するものは
別の人視点です。
随分前の名前もない彼
「君さぁ、邪魔する気なら消えてくんない?」
絶対零度の視線をぶつけられ、体が震えるのがわかる。
駄目だ、ここで恐怖に飲まれれば全て終わる。今まで通りにエルピス様の側にいることはできなくなる。最悪、嫌悪するこの検体たちと同じ道を辿る。
それだけは回避しなくては。
震えをどうにか誤魔化し、少しだけ笑みを浮かべる。大丈夫、いつも通りに。
「っ、やだなぁ、自分はエルピス様が後で苦労すると思って来ただけですよ?現に上から苦情来てるじゃないですかぁ。だから説明は大事だ、って言ってるんですよ。1人で完結させるんじゃなくて」
まさか後ろを取られるとは思ってなかった自分も悪いが、あんな連中が来ることをエルピス様は誰にも言っていなかった。知っていながら、言わなかった。
あれは、なんだったんだろうか。1人は光属性ということはわかった。そしておそらく、少し前から追っている闇属性の女もいる。自分がこんなことになったのはその女の攻撃を受けたから。
闇属性の者らしく、卑怯な戦い方をする。
人の視覚、聴覚を奪いそこを仕留める。戦術的にはうまいやり方だが、他の属性ならそんなことできないだろう。
そして最後の魔法。あれはなんだ、力が抜け、魔力も減ってしまった。魔力が減ったのは一時的ではなく、永続的なもの。そこそこある魔力が自慢だったのにこれでは普通、自慢もできない。魔力でこれなら体力も減ったんじゃないか?
エルピス様の表情は変わらない。ただ少し、顔を顰めている気もする。
でもまだ大丈夫なはずだ。あの、使えなくなったモノを見る目ではない。それならなんとも思っていない、感情の伴わない瞳を向けられるはずだから。感情が見られる内は大丈夫だ。
「……言ったところでどうなる?また理由を付けて動きを制限されるだけ。なら言わない方がマシ。ねぇ、悪いと思ってるのなら上への報告と対処は君がしてね。まあこれから48番の再調整再調教と例の件の準備を手伝ってもらうけど……終わらせられるよね?」
「も、もちろんですよぉ。できる男なんで。そうだそろそろ、その例の件の内容教えてくれてもいいんじゃないですかぁ?何もわからないままだとできることも限られますしぃ」
大丈夫。大丈夫だった。
ただ、提示された条件は厳しいものだ。報告だけならなんとかなったが、処理もとなるとしばらく寝ずに働かなくてはいけないかもしれない。まあそれで“これまで通り”が維持できるのなら安いものか。
エルピス様の仰った例の件。自分は中身を知らない。どんなものなのかを教えられていない。
ただ、これがエルピス様の1番の目的であり、上からの指示でもあるということは知っている。
触媒と魔道具、場所の準備など様々なことをさせられてきたが何をするのかはわからない。
「そうだねぇ、まぁもういいか。じゃあ教えてあげる。知ったら後戻りはできないし、普通にも戻れないけどいいよね。これは、ルス教の願望であり野望……達成できたら世界は変わる。全てがひっくり返る」
後戻りはできないし、普通にも戻れないけどいいよね。
自分が望んだことではあるが、そこまで言われたら流石に躊躇う。もう止められそうにはないけども。
「主を、神を────ルス神をこの地上へ降ろす。人の身へ押し込めるんだ。そうして信仰対象をあやふやなものではなく、確実なものとして存在させる。信仰対象はこの世にいないものより存在するものの方がいいでしょ?これが今しようとしていること。そしてそれは間も無く実行、実現する。どうしてだかわかる?」
「……身体が……主を降ろす身体の準備ができた、からですか」
自分のその返事でエルピス様はにっこりと笑い、その通りだよ、と返してきた。
と、いうことは。
主を降ろすほどの身体だ。上質で、魔力も申し分なく、全てにおいて一定以上の能力値のものが望まれる。だがルス教の上部がそれを許可するか?わざわざ上等の能力を持つ信者を潰し、主を降ろさせるか?そんなことはしないだろう。
信者のままなら上手く使えるが、中身が主ならばそうはいかない。我らの信仰対象であり崇めるべきものなのだから。
ならば使われるのはあの検体たち。全ての能力を高く底上げされているからそこは問題ない。だが中途半端なものは使われないはず。
今現在の実験体で完成された検体は少ない。その中で主を降ろすモノとなればより完全なものでなければいけないだろう。そうなれば使われるのはアレしか考えられない。
「正解。さ、準備をしよう。だから早く48番の再調整をしないと。安定用の魔道具取られたから自我が安定しなくてね。元が強いからもしかすると潰されずに残っているかもだ。今度は完璧に残さず全て消すよ」




