第52話 一旦撤退です。
「これでよしっと。これだけは本当助かったわ。お陰であのチャラい男に見つからなかったわけだし」
アルカーナ国の端、門の中。
兄さんが門兵を洗脳(最初は物理攻撃で昏倒させてた)してその場を乗っ取った私たち。シーナと兄さんが門自体に埋め込まれた魔道具を使い、全体に大きな結界を張った。
おかげでシーナと兄さんが認めた味方しか絶対入れない場所に大変身した。守りも抜群、兄さんが魔道具を至る所に設置したから攻撃だってできる。
腕は今兄さんに治癒してもらっているところ。痛みは無い。あの自分を支配していた大きな恐怖も今は消えている。
「お前それいい加減着替えろよ。見たくない」
「私だって嫌に決まってるでしょ!早く脱ぎたい!……でも今他に服ないし、ホラこれ。これ付けてるから私は女神教の教祖でいられたの。だから我慢できるの」
シーナはあの真っ白な服を着たままで、兄さんに嫌な顔をされていた。
これ、と言ってシーナが指差したのは胸元に付けていた銀色のタイピンみたいなの。
女神教とは。
「あ……服、私持ってる。それでいいなら出すけど」
「えっ!?いいの……いや、流石に迷惑だし恐れ多いし……いやでもこれはチャンスでもあるのでは……?」
「ローズ、出してやれ。俺はあの服見てるだけで怒りが湧いてくるんだ。早く燃やして灰にして……いや浄化して存在ごと消したい」
なんのチャンスかわからないけど、私もあの白い服は嫌だったから前に着ていた服を影の中から出した。逃げなくて大丈夫だった時に着てたやつだからちゃんと女物。シーナとは身長そんなに変わらないから大丈夫、着られる。
それをシーナに渡せば、シーナは感激しながらその場から消えた。
少しして同じ場所に現れる。着てた服は手に持ってて、すぐに兄さんが消し去ってた。
「本当にありがとうございます……汚さないようにしなきゃ」
「……なんだろ、女の子っぽさが強く出てて私より似合ってるような…………あ、いいよ服はあるし、今は着られないからあげるよ」
旅を始めて最初の方、どこか大きな街に寄るたびにナラルさんが服を買ってくれていた。ノア、曰く、『一緒に買い物、というのが楽しいらしいです。僕の場合は武器だとかの買い物に行ったりしますが、前に娘がいれば服だとかを買いに行ってみたかった、と言っていたので』って。確かに選んでる時私よりナラルさんの方が楽しそうだったんだよね。これ……いやこっちの方が似合うんじゃないか?みたいに。
だから服はたくさんある。買って着てないのもあるんだけど、ナラルさんは『着てくれれば嬉しいけど無理にとは言わない。俺は買うあの時間がとても楽しかったからね……付き合わせてごめんね、付き合ってくれたお礼だよ』とは言ってくれたけど、少しは着たいな。
シーナに渡したのは私が自分で買った服。村でお手伝いして、貯金してたお金で買った。でもその後ナラルさんに買ってもらった服の方が私に似合ってる気がしてあまり着てなかったやつ。だからそこまで汚れてない。
「はぇぇえ〜〜!?これを!?お古の服を!?えっ、マジです?いいんです?私なんかが貰ってしまって!?」
「え、あ、うん……」
興奮した様子のシーナに若干引きつつ、何とか返事をした。
兄さんが私の右腕を引いて自分の腕の中に私を引き入れ、抱きしめる。右腕はまだ治ってない。肘の上からが無い状態。すごく不便。
「まだ治ってないんだ。でっかい声で話しかけるな」
治ってないことと声量は関係ない気がするな。
兄さんに抱きしめられてると落ち着く。もう慣れたから恥ずかしさもない。……私ってブラコン?いやいや、兄さんほどじゃないはず。兄さんが私に向けてるのと同じくらい大好きな自信はあるけど、それを行動で示して表す勇気はない。恥ずかしい。
「まだ治せないの?ローズちゃんにそんな大きな傷跡残させないでよ?ていうか手無いとかどうするのそれ」
「治せるに決まってるだろ。ただ、一から治すと物凄く魔力使うんだ。一気にやると形がおかしくなるし。無くなった部位を治癒するのは時間かかるんだよ。魔力は温存したいけどローズに不便な思いはさせたくない。……どうするか」
ゆっくりでいい、って言いたいけど腕が無いとさっきのことを強く意識しちゃって怖い、んだよね。死にそうなほどの恐怖、それ以外を考えられなくなるほどの激痛。
……ノア、は。怪我してた。痛いはず。辛いはず。兄さんだって、ノアとの戦いで怪我してた。私だけが痛い思いしてるわけじゃない。これも、慣れないと。
どうやったらノアを元に戻せるのかな……。
そうだ、魔道具。
「ねぇシーナ。どうしてこの魔道具でノアの動きが鈍るって知ってたの」
「私ね、ルス教信者として司教に推薦されてルス教のやってるやばいこと知って、そこで動いてたから。情報集めはたくさんできたよ。まあ誰にも言えなかったんだけど。教える方法がなくて。信心深いとか言われててさ。笑ったよね。で、その魔道具のことは、隠蔽の魔法使って許可ないと入れないとこ入った時に話してるの聞いてさ。そこであのチャラいの見たんだよねぇ。驚いたけどまあやっぱり、みたいな?」
すごいと言うのか危ないと言うのか……。




