第50話 敵に捕まって変えられた仲間って大抵元に戻りませんよね。
青く長い髪がふわりと揺れる。
俯く顔が、ゆっくりと正面を向く。
閉じた瞼が開かれる。
青の瞳は意思の光を灯さない。
ただただ“無”の表情のノアがそこにいた。
着ている服はゆったりとした白いもの。ルス教の信者の人たちを思い起こさせる服。違うのは、所々に動きを制限させるかのようなベルトが付いているところ。
『何を、した』
『間違った思考を治してあげたんだよ。あとぉ、人体改造……的なぁ?』
兄さんを見てもノアは何のリアクションも起こさない。あの瞳には何も映っていないようだ。
「人体、改造……?」
何をされたの。何をしたの?
どうしてノアを?
『間違った思考……?人体改造?なんでそんなこと……』
戸惑った表情をしながらも兄さんは戦闘態勢を解くことなく、周囲を警戒している。特に、ノアを。
『ああそっか。シンくんもそうだもんね。大丈夫、全部終わったらシンくんも治療してあげるよ。“闇”なんて穢らわしいものを受け入れるなんてこと、無くなるように。シンくん光の使い手だし、すぐに馴染めるよ。ローズちゃんのことも忘れてさ。……あれ?もしかして、シンくんってローズちゃんに洗脳されてんの?ていうかぁ、あのお仲間はみーんなあの子がせんの────っぶないなぁ、人の話は全部聞こうよ』
『聞く価値も無い言葉を何故聞かなくてはいけない?ローズはそんなことしない。お前と違って。人の意思を尊重しないなんてこと、するわけがない。ノアを元に戻せ』
チャラ男はニヤニヤしたまま。攻撃する素振りはない。
ノアはただどこかわからない場所を見つめながら立っているだけ。
『ふぅん。じゃあシンくんは人の意思尊重しないんだね。だって、ローズちゃんのためにここの人たちのこと洗脳しようとしてたもんね?ならローズちゃんも同じじゃない?まっ、そんなのどーでもいっかぁ……始めようか、48番。彼を無力化してね。殺しちゃダメだよ、光属性は貴重だから。頭と心臓が動いてればいいよ。それくらいの損傷なら治せる』
『……っ、ああそうだよ!ローズのためなら他人なんてどうだっていいし俺が何て言われようがどうでもいい。それだけわかってろ!ローズは、俺の大切な家族だ!悪く思うなよ、ノア!正気に戻ったら治癒してやる!』
チャラ男がノアへあの魔道具を付ける。瞬間、戦闘は始まっていた。
光と光がぶつかり合う。時々見えるのは……黒い、影?
戦っているのはノアと兄さんだけなのに、さっきのチャラ男との戦いより激しい。チャラ男は離れた所で2人の戦闘を観察するように見ているだけだ。
兄さんの詠唱はない。無詠唱で戦っている。兄さんが無詠唱で魔法を使うのは、それだけ魔法の発動を急いでいる時。詠唱はした方が魔法の精度が高くなるから、前にセネルと戦った時もちゃんと詠唱してたし、さっきのチャラ男との戦闘でもしていた。今してないってことは、それだけ余裕がないってこと。
それに剣も抜いて戦ってる。魔法だけじゃ足りないんだ。
「大丈夫、だよね……」
兄さんに押し付けるみたいにして影の中に来ちゃったけど、これで良かったのかな。戦闘経験がない私がいてもいい標的だし、邪魔だろうなって思ったんだよね。
でも兄さんの顔は険しい。それだけ厳しい戦いで、それだけノアが強いってこと。
『……【闇よ、集え】』
『────っ、!』
激しい光に一瞬兄さんが顔を逸らした時だった。
抑揚の無い声音でノアが詠唱する。
影が……霧のような闇がノアの掲げた手の元へと集まり、大きな鎌のような形へと変化していく。
『……第3形態、解除の許可を求めます』
『許可しまーす』
『……主による許可を確認、第3形態解除。出力45。再開します』
機械的な声だった。
鎌を覆っていた霧が消える。後には、鋭利な刃を持つ漆黒の鎌が現れた。ノアの体より大きな鎌。
やり取りの間も、兄さんは攻撃を続けていたけどノアの周りの光の奔流に全て流されてしまっていた。
ノアの首へ下げられた魔道具が、仄かに光を放っている。
『ちっ、そういう、っ!改造っ、かよ!そらこうもなる……っ!人工2属性とか、馬鹿みたいな……っっ!!』
ノアが大鎌を振るう。兄さんはそれを剣で流すけど、鎌と剣なんて相性悪いよね、武器のことなんて何にもわからない私でも戦い辛そうなのが見てわかる。
『だってそうでもなきゃ2属性持ちは生まれないからさ。あ、ちなみに48番は3属性で〜す。単体で使えるのは光と土の2つだけど、47以前の闇の検体と接続させてるから闇も使える。あ〜でもこれ結構負荷が酷いなぁ、もう少し調整必要かぁ』
2属性持ち?3属性?
複数の属性持ちの人は光と闇より少ないってどこかで見た。村の教会の書庫かな?
兄さんが人工2属性とか言ってたな。ということはノアにチャラ男は人工的に複数の属性を持たせるようにしたってこと?
だからノアの属性じゃない光の魔法が飛び交って、どう見ても闇属性の魔法らしい鎌が出てきたのか。
『がっ……!っ、くそ』
ノアの大鎌が兄さんを吹き飛ばす。兄さんは壊れた建物の残骸へと背中からぶつかり、脱力した。
「にっ、兄さんっ!」
服から血が滲み出てきている。
慌てて兄さんの側の影から出て、鎌を振り下ろすノアと兄さんの間へ結界を張る。吹っ飛ばした兄さんを追いかけてきたんだ。来るの早くない?
ノアの振るった鎌は結界に阻まれこちらへは届かない。
「ロー、ズ、もど……れ。だいじょ、ぶ……大丈夫、だから。もう大丈夫だから。早く戻れ」
「でもっ、」
「早く!周りを気にしていられるような状況じゃないんだよ!」
治癒で傷を治したらしい兄さんはすぐに立ち上がり、ノアへと剣を向ける。
邪魔、ってことだよね。わかってるけどさっきだって兄さんやばかったわけだし……またああなったら?私が間に合わなかったら?
兄さんが傷つくのは嫌。私が邪魔になるのも嫌。どうすればいいんだ。
「48番、その子が現れたらその子潰して。闇、だよ……わかるね?」
「……了解、続行します」
結界が壊される。ノアが狙うのは、私。
「ノアっ……!」
駄目、兄さんの足を引っ張るだけ。それは、良くない。
影の中へ戻る。ノアはすぐに兄さんへと標的を切り替えていた。
「どうすればいい?どう、すれば……」
ここから今逃げたとして、狭い国の中だ、すぐに見つかる。悪いことが先延ばしになるだけ。
ノアが強すぎる。正気に戻る気配もない。せめて何か弱体化出来ればいいんだけど……。
『ごめん遅くなった!』
悩んでいると、そんな声が外で響いた。




