第49話 そういえばそういうことですよね。
宗教を潰すなんて未だよく実感がない中、本番は来てしまった。
「とりあえず教皇殺すか。こんなクソみたいな間違った教えを長い間一族で広めて来たなんて許されないことだしな。……いや、多くの人が間違っていたって実感するにはやっぱり力を見せつけるべきだから、教皇だけ殺しても意味がない」
ルス教の敷地の中。アルカーナの城とは別の大きな城のような建物から広がる、教会やら食堂やが収まった場所に私たちはいた。
人はあまり見かけない。みんな隠れてるのかもしれない。
「どうするの?」
「とりあえず片っ端から洗脳して暴れまわる」
冗談かと思ったけど兄さんの顔は真剣そのもの。本当にそんなやり方で行くつもりなのか……。洗脳なんてしたら余計に悪く言われないかな?
「それにしても厄介な奴が敵だなぁ。あいつは早めに潰したい」
厄介な奴。厄介な奴とは。
あ、チャラ男か。そういえばそうなるのか。夜中に来るくらいだもんね、敵か。
え。チャラ男敵なのか。ルス教だったんだ。だからみんな嫌ってたの?ルス教関係者って知ってるから?私も好きではなかったけど。
ずっと嘘ついて私たちに着いてきて、アルカーナ国に入れてまでして何がしたいんだろう?ルス教関係者なら見つけた時点でさっさと潰せばよかったのに。チャラ男ならできそうだし、実際できるんだろうし。
ルス教の人なのに私と普通に話してたな。他の人なら、話すのも嫌って感じなのに。何がしたいのかわからないけど、仕事だから?1つ前のターイナ国で追われた時も一緒になって逃げたし。事情話せば追われることもなかったんじゃない?
チャラ男、何がしたいんだろう。
「厄介なってそんなぁ。まあそうでもないと俺の目的は達成できないよねぇ。あ、俺からしたら君たちも充分厄介だよぉ?」
「【光あれ】。お前もう復活したのか」
いきなり目の前に現れたチャラ男。チャラ男の言葉の後、被せ気味で兄さんが詠唱する。ぱすっ、と軽い音がして目の前で光が弾けた。
「あ〜、あれね。うん、ちょっとびっくりしたよねぇ。まさかあんな魔法で俺がさ。ふふっ。慌てて押し付けようとしたのに強制力強すぎじゃない?流石、“闇属性”って感じだよねぇ、ローズちゃん」
嫌な表情。嫌な目線。前までのチャラ男じゃない。
ていうかそれと闇属性とって関係なくない?
「お前がそんだけ弱いってことだ──っ危ねぇなぁ。ローズ居るんだぞ、加減しろ」
「はぁ〜?“闇”ごときにかける加減なんて無くない?まあ……俺の目的とは関係ないけど、通り道ではあるよね。あのお方のためにも、少しでも“闇”は潰そうか。さあまずはローズちゃんから。シンくんはそのあとで相手してあげるよ」
ニヤニヤ、ではなくニヤリとチャラ男が笑えば、チャラ男の周囲に光り輝く剣が大量に現れた。
辺りが光に包まれる。強く光り輝くのに、熱は感じない。冷たい光。
逆光でチャラ男がただのシルエットになる。
こんな状況でも私には未だ実感が湧かない。これはこれからの将来かかかった戦闘。もしかしたら死ぬかもしれないのに。
「兄さん兄さん。私たぶん邪魔だから影の中にいるね」
「え?あ、ああ。そうだな、そんなことできるんだった……。出てくるなよ、その中なら安全だろ」
「うん。……兄さん、頑張って。怪我しないようにね」
兄さんの手を強く握ると、私は影の中へと入った。瞬間チャラ男の剣が兄さんへと殺到した。
兄さんは大丈夫だと思う。私はこのままチャラ男の背後を取る!いつでも攻撃できるようにしないと。
チャラ男は強い。兄さんも言ってた。だから、私もそれだけの魔法を使わないといけない。何がいいかな?いつもの魔法は効かないと思う。やるだけ無駄。何がいいかなぁ。
『アハハハハハ!ねぇ、ローズちゃんどこに消えたの?どこに転移させたの?転移させても代償無かったっぽいから近くだよね?すぐに見つかるよ、ここはそういう場所だ』
『さぁな。お前らには見つからない場所だよ。お前が信じる神の技、受けさせてやるよ!嬉しく思え【神威の一撃】!』
何度かここへ入る内に、望めば外の声が聞こえるようになった。今発生してる戦闘音はいらないや。見てるだけでいっぱい。地面やばい。敷地やばい。あ、なんか人来てる。白い服を着た、男の人。戦闘域から外れた所で叫んでる。なんて言ってる?
『エルピス様!もう目を離した隙にこんな!始末書俺手伝いませんからねぇ!』
関係ない人かな。放っておいて大丈夫?兄さん気がついてるよね。
この人の実力がわかれば、放っておいて大丈夫かどうかわかるんだけど。
外、出るかな。私だってそこそこ戦えると思うんだ。兄さんとか周りの人で霞むけど。だからこそ朝の魔法、チャラ男にかけられたのかな。油断してたとか。
影から出る。
「検体放り出してどこか行ったと思えば……ていうかみーんな地下に行かせたのって襲撃知ってたから?……やだぁ、こわーい……」
なんかブツブツ言ってる。私はこの男の人の方が怖い。
「【暗闇】」
とりあえず視界と聴覚を奪う。私認知されたらいけないし。
「わぁっ!?」
「っ!」
男の人は大げさなリアクションで、目も耳も使えないはずなのに真っ直ぐに私の方向へと振り向くと躊躇うことなく魔法を放ってきた。
慌てて影の中へ戻る。
『なんだぁ?……聞こえない!きーこーえーなーいー!!あああああああ!……だめだ』
強い、のかな。強いんだろうな。ラクスよりやり辛い。でも、やらないと。この人がチャラ男に加勢したら兄さん辛くなるかもだし。
「大丈夫。やれる。私はできる子。今までの使えなさはここで挽回する!」
魔法を四方八方へと打ちまくっている男の人の真後ろから出て、抱き着く。
「お兄さん、ごめんなさい。【吸収】」
上手くいった。びくっ、って一瞬震えた後、すぐに体から力が抜けて私じゃ支えられなくなった。
殺す程じゃない。戦えなくさせるだけ。これがこの人の将来を奪うことと同義っていうのはわかる。それでも、この人のせいで兄さんが危険な目に合うのは許せないから。
一応謝罪はした。
男の人の体を地面に横たえて、最初の暗闇の効果を消す。
「……ぁ、おじょ、ちゃん……どして……ぁう…………」
私を目に止め、困惑した表情でそんなことを言った後、気絶してしまった。それを確かめた後で、吸収の効果も消す。
これで大丈夫。影に戻ろう。
「もぉ〜、使えないなぁ。……ねぇローズちゃん、これなーんだ」
「────っ!?」
チャラ男の声が耳元で聞こえた。
慌てて距離を取りながら振り向く。チャラ男、何か握って……魔道具を、持ってる。
「見覚えあるよねぇ?ふふ、あははは」
見覚えのありすぎるそれ。ダイヤ型で、青い石がはめ込まれてて。半分欠けてるけど、確かにあの魔道具は。
「ローズに手を出すなぁぁぁあああああっ!!」
光を纏った風がチャラ男へと迫る。チャラ男は顔をしかめてその場から消えた。
「ローズ!」
転移先の候補は兄さんの所か私の所か、他の離れた場所。確率として高いのは私。
だからすぐに影の中へと避難して兄さんの側から出る。
「あいつ、あいつ、あの魔道具……っ、ノアの、私が魔法込めて、ノアにあげた魔道具持ってた……っ!なんで!?兄さん、のあ、ノアは、あいつに何かされて────」
「アハ、せいかーい。光に使われるなんて光栄でしょ?俺も楽しかったし〜」
離れた場所に現れたチャラ男。
大きく口角を上げて、嫌な笑みを浮かべている。
「ノアをどうした」
「ちゃんと使ってあげたから。上等な検体。最高の実験結果を得られたよ。これまで通りに彼はいなくなったけど……ま、必要ないしさ」
使う?検体?実験結果?
何を、言っているんだろう。何のことを話しているんだろう。
「……なるほどな。そういうことか。で、どうするつもりだ」
「ウフフ、稼働実験のために会わせてあげるよ。だから相手してあげてね?おいで、俺の傑作」
チャラ男が魔道具を目の前に突き出す。するとそこに光が集まっていく。
止める間もなく光は成長し、人ほどの大きさになると一際明るくなり消えた。
「……ローズ、影へ」
「わかっ、た」
やだなんて言えないくらい、真剣な声音だった。返事をしてすぐに影の中へ入る。
光が収まり現れたのは、青い髪を長く伸ばした青年だった。
ノア、だった。




