こわれる
ノアです
その夢は生温い液体の中へ突き落とされる所から始まった。
落とされて、どうにか浮かぼうとするんだけど手足が動かない。空気を求めて必死になっても体はどんどん沈んでいく。たくさんの液体を飲み込み、空気が足りなくてだんだんと重くなっていく体に絶望感が込み上げてくる。
最後の一カケラ、空気の泡が口から出る。
息は、できていた。
手足は動かない。頭が痛い。
辺りは真っ暗で、それでもなぜか自分の周りのことはなんとなく把握できていた。液体の中へ沈んでいて、手足に何か……何かが、繋がっている。何かということはわかるけど、それ以外はわからない。
これは夢だ。
起きれば僕はあの宿の部屋で目覚める。またあの白い服に手を通して、シスターさんたちへ話を聞きにいく。
これは、夢だから。こんな焦りも、恐怖も、変な夢を見ているから感じていること。だから早く起きて安心したい。
●●
水の中へいるような浮遊感があった。
それにおかしさを感じて目が覚める。
まず、体が動かない。いや少しは動くけれどとても重い。
「……っ!?」
声は音として出ず、ただ目の前に空気の泡が現れただけだった。
「っ!?っ!?」
理解が追いつかない。
ゆっくりと、状況を確かめてみる。
まず自分を見る。液体の中へいるようだった。それでも息はできている。そして自分の服ではないものを着ている。服、というよりか、縦長の布の真ん中に穴を開け首を通し、体の左右、脇の下と腰の辺りを紐で縛っているだけのもの。
手足には黒い枷が付いていて、仄かな白く光を放つ細い鎖で下へと繋がっている。鎖は首元からも伸びているから、首にも同じものが付いているらしい。
身体中に何か紐のようなものが繋がっている。紐にしては少し太い。それは下へと伸びているものもあれば、頭上へと伸びているものもある。この紐、旅の途中で見たことがあるな。伸縮性のある素材のはず。医者が、患者へ薬を投薬する際に使っていた。点滴、と言っていたような。なら僕は何か薬を入れられているということ?
大きな筒状の容器の中へ入っているらしい。いつ入ったんだろう。
外とここを隔てているのは硝子だ。硝子をこんな大きな円形に加工するなんて、どうやったんだろうか。
薄暗い外へ目を凝らせば、僕と同じような状態の人がたくさんいるのがわかった。明らかに死んでいるような状態の人もいる。
「っ!?」
声は出ない。
外の扉が開く。誰かが入ってきた。
近くへやってきたのは、男──鮮やかな金髪の、男。
驚きは少ししかなかった。ああ、やっぱりという気持ちが大きい。だって、彼は怪しすぎた。あの軽薄な態度も、現れたタイミングだって。
彼は起きている僕を見ても何も言わず、僕の入っている容器の前のものをいじり始めた。魔道具か……?それにしては大きい。
少しして、ようやく僕を見る。見たことのないほど、“無”の顔。僕に対して何も思っていない表情。
「あ〜、ほんと上質な素材。副2属性の上位魔法を使う素材なんて初めてだ。彼女にダメージを与えることもできたし、上出来じゃない?この調子ならあのお方を降ろすことだって不可能じゃない。闇など使いたくない。ちょうどいい。肉体年齢も、見た目も悪くない。アハ、アハハハハッ……さいっこうだよねぇ」
長い独り言だ。僕への返事は求められてない。
彼が何か操作する。手足がビク、と勝手に動き頭が重くなる。視界が霞む中、彼が僕を“一個人”として見たのがわかった。
「さぁ……おはよう、ノアくん。いや、今は昼だからおはようはおかしい?でも起きた時に言う言葉としては合ってるよねぇ。どうだっていいんだけど。で、だね、君は俺個人として好きだからトクベツに説明してあげる。これからのこと。君がこれからどんな酷い目に合って消えていくのか、君の体をどんな風に使うのか。君は、」
彼が1人で満足そうに話す言葉を、重い頭でどうにか理解しながら僕は恐ろしさと絶望感に飲まれていった。
なぜこんなことになったのか、そうだ、僕はローズへ酷い言葉を投げつけてしまって。帰らないと。謝らないと。あんなこと微塵も思ってないって言わなければ。
「でさぁ、どうやっても自我が消えるわけ。他のはどうにかできたんだけどこればっかりはどうにもならなかった。ま、いいことだよねぇ?真っさらな状態でモノとして使われるには。ねぇどんな気分?これからノアくんは消えて、体だけ良いように使われるわけだけど。しかも上手く彼らが逃げれば君は“大好き”な彼女の敵になるんだけど。どう?ハハ、滾るねぇ、俺的には最高の展開。信じてた彼に裏切られた!みたいなさ。じゃ、お喋りはこれくらいにして、サヨウナラ、“ノアくん”。コンニチハ、第8検体48番」
もう僕は見られていなかった。
僕はただのモノだった。
ああ、どうすればいい。このままだとローズ達は……。焦っても遅いのはわかっている。そもそもこれは僕が引き起こしたことだ。1番警戒すると言ったのに。
どうしようもない。本当に、どうしようもない。
意識が薄れていくのがわかる。
あぁ……すみませんと、謝らなければ。僕は、ぼく、は……ローズを、また、もっと。
────────傷付けることになる。
この世界、酸素の概念はおそらくないです。
あったとしてもノアにはないです。ゴムがわからないのと同じ。
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