シン「怒りなんて吹っ飛んだね。一瞬」
シン視点
恐怖に染まった顔が目に焼き付いて離れない。
ああいう感情を剥き出しにした表情は騎士をしていて今まで嫌というほど見てきた。それでもアイツがあんな感情を思いっきり出した顔したことなんてないし、見たことなかったから驚きだ。
でも向ける方向が間違ってる。出すタイミングも間違ってる。
なんでローズに向かってあんな顔したんだよ!しかもその前に言った言葉!態度!怒りしか湧かねぇ。
ローズが?闇で?怖い?はぁ?
お前今まで何見てきたわけ?
どうやって接してたわけ?あれは嘘だったって言うのか?ローズ連れ去っておいて?あり得ない。
「今まであんなこと言ったことない。闇だからとかそんな考え方したことないんだ。いきなりああなるのはおかしい。どうしたんだ?」
静寂を破りナラルさんがそんなことを言った。
言われて見ればそうだな。今まで普通だったんだから。いやだとしてもあれはない。駄目だろ。
「確かに、そうだ。ローズを連れて行くの許可したのは2人が闇属性を忌避しないってわかってたから、ってのもあるんです。外じゃ闇属性なんて普通受け入れてくれるものじゃない。だけどこれはなんだ?ローズが怖い?ローズが嫌だ?しまいには来るなって?あいつ覚えてろよ……絶対に後悔させてやる……」
アイツの親が目の前にいるとか関係ない。
ローズへの態度を急変させたのだって許せないし。これじゃラクスとか言うあのアホと同じじゃないか。ユーラには悪いけど、アレはユーラとは別の人だし。ただの兄弟だし。悪くないか。別に。
イラつくなぁ。
「本当にすまない、ローズ。息子が酷い態度を取った。悪いね、シンくん。……でも、理由があるはずなんだ。理由もなしにあんな風になるのはおかしい」
「それも……そう、なんですけど」
そうだけど。そうなんだけど。
じゃあ何があったらああなるんだ。元々そう思ってたんじゃないのか?……いいやそれはないか。そんな思いがあったのなら気がつくはずだ。それに、アイツが何のためにそんなことするんだ。
ぐるぐると考えていたら袖口を引かれた。ミーシャだ。
「……ん?…………あ。ローズ」
ミーシャが黙って指差したのは、ローズだった。
唇を固く引き結び、泣くのを我慢しているらしい。すでに目には涙が溜まっている。
ローズの前に立ち、しゃがんで目線を合わせる。途端、ローズの瞳からボロ、と大粒の涙が溢れた。
「私、ノアには、嫌われてないって。嫌われること、ないんだろうな、って思ってたの」
そうだよな。アイツ……ノアとは今まで良くやってきたんだ。普通に接して、話して、笑いあって。俺がいない間はどんな感じだったのか知らないけど、村にいた時より打ち解けた感じはあった。村にいた時からだいぶ打ち解けてたけど。
ノアと話している時のローズは楽しそうだった。ノアだって楽しそうにしてた。それが気に入らなかったけど。
最初ルス教に追われることになった時だって、俺はいなかったんだからノアがきちんとした判断をしてくれたってことだ。これはナラルさんかもしれないけど、闇だからと足を引っ張るようなことはしなかった。
村から連れ出したのは本当に、ほんっとうに気に入らないけど誘ったのはノアからだろ。それを受けたローズも、誘ったノアもお互い悪く思ってなかったってことだし。毎日一緒にいることになるんだぞ?嫌いならそんなことできないもんな。
総合的に見ても、普通より上の感情があったのは確かだ。
ローズの涙は止まらない。ぼろぼろぼろぼろ、次から次へと溢れ出してくる。
こんな気持ちにさせる程にローズの中でアイツの存在は大きかったんだな。ムカつくな。
「ノアは、私を知っててくれる。私が闇属性だとかそういうこと関係なく、私を見ててくれたから」
ラクスのことがあったからか、俺が知らないそれ以外のことがあるのか。
闇属性ということ関係なしに、ただただローズを見てくれる人は少ない。闇属性というだけでその人物は多くの人から忌み嫌われる。
だからこそ、ノアという存在は大きかった。
ナラルさんやミーシャだってそうだ。彼らがもし同じようにローズから離れていけば、ローズはまた傷つき泣くだろう。
流れるローズの涙を拭う。
それでもどんどんと流れていく。ああ、アイツ。覚えとけ、こんなにローズを泣かせて。同じくらい泣かせてやる。
「うん……そう、だな」
それにしてもどうしていきなりああなったんだ。
この怒りを抜きにして考えればナラルさんの言う通り、おかしい所しかない。アイツがあんな考え方をするわけないし。何があったらこうなるんだ。
なんか変な魔法にかかってるんじゃないのか?いや最低限の魔道具は持たせてるし、そもそもアイツそんなにヤワじゃない。そこら辺のにやられる程弱い男じゃあ、無いんだ。ならそれ以上に強い者がいるってことか?
てか弱っちい奴にローズは任せない。
「そう……そう、なの……だからあんな……あんな……うぁ…………うぁぁあああ」
「……っ!」
ローズから、ローズから。抱きつかれた。
待て、待ってくれ。状況が状況とはいえ、ローズから俺に抱きついてくるなんて!こんなことあっていいのか!?
きつく抱き締め返す。1人じゃない、ついているという思いを込めて。
声をあげて泣くローズにつられたのか、ミーシャも泣き出している。ああ、セネルも顔を歪めて今にも泣きそうだ。
ローズは、1人じゃない。ローズをローズとして見てくれる人はこんなにもいる。
ナラルさんを見る。彼も俺の方を向いていた。
頷き合う。考えていることは同じだ。
何かおかしい。これからは、今まで以上に慎重になって動かないと不味い。
ノアのあれは本心じゃあないだろう。魔法か呪いか。わからないが、俺が気がつかない程巧妙に掛けられた魔法だ。それほどの使い手がいる。気を抜けない。
アイツが戻ってくるかもわからない。でもこの国狭いし、何か行動していたらどこかで必ず見つけることはできる。見つけたらすぐに調べないと。そして、掛けられた魔法を解かないと。
あのままじゃローズは悲しんだままだ。
そして魔法を解いた後で散々泣かせてやる。ぼろぼろにな。




