第11話 ごめんなさい許してください。
兄さんに怒られて、叩かれました。
私から付いて離れないのは変わらないけど、無表情のまま無言で側にいるからなんだか圧力が……。
悪いことをした、っていうのはわかってる。失敗してたらただじゃ済まなかった。日本で暮らしてて平和ボケした私の頭と、この世界の現実の差。ここは、ゲームじゃない。現実なんだ。死んだらそこで終わり。
それを私はきちんと理解してなかったんだと思う。現実だとはわかっているけどなんとなく、心の奥底で夢みたいに思っていたところがあったんだ。
「にい……さん」
「……何」
じろ、と目だけを私に向けてくる兄さん。昨日までの笑顔はそこにない。もし、これがバッドエンドの時の怖い表情に変わったら……。どうしよう。
お昼、お手伝いをさせてもらったあとに「ご飯食べてって!」って言われて、食べさせてもらっている途中。家の人はパッと食べて「じゃっ、ゆっくりしてって!皿は流しに入れといてもらえればいいから!」とだけ言ってパッと仕事に戻ってしまった。
今は兄さんと2人っきり。兄さんのおかげでお手伝いがスムーズにいったのは確か……なんだけど……さ。
「あっ……えっと、あの、あの……ね。こっ、この後今日はもうっ、お手伝いが無いから、私、教会の書庫に行くつもりなんだ、だから……」
「着いていく」
一言。それだけを言うと目線を皿に戻してしまう。
まだ怒ってるんだよね……怒ってるけど、側にはいる。嫌われては、ない?これでまた撒いて1人で行ったらもっと酷いことになりそう。
でも書庫には火に油となりそうな人物がいる可能性が高い……。そう、ノア。
「でもっ、教会だし、本読むだけだし……そっ、そう!ノアもいるし!」
じろり。
「ひぅっ!」
目で殺されそうな程の威力。うっかり言ってしまった“ノア”というのは、やっぱり着火剤だった。ああ馬鹿だ、私。なんで言ったの!点火しちゃったよ!
「着いていく」
さっきよりも低い声で兄さんはそう言うと、これ以上何も言うなというオーラを出し食事に戻った。
●●
無言で教会まで歩く。
この空気、辛い。これはバチが当たったんですね……。これは、試練。試練なのですね、神さま。神なんて信じてないけどさ。
「ローズちゃんっ!」
目の前に飛び出してきた人影。え、シーナだ。何の用だろう。
「何?」
兄さんが私を守るようにわずかに前に出る。それを見たシーナは表情を険しくして私に近寄った。
「ローズちゃん。ちょっといい?ローズと2人で話したいの」
何、今の。シーナの好きな人ってもしかして兄さんなの?ねぇこれ当たり?当たりなんじゃない?今の顔、その後の言葉。当たりだよね。これはチャンス!兄さんをシーナに渡せば……ってそうなるとヒロイン補正で兄さんに嫌われる確率も出てくるのか……。
「わかった。兄さん、行ってくる」
「……1人にはできない。見える所にいる」
過保護。
私はシーナに連れられ近くの、人があまり来ない所へ来た。少し離れた場所に兄さんはいる。この距離だと声は聞こえてしまうだろうな。
「……なんなの、今度は……悪役が増えるなんて聞いてない……」
シーナはブツブツと何かを言っている。小さい声だからなんて言ってるのか聞き取れない。
「話って何」
私が話しかければブツブツは止まり、パッと笑顔になって私を見る。可愛いんだけどなぁ。行動が残念。
「ちょっと待ってね……【風壁】っと。よし、これでお兄さんに声は聞こえないよ。安心して私に話していいから」
風の魔法か。便利だなぁ。
そんでえーっと?何を?
「話す?」
「ああ、そうだよね、言いにくいよね……。あのね、私見ちゃったの。昨日のこと」
昨日のこと。えっ、魔物と魔法を!?見られてたの!?待ってなんて言えばいい?魔物を魔法の空間の中とはいえ持ち歩いてるなんて、なんの言い訳もできないよね。どこかに放すこともできないし……。
「お兄さん、ローズちゃん叩いてた。ねぇ、家では大丈夫?あの後嫌がるローズちゃんを無理やり連れ帰って……酷い。お兄さんなのに殴るなんて。女に暴力を振るう人、大っ嫌い」
本当に嫌悪した表情でシーナは離れた場所に立つ兄さんを睨むように見る。これが演技なら私は何も信じられない。
ということは、シーナは兄さんを好きではなく、勘違いしてるってこと?兄さんは妹に暴力を振るっている家庭内暴力男だと。
「本当に大丈夫だよ、今話してる声はお兄さんには聞こえてないから」
話さない私が心配になったのか、今度は優しげな声と表情で覗き込んでくる。
なぜヒロインであるシーナが私を心配してくれているのかという謎はさておき、勘違いは直さなくちゃ。
「ごめん、勘違いしているみたいなのだけど、私は兄さんから暴力を振るわれているわけじゃない。昨日は私が悪いことをしたから叩かれただけで……兄さんは何も悪くない」
「……悪いこと、って刷り込まれてるのか……ローズちゃん、ローズちゃんは私が守るからっ!何かあったらなんでも相談して?」
刷り込まれてるってなんだ。今度のは聞こえたぞ。
「違う、本当に私がいけないことをしたから。昨日のは、約束を破って魔物に近づいたから兄さんが心配して怒っただけ」
「えっ……?約束を破って、魔物に……近づいた……?だから怒られて…………じ、じゃあこれは私の勘違い……ってこと……です?」
そうなります。
「そう」
「なっん……だ、と……」
驚いたような感じの不思議なもの凄い表情をするとシーナは、掠れた声で「【ふ、う……へき……かい、じょ……】」と言ってフラフラとしながら立ち去った。
いや、何?なんで?なんでシーナは私を心配してるの?兄さんから引き離したいとか?そういうことなのかな?それは別にいいんだけど……わからない、何がしたいの……。
「何を言われた」
「えっ……と」
兄さんの元へ戻れば、すぐにそんなことを聞かれる。声が聞こえてなかったのなら当たり前か。
「ちょっと勘違いされてて……」
「勘違い?何を」
兄さんが家庭内暴力男だと。
言えるわけねー……。
濁したいけど、私に詰め寄る兄さんはきちんと聞くまで諦めなさそう。
「あの……昨日の、ことで」
「昨日?……ああ、魔法か」
おや。兄さんも勘違いしてくれたみたい。これでいいかな?
「魔法がどうしたんだ。何かしてほしい、とかか?」
そこまで聞きますか。どうすればいい?でっち上げる?でも嘘ついてバレた時が怖いな。
言うしかないよね……。
「そうじゃない、んだ。昨日、兄さんに……ひっ、引っ叩かれたことで、シーナが兄さんは日常的に暴力を振るう男だって勘違いして……あっ、あのね!ちゃんと違うって言ったから……誤解は、解けています」
だんだんと険しくなる兄さんの顔に慌てて弁解するも、眉間の皺は取れない。
ほんとこの兄さんの前だと口調が“ローズ”じゃなくなる……。怖い。
「……別に。俺が誤解されるのはどうだっていい。ローズが何でもなければ、な」
不機嫌な顔のまま、兄さんは先に教会に向かって歩き出してしまった。




