第10話 魔法を試したいです。
前半兄視点入ってます。
短いです
ついこの前は妹の変化を訝しんでいた。
昨日は妹の可愛さにやられた。
妹は白だ。真っ白。
『良かった。私、もうしないから。もう、アレクはどうでもいいの。もう何もしない。だから、だから……嫌いにならないで……?』
潤んだ目で俺を見上げてくるローズ。嫌うわけないだろ、こんな可愛い妹。
会っていなかったからか、余計に可愛さを感じる。
シーナへ酷いことを言った、と言っていたがまだあんなのはかわいいものだ。貴族の女はやばい。もっとやばい。遠回しに悪口ばかり言い合ってるんだ。ああ言われたからこう言う。こう言われたらこう返す。
表面のみ取れば、たわいのない社交辞令的な会話。だかその中身を知っている者が聞けば悪口の言い合い。ものすごい。
大きくなると、人目のある所での嫌がらせまでに発展する。この嫌がらせはものすごい。何人の令嬢がライバルに蹴落とされ、家に引きこもるようになったことか。
王都に行ったばかりの時は分からなかった。着飾った女たちが話している程度だった。でも慣れてくると話は変わってくる。意味がわかるから。怖い。
なんであんなに“シーナ”に言ったことを拘るんだろうな?人ならきついことくらい言うだろうに。こういう俺だって言ってしまうし、上官の悪口なんて日常茶飯事。
しばらくローズと一緒にいてやらないと。嫌いじゃない、嫌わないってちゃんと身を以て示さないとな。
あーあ、王都に戻りたくねぇなぁ……。
●●
やっと兄さんを撒けた。
でも嫌われてないんだな、ってのはわかった。まだ、大丈夫だったみたい。まだ物語は中盤で実害を与えるようなことをしていないから。かな。
ノアが部屋へ侵入してきたあの日から私にべったりな兄さんは、どこへ行くのでも着いてくる。まあおかげ様で村でのお仕事は見つかったんだけど。
何でも屋みたいに、村の人が1人じゃできないことを手伝うことになった。
家の修理、子供の世話、家畜の世話。家のことを手伝えばいいよ、なんて兄さんには言われたけど、家の畑は右隣の家と村長の家との共同畑。これは村の魔物が入り込まないように設置してる魔道具の問題なんだけど、魔道具の効果が及ぶ範囲内じゃないと魔物に襲われてしまうから、好き勝手に村を大きくできない。だから畑を共同で持つことで、効率もいいし襲われることもなくなる。
魔道具は、村の中心に置かれていて、円状に効果を発揮している。だいぶ長いこと買い換えていないからそろそろ寿命、とかいう話を大人がしてた。
私もその畑を手伝ってもいいんだけど、私が世話をするとなぜだか植物が育たない。触るだけいるだけなら何にもならないのに、種を撒いたり水をあげたりすると芽は出るのにそっから育たない。小さい頃からこうだった。小さい頃はお手伝いする!って意気込んでやってたのに私がやった所だけなぜだか育たなくて、よく泣いてたのはいい思い出。
教会の本を読んでてわかったのは、私が闇属性の魔法の使い手なのが原因らしい。
闇の魔力は生命力を吸ってしまう。だから育たないのは当たり前。私は植物を育てられない。あ、でも、一部の生命力が高い植物は育てられるんだって。それも薬草とかで、過去の闇属性の先輩たちが毒として使っていたものらしいけど……。はは。
だから畑仕事は手伝えない。
なので何でも屋。家畜の世話して殺さないか、って?植物より生命力高いから大丈夫じゃないかな。人と同じ。
ということで今私は村の端にいます。
最近魔物が彷徨くようになったらしくて、それの見張り。近くに畑があるから荒らされないように、だね。村を囲うように柵はあるけど、畑はその外だから。
『そんな危ない所に1人で行かせられないだろ!』って言って兄さんが着いてこようとしてたけど、置いてきました。村の端なのは知ってるけどどこなのかは言ってないから、来るとしてももう少し先になる。兄さんのことだし、ぐるっと村を一周して本当に来そう。
その間に私はしたいことがあった。
対魔物用に編み出した魔法の試し撃ち。人になんて向けられないし、向ける気はない。でもその場でやったってどれだけの効果があるのかわからない。用がないのに村の端に行くのは不自然。今日は絶好の機会!
「でも魔物が来ないとなぁ」
相手がいないと何にもならないんだけどね。兄さんが来る前に現れてくれればいいけど。
魔法の準備をして、備える。
使う魔法は対魔物用に編み出した【暗闇】と【霧散】と【吸収】。
【暗闇】は果たして足止めになるのか、ってのが気になるところだし、【霧散】は本当に効果があるのか、ていうのも気になる。そして【吸収】はどれだけの効果があるのか、というとこ。
【刃】は、どこに当たるかわからないからやめておく。剣とか出せるようになればいいのかな。でも剣術なんて……兄さんに教えてもらえばいいのか。
あ、魔物がきた。
猪みたいな、四足歩行の魔物が3匹。名前は、ベルント。口から長い牙が生えていて、全体的にずんぐりしてる。熊の方が近いかも。熊より小さめだけど。体を覆う黒い体毛は、鎧の役割をしているらしい。硬いんだね。本で読んだ。あの魔物の毛が編み込まれた服は軽くて丈夫だから初心者の冒険者とかがよく使ってるって。
私の魔法で倒せるかな。倒さなくてもいいんだ、追い払えば。私に生き物なんて殺せるのかわからないし。
とりあえず使う魔法は【暗闇】、無理そうなら【霧散】で最終手段で【吸収】かな。
ベルントたちが私に気がついた。距離は、10メートル……くらい?向こうから向かってきてるから離れてるとはいえない。
「よし、【暗闇】っ」
対象を確定するために手をベルントに向け突き出して、魔法を発動させる。途端、3匹はキョロキョロとその場をうろうろし出した。少し動いてはお互いにぶつかって唸ってる。
うまくいったみたい。でもこれじゃ追い払えないか。
「じゃあ【霧散】」
霧状の影が魔物に向かっていく。3匹を覆い尽くすと、消えることなく霧はその場に止まる。それを見たあと、【暗闇】の効果を消す。
苦しげなうめき声を上げ、3匹は倒れた。ピクピク足が動いてるから生きてはいるみたい。
「えっ」
動けなくなるのはわかっていたけど、こんな苦しそうな効果は想定外だった。
どうしよう。魔法を解けば向かってくるかもしれないし、でも解かないと兄さんが来た時にどう言えばいいのかわからない。
仕方ない、やりたくないけどこうするしか……。
「し、しゅ、【収納】……」
物を入れてるのと同じ所に収納されたらどうしよう。なんか嫌だな。
3匹のベルントは影に吸い込まれて消えた。
私、影の中に魔物を3匹捕らえてます。
「……ローズ?」
「兄さん」
も、もう来たんだ。今の見られてないよね?
振り向けば兄さんが険しい顔をして私へ向かってきている。見られてた?もしかして見られてたの?
「……見張り、だったよな?もしなにかあればすぐに知らせることになってたよな?」
「え、あ、うん」
「今のは。今のは、なんだ」
魔物です。
兄さんの表情は険しいままだ。
「3匹。見えたんだが。なんで、向かっていった?なんで、大人を呼びに行かなかった?」
「それ、は……。少し興味があって」
興味というか、自分の魔法が試したくて。
と心の中で付け足した途端、バシッと頰を叩かれた。
「やっ!?なん……兄さん……!?」
ジンジンと叩かれた場所が熱く痛む。
「お前は!興味があるからって魔物に近づいていいわけないだろっ!下手したら死ぬんだぞ!あの魔物はいくら弱い魔物とはいえ、殺されてる人だっているんだ!魔物が危険なことくらい習ってるだろ!?何を考えてるんだ!」
私の肩を掴み物凄い剣幕で怒鳴る兄さんに気圧され何も言えない。
「死ぬつもりなのか!?どれだけアホなんだ!いくら魔法を使えたって、戦闘経験のない者が多対1で魔物に向かっていけばどうなるかくらい想像しろよっ!」
「わ、わた……。ごめん、なさい……」
兄さんは心配してくれた。私もバカだった。魔法を試したいとか思っていたけど、もし強い魔物が来ていたら試すどころじゃなかったかもしれないのに。
「…………帰るぞ」
「え、でも見張りの仕事……」
兄さんは何も言わずに私の腕を強く掴み、引きずるように家の方向へと歩いていく。掴まれた腕を離すことはできなくて、着いていくしかなかった。
ベルント
ずんぐりむっくりした熊のような猪のような魔物。この世界ではゴブリンのような存在。農具で追っ払える。害獣。畑を荒らして食物を駄目にする。ベルントの毛が編み込まれた服は衝撃を一部吸収してくれるため、駆け出しの冒険者が好んで着る。




